第21話 名もなき少年の物語
気を失わせる必要なんてなかった。
ルトを斬りつけたのと同じように,さっと剣を振ればよかったのだ。こんな軟弱な少年,一瞬で殺せただろう。
だが,それはできなかった。
自分でもわけのわからぬ気持ちを抱いたまま,リャオは血まみれのルトを放置し,ルシカを抱え上げ,先までいた東の棟の寝室に運びこんでいた。
(何をしているんだ,俺は・・・)
ラウガ様に,殺せと言われたはずなのに。
困惑しているリャオの前で,ルシカがゆっくりと目を開けた。リャオはさっと剣をかまえる。ルシカはゆっくりと身を起こし,ぼんやりとあたりを見まわした。その虚ろな瞳がリャオをとらえる。
「・・・リャオ」
名をよばれ,リャオは身体をこわばらせる。その声音で俺の名を呼ばないでほしい。頭が痛くなる。
「父さんは?」
ルシカは這うようにしてリャオにつめよった。その光景をどこかで見たような気がして,リャオは顔をしかめる。
「なあ,父さんは?」
自分の足にしがみつこうとする傷だらけの少年を,リャオは足で乱暴にふりはらった。
「・・・死んだよ」
リャオが低くつぶやくと,ルシカがひゅっと息をのむのがわかった。
「俺が殺した。あんたの目の前で。・・・そうだろ?」
ルシカは目を見開いたまま震えている。そのままうなだれ,自分の中に溢れる何かを押さえつけるように両腕で己の肩を抱いた。
「・・・なんでだよ・・・」
血を吐くような響きだった。
「なんでだよ・・・なあ・・・」
ルシカは取り乱したように首を振って,涙で濡れた瞳でリャオを睨みつける。その目を見たとたん,リャオの胸に射抜かれたような痛みが走った。
「なんでだよ!?俺や父さんが何をしたっていうんだよ!なあ!・・・教えてくれよ・・・」
その声が少しずつかすれていく。
「・・・どうして・・・リャオが・・・」
それはもう,殆ど聞き取れない響きだった。
「・・・どうしてリャオが・・・父さんを殺すんだよ・・・」
それっきりルシカは何も言わなくなった。ただ震えている少年に,たまらなくなってリャオは叫ぶ。
「絵を描け!ルシカ!そこのある物語に絵をつけろ!」
「嫌だ!」
ルシカも叫ぶ。リャオはもう一度ルシカを蹴った。
「殺すぞ!」
そう怒鳴りつけると,ルシカはぴたりと動きをとめ,やがてゆるゆると力なく微笑む。
「・・・いいよ」
あまりに悲しい笑みだった。
「殺してくれよ」
その言葉に,リャオは何も言えなくなる。
――ルシカは,僕が守る。
ふと,頭の中にそんな思いが舞い降りた。
(なんだよ,守るって・・・)
リャオは驚いて,すぐにその思いを打ち消す。
「父さんもいない・・・俺の知っているリャオもいない・・・もういいよ。・・・もう,生きていくなんてできない・・・」
ルシカが,はじめて自分にむかってほほえみかける。
「殺してくれよ,リャオ」
その微笑みがリャオの心をつらぬく。
自分は,こいつの笑顔を知っている。泣き顔も,寝顔も,困ったときの表情も・・・
――もし,君の記憶が戻らなかったら,僕の家に来なよ
優しい笑顔。優しい言葉。
(なんだ,これ・・・)
どこかの宿。隣で眠るルシカを見つめながら思った。記憶なんて戻らなくて良い。ずっとルシカと一緒に――
(なんなんだ,これは!?)
目の前で微笑む,悲しい少年。
「う,あ・・・」
ラウガ様のそばで生きる。ラウガ様のために生きる。
それでいい。それがいい。
――本当に?
「ああっ・・・!」
――旅をするなら,一緒に行かないか?
(ラウガ様・・・ラウガ様・・・ラウガ様・・・)
わけもわからぬ葛藤に身体を震わせながら,それでもリャオは剣をにぎる手に力をこめる。
真っ暗な祠から自分を抱き上げてくれた人の,ぬくもりがよみがえる。
(ラウガ様・・・!)
そうだ,おかしいのはこいつだ。ラウガ様の邪魔をし,自分をたぶらかそうとしているこの少年だ。
「死ね!ルシカ!」
リャオは剣をふりおろした。幾度となく経験した,肉を切る感触がなぜか気持ち悪かった。
ルシカは声をあげなかった。
肩で息をしながら,リャオは目の前の少年を見つめる。胸のあたりから腹までを斬りつけられ,血まみれの状態でぐったりと倒れていた。瞳は閉ざされ,うっすらと笑みさえうかべている。
「っ・・・」
その顔を見て,リャオは吐き気を覚えた。血の臭いが気持ち悪い。とっくに慣れたはずなのに。
「ああ・・・!!」
リャオは剣を放り投げ,部屋を飛びだした。
殺した,殺した,ルシカを――!
これで愛すべき主君の命令を遂行したはずなのに,リャオの胸中は,はち切れんばかりの後悔と恐ろしさに支配されていた。
それは,名もなき少年の物語である。
少年はユルト民族という,百人にも満たない少数民族に産まれた。ユルト民族はラージニア王国の小さな森に住んでいたが,ラージニア国民とは大きく異なった人々だった。茶髪に紫色の瞳をもつラージニア国民に対し,ユルト民族は黒髪に黒い瞳をもっていた。自然を壊してでも発展と進歩を望むラージニアに対し,ユルトは自然を愛し,変化を好まなかった。ラージニア王国に住みながら,その国民とあまりに異なったユルトの人々は,“異端者”として国中から迫害を受けていた。市場で品物を売ってもらえなかったり,逆にユルトが栽培したものは買ってもらえなかった。学舎にも通えず,道を歩けば石を投げられ,次第にユルトの人々は街に出ず,森の中でひっそりと自給自足の生活をするようになった。閉ざされた空間の中で,それでも人々は幸せに暮らしていた。
少年もその一人だった。
「ねえ,あなたの瞳は私たちとは少し違うよね?」
少年はよくそう言われた。確かに少年は他の人達のように漆黒の瞳ではなく,どこか赤みがかった茶色の瞳だった。皆,驚くものの,綺麗だと褒めてくれた。
「まるで,シンシア人みたいね」
「シンシア人?」
「うん。隣の国の人達のこと。黒い髪に赤っぽい茶色の目をしてるんだって」
「へえ」
少年は同じ歳くらいの友達と森や川で遊び,父の畑仕事を手伝い,母の家事を手伝い,平穏で幸せな日々を送っていた。
だが,ある日,その穏やかな日々は崩れ去った。少年が九歳の時だった。
血のように赤い夕陽が森を照らす,夏の夕方。ユルト民族の人々が暮らす村を,突然何十人もの兵達が襲った。当時の新国王クロア・シャングランが命じた“ユルト民族殲滅政策”が実行に移されたのだ。
家は火をつけられ,畑は踏み荒らされ,人々は容赦なく殺された。少年は友達や父や母が斬られ,焼かれ,首を絞められ,時には辱められる様子を否応なしに見ていた。
少年は唯一,生き残った。
生かされた,と言ってもいい。
「こいつ,不思議な目の色をしているな」
「ああ。綺麗な顔じゃないか。変態じみた趣味をもつ貴族どもの間で,高く売れるかもな」
「連れてくか」
男達のそんな会話を最後に,少年は意識を失った。
次に目が覚めたとき、少年は地獄の中にいた。
気持ち悪いほど小綺麗で大きな部屋に鎖で繋がれ,見ず知らずの男たちに散々嬲られた。少年はめちゃめちゃに殴られ,時に身体を焼かれ,腐敗した残飯を獣の様に四つん這いで食わされ,ありとあらゆる陰湿な方法で苛まれた。苦しみ叫ぶ少年を見て,男達はとても愉快そうに笑っていた。そのたびに,少年の中にある人としての尊厳や,村で過ごした優しい思い出が壊されていった。
「ラージニアに背くからこうなるんだ」
「お前はもう人間じゃない。生きる価値のない家畜以下の下種が」
ああ。
薄れゆく意識の中で,少年はその時はじめて,燃えるような激しい怒りを感じた。空っぽだった器に突然熱湯を注がれたように,全身が熱くなった。
(そうか。俺は人間以下なのか)
少年の口元には,薄く笑みすら浮かんでいた。
村を襲った兵たち,自分を痛めつける男たち・・・いや,自分や大切な人々を迫害したラージニアそのものがたまらなく憎くなった。
父を,母を,友達を・・・大切な人たちを奪い,俺をめちゃくちゃにした奴らを,俺は絶対に許さない。いつか必ず,このどん底から這い上がって,復讐してやる。
その思いだけを胸に,少年は苦痛の日々を過ごした。
そしてある晩、少年は逃げ出した。
男が少年の足に繋がれた枷を外したすきに男を押し倒し、部屋を飛び出した。ぼろぼろの身体を必死に動かして走った。金持ちの男の家だったらしく、自然の少ない石畳の美しい庭をわき目もふらずに駆けた。
そしてある小さな四阿に、一人の男が座っているのを見つけた。
月明かりに、美しい黒髪と赤褐色の瞳が見えた。高価な服を身にまとい、四十代半ばのどこか近寄りがたい雰囲気の男だった。男は驚いたように傷だらけの少年を見つめる。少年は一瞬たじろいだが、すぐに四阿に入り、ちょうど男のかげに隠れるようにうずくまった。男への警戒心もあったが、これ以上走るのは限界だった。
「何かに追われているのか?」
低いがよく通る声で尋ねられ、少年は小さくうなずく。ちょうどその時、いくつか足音が近づいてきた。少年はびくっと身をすくませる。
(奴らだ…!)
震えている少年を見、男はさっと立ち上がって、こちらにむかってきていた人影に近づいていく。
「これは…ザハラ国王陛下!…こんなところでどうなさいました?」
その声を聞き、少年はぞっとする。いつも自分をいたぶってきた男の声だった。
「申し訳ない、フォルマ殿。眠れず、夜風にあたりたくなったのだ。…少し向こうに護衛の兵がいてくれる」
黒髪の男が、静かな声で答えた。
「さようでございましたか。…あの、ザハラ様、九~十歳くらいの男子をこのあたりで見かけませんでしたか?」
少年の心臓はいよいよ高鳴った。見つかれば、殺されるか、それよりひどい目に遭わされるかもしれない。もう終わりだと思ったとき、ザハラとよばれた男が言った。
「いや、誰も見ていない」
「そうですか…。ありがとうございます。――もう夜も遅いですし,風も冷たくなって参りましたので,どうぞおやすみください。――では、失礼いたします」
フォルマは何人か部下を連れそそくさと去っていく。息を詰めている少年の隣に、黒髪の男が座った。
「あの男に追われていたのか?」
少年はうなずく。
「…玩弄されたのか?」
静かに発せられたその問いに、少年は息をのんだ。認めたくなくて少年はすぐにうなずくことができなかった。
無言で震えている少年の頭を男は大きな手で撫でてくれる。
こんな風に優しく誰かに触れられたのは久しぶりだった。少年は泣きそうになるのを必死にこらえて、そのぬくもりをじっと感じていた。
どれくらい経ったか、男がぽつぽつと自分のことについて話し始めた。
男の名はザハラ・ローバルトといって、隣国シンシアの国王だった。シンシアとの交易を担う貴族ハルバン家に会食に招かれ、ここに訪れたのだという。
あのフォルマがこの名家の当主だと知り、自分を虐げてきた男がそんな位の高い男だと思うと虫唾がはしった。
ザハラは王としての威厳を身にまといながらも、驕ったり偉ぶったりしない落ち着いた人物だった。
やがて彼は、少年に向かって、彼が抱える悩みをうちあけた。それは少年に話しているというよりも、王という立場上、普段は誰にも話せない思いを口に出しているようであった。
ザハラ国には、最愛の妃がいた。二十五で連れ添ってから、二十年以上ともに生きた女だという。その妃が半年前、病気で亡くなってしまったのだ。
愛する妻を失ったザハラは、悲しみに暮れ、それは今なお癒えることはなかった。
だが,そんなザハラに追い打ちをかけるようにある問題が浮上していた。
それが後継ぎ問題だった。
王と王妃の間についに子どもができないまま,妃は死んでしまったのだ。家臣達は焦ってザハラに他の女性と婚姻を結ぶようすすめた。
だが,ザハラはそれを受け入れられなかった。
「アルセナ以外の者と,婚姻を結ぶなんてできないんだ」
王はどこか遠くの方を見てそうつぶやいた。
「私は一生,彼女だけを愛し続けたい。・・・ローバルト王家の血を守っていかなくてはならないことも,ちゃんとわかっている。――だが,私にはできないんだ」
男の言葉を聞きながら,少年は吐き気を覚えた。なんて贅沢な悩みなのだろう。自分は何も望んでいなかったのに,突然平穏な日々を壊され,家族や仲間を殺され,犬以下の扱いを受けたというのに。国の頂点に立つ者として,満ち足りた暮らしをしながら,そんなわがままを言うのか。
怒りを感じながらも,少年の心に,するり,と冷たい考えがささった。
――これは,利用できるのではないか?
この甘い王の懐に入りこめれば,自分は一国の王子になることができる。
いずれ,王となれば―・・・国を動かす人間となれば,何だってできる。このラージニア王国をおとしめ,滅ぼすことだって・・・
少年は決心し,口を開いた。
「・・・僕は,ある日突然村を襲われ,一人ぼっちになりました」
王が少し驚いたように息をのんだのがわかった。少年は悲痛な声音で続ける。
「人ではなく,ものとして扱われ,酷い目に遭いました。・・・でも,だからこそ,僕は,こんな世の中を変えたいって,ずっと思っていました」
一世一代の演技だった。幼気で純粋で,哀れな少年を演じなければ。
「僕みたいに,苦しんでいる人を助けて・・・みんなが幸せに生きられるようにしたいって,ずっと・・・」
少年は切なげなまなざしでザハラを見た。食い入るように少年を見つめているザハラの瞳が,わずかに揺れる。
「――お前のように,世の平和を望むような心優しい少年がつらい目に遭い・・・私は愛する者との間に子をもうけることさえ叶わなかった・・・――世の理は,無情なものだな」
ザハラはつぶやき,何かを考えるようにしばし目を閉じたあと,決然と少年を見据えた。
「・・・私の,子どもにならないか?」
「え?」
少年は純粋なふりをして,何を言われているかわからない,というように目を瞬かせた。
「私の子となれば,いずれお前は一国の王となる。苦しんでいる人々を助け,皆が平和に暮らせる世界をつくれるんだ」
少年は内心ほくそ笑む。だが,うわべではさも不安げに眉を下げた。
「そんなことを・・・――よろしいのですか?」
王は瞳を輝かせうなずく。
「大丈夫だ。お前は外見がシンシア人に似ているし,重い病気を患い,ずっと療養していたことにしよう。・・・何も心配することはない。これからは私がお前を守る」
「ザハラ様・・・」
少年は瞳をうるませ,こっくりとうなずく。
「ありがとうございます,ザハラ国王・・・。僕はこのご恩を一生忘れません。いずれ,あなたの意を継ぐ,立派な王になります」
ザハラはうなずき,大きな手で少年の頭を撫でた。今はそのぬくもりが気持ち悪かった。人間の温かさなんて気持ち悪いだけなのだ。
「・・・そうだ,お前の名は?」
「――わかりません。もう,忘れてしまいました」
それは嘘だった。覚えていたが,もうその名で生きていくつもりはなかった。その名で生きていた自分は,村が襲われた日に皆とともに死んだのだ。
ザハラは気の毒そうに眉をよせ,そして励ますように微笑んだ。
「では,私が名付けよう」
王は少し考えたあと,少年に向かって告げる。
「・・・“ラウガ”。お前の名は,今日からラウガ・ローバルトだ。古代シンシア語で光,という意味だ」
光――それはあまりにも自分とはかけはなれた言葉である気がして,少し愉快になった。そんな思いはおくびにも出さず,少年は感動の涙を流す。
「ありがとうございます,ザハラ国王・・・父上」
うまくいった。
これからは王家の者として,生きていくのだ。ラウガと名付けられた少年は,ザハラに気づかれぬよう,ぐっと拳を握りしめる。
必ず,このラージニアに復讐する。父や母・・・ユルト民族と自分が受けた苦しみを何倍にもして返してやる。
少年はザハラとともにシンシアの地を踏んだ。
広がる自然に,昔の幸せな暮らしを思い出した。
ラウガは産まれたときから身体が弱く,今まで遠方で極秘に療養していた,ということになった。人々は驚いたが,賢明で心正しきザハラ国王が嘘をつくはずがないと,誰もがその話を信じた。様々な教養をほどこされ,少年は「ラウガ王子」として立派な青年に成長していった。そして,彼の中に根付き続けている憎悪の芽もまた,着々と育っていた。青年は善良で物静かな王子を演じながら,少しずつ魔の手をのばしはじめた。
歴史学を学んでいたとき,百年前の戦争について知った青年は,興奮に胸が高鳴った。
戦を起こそう。――そう思った。
自分を散々痛めつけ辱め,悦んでいた男たち。そんなに他者を傷つけるのが好きなら,永遠に殺し合えばいい。
ラージニアを征服する必要などない。勝敗など関係ない。ただ,戦争を起こせば,人々は際限なく互いを殺し合い続けるだろう。
青年はシンシアとラージニアが互いを深く憎み,長き戦争へ突き進むよう,何年もかけて計画をすすめた。
家臣や兵を少しずつとりこみ,自分を心棒し言いなりになる者を増やした。
国中に散らばる,“戦争の歴史”に関する資料を抹消し,人々から戦の恐怖を忘れさせた。
技術力ではシンシアはラージニアより劣る。戦を起こしても,簡単に負けてしまうだろう。なるべく戦争を長引かせるためには,シンシアにもそれ相応の技術と手に入れなくてはならない。そう思った青年は,ピルトの森に巨大な施設を造らせ,ラージニアから優秀な学者をさらい,青年にとって目障りなシンシア国民を実験台にして,戦争に役立ちそうな研究をさせた。
爆薬,毒薬,剣などの武器・・・今やもう,ラージニアにも劣らぬ戦闘技術を保持しているだろう。
一の区爆破事件で,シンシア人はラージニアへの不信感を募らせている。アーレベルク親子の絵本でそれはさらに増長するだろう。
そして,最後の一手をうてば,満を持して戦争を起こすことができるのだ。
ようやく,自分を生きながら地獄にたたき落としたラージニアに・・・いや,自分に不相応の苦痛を与えたこの世に復讐することができる。
互いを憎み合い,どこまでも殺し合う,愚かな時代が,再びおとずれる。
「ザハラ国王は,あなたの動向が少しずつおかしくなっていることに気づいておられた・・・」
ハミルとラウガは対峙し,互いをにらみ合う。
「――本当なのですか?あなたがラージニアと戦を起こそうとしているというのは・・・?」
ラウガは今まで見たことのないような冷たいまなざしでハミルをにらみ据えたまま,暗い微笑をうかべた。
「ああ。――大変だったよ。邪魔なものを壊すのも,邪魔な奴等を殺すのも,手間がかかった。・・・ザハラもなかなか死んでくれなかったしな」
あまりにもあっさりとしたそのもの言いに,ハミルは言葉を失った。怒りよりも,純粋な疑問が浮かんでくる。ハミルは震える唇を必死に動かして,口を開いた。
「・・・父様を殺して・・・罪なき国民を殺して・・・そこまでして戦争をおこしたかったのか・・・?」
ラウガは鼻で笑った。
「ああ。ラージニアへの復讐のためにな。貴族としてのうのうと暮らしてきたお前には想像もできないような目に,俺は遭わされたんだ」
「ラージニアへの復讐・・・?」
今度はハミルが笑いたくなった。
「馬鹿を言うな・・・お前が殺した殆どは,シンシア人じゃないか。それに,戦争が起きれば死ぬのはラージニア人だけじゃないんだぞ・・・。シンシア人には何の恨みもなかったっていうのか!?」
「邪魔な奴等を殺した。それだけだ。百年も前の戦争について妙に詳しい奴等・・・,ああ,お前の父親もそうだったな。――復讐さえ果たすことができれば,他の奴がどうなろうと知ったことじゃない」
ハミルは身体の力がぬけていくのを感じた。自分の目的のためならば,誰が何人死のうとかまわない。この男は平然とそんな考えを持っているのだ。
「どうして・・・」
ハミルはもはやつぶやくことしかできなかった。
「どうして,そんなことができるんだ・・・」
その言葉に,ラウガはさも当たり前のように言い放った。
「俺は人間じゃないからだ」
ハミルは顔をあげる。
「は・・・?」
「俺はどんなに痛めつけても何の問題もない,家畜以下の下種だそうだ。――だが,俺からしてみれば,お前らはただの薄汚い人間だ。人間ごときがいくら死のうと,俺はなんとも思わない」
ラウガの瞳には,もう狂気しかなかった。
ハミルはおびえていた心が,すっと冷えるのを感じた。
この男は,だめだ。
(殺すしかない)
今まで一度も出てこなかった考えが胸を貫いた。捕らえるとか,自白させるとか,そんな考えは甘すぎたのだ。
この男の暴走をとめるには,この男の息の根をとめるしかない。
ハミルは剣の柄に手をかける。それをみとめたラウガが,あざけるように笑った。
「俺を殺すか?今ここでそんなことをすれば,お前が俺を襲って,王の証を奪い取ったように見えるだろうな」
「・・・それでも,あなたをここで斃さなくてはならない」
そう言って剣を抜くと,ラウガは楽しそうに目を細めた。
「俺もお前を殺したいと思っていたんだ。お前を殺して,王の証・・・そして国軍を手に入れる」
ラウガも腰にさしていた剣を抜いた。
二人の男は,剣をかまえ対峙する。
ハミルの目には,もう何の迷いもなかった。
この男を殺す。
復讐心にかられ,全てを壊そうとしている,この男を。
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