~進化~

週明け、ポム巻と蛸村は依然失恋&弱腰のショックから死んだ顔でレッスンを受けたりしています。

そんな二人や皆に弱腰の事を伝えると、みるみる顔に血の気が戻り、その体に熱を下ろし始めました。全員が、やっと全員のエンジンがフルスロットルで動き始めたのです。後は爆進してやり切るのみ。弱腰の思いが全員を突き動かしました。そして十二月、一年間の成果を見せる発表会の概要が担任から知らされました。


「お前たちに実際に使われたアニメを題材としたアフレコをやってもらう!!!きちんと収録の現場のようなディレクションを付けるからな!!勿論、プロの音響監督にやってもらう!!役割はオーディションで決める!分かったか!?発表会は一般のお客や入学希望者にも見せるからな!!覚悟して臨め!!以上!!」


ついに来た、またしても発表とは言え、ついにアニメに対して声を当てる時が。これが一年の総決算です。擬似ではありますが、ついに憧れていたアニメの収録の場に立つ事が出来るのです。

そしてオーディションです。朗読劇は自分達で相談する事で決められますが、これはオーディションで役が決まります。決めるのは入学から私達を見てくれた講師が数人と担任です。

オーディション、我々がプロになったら避けては通れぬ道です。今までどう言う練習をしてきた?どう言う風に生きてきたのか?それらが一切介在しない、ただただ今を審査される機会です。しかし、その今に対して叩きつけるのは今までです。入学して八ヶ月程が経ちました。最初は「ガチ、夢見、世捨て」と言う勢力がいると書きましたが、ここまで来ると殆ど皆がガチ勢になります。そして周りの人間の実力もわかってきます。「私に出来るのはこの程度だから…」そう思って一歩引いている人間も居ます。しかし、俺は違うぞ。どうせやるなら主役を獲る。

学校だから来年のプロダクションオーディションでは誰かを「推す」だろう。我々はチャンスに関しては平等だが、立場は平等では無い。だったらどうする?「払ったお金の分だけ平等に見てください!」と喚くか?違う。「だったら推すのは俺だろうが」と、自分を奮い立たせ、そして自分がどうあるのかを叩きつける。それしかない。俺は実力で言えば中の中だ。俺より下手な人間はそれなりに居るが、俺より上手い人間もそれなりに居る。じゃあどうする?どうやって戦う?短期間の練習では勝つ事は無理だ。だからどうしたって話しだよ。俺の持ち味、俺の勢いで突破する。微差の実力なら勢いでぶち抜く。やるしかない。

時間は平等にあったが活用する事ができなかったのは俺の落ち度だ。だが、俺は一人じゃねえぞ。弱腰、もし悔しいなら俺にとり憑け。弱腰、もし俺の心が折れたら叩き潰せ。弱腰、もう満足だと思っていたら俺に力を貸してくれ。

やるぞ。一人だったらサボる。俺はサボり魔だ。多分今まで自分の為と思い自主的に練習をしてきた。しかし、それは多分「誰かに頑張っている姿を見て欲しい」と言う気持ちだったのかもしれない。俺の努力は自分の為では有ったが「誰かに見られる用の俺」の努力だったかも知れない。練習をする事で自分の不安を消し、周りから「後藤君頑張ってるね」と言われたい気持ちもありつつ練習をしていたかもしれない。

それじゃダメだ。それじゃ薄い。俺は俺の為に俺の芝居を俺が作って俺が演じて俺にしかできない事をする。もう上手くなくて良い。俺は上手くなくて良い。上手い下手はどうでも良い。俺であれば良い。俺は今まで何をして来た?俺は今までどう生きてきた?誇れるような人生じゃない。本当に普通で、尚且つ適当にいじめられ、その中でノホホンとそれなりに楽しんで生きて来て、何かを変えたいと思ってここに来た。俺は変わる。やるぞ。等身大で良い。自分で決めて進んだ自分を誇れ。良い友達を持った自分を誇れ。多少は頼りにされて居る自分を誇れ。勝ち負けじゃない。やるかやらないかだ。勝ち負け以外で戦えるのはこの専門学校の中しかない。模擬戦だ。学校なんだから本当の戦いじゃない。でも、ここでの戦いで戦いの舞台に上がれるかが決まるんだ。だったらもうやるんだ。


入学して時間も経つと、最初の心を忘れてしまいます。友達作りで忘れ、恋愛で忘れ、目の前の課題で忘れ、周りとの差で忘れ…毎日を生きるだけでも色んな事があり、そして全ての出来事がヤスリのようにやる気を削いで行きます。そかし、それは「削がれる」だけでは無いのです。「磨き上げている」と言う側面もあるのです。どっちを選ぶかはもう気合いです。気合い以外無い。精神を信じる。今までろくに自分の事を信じてこなかった。自信なんてなかった。そんな私が人生を熱量と不確かな「気合い」に託すと言うのもアホらしいかもしれません。信じられないかもしれません。しかし、私は「声優になる」と言うとんでもなくアホらしく、そして信じられない目標を立ててしまいました。もう、もう俺はアホで良い。アホが勉強しても勉強出来るアホなんだ。だったらその生き様を叩きつける。人生と言うのは「可能性」を賭けて「夢」を獲りに行く極めて野蛮な物だと思っています。そして夢敗れたらどうなるか?話しは簡単です。「何かに成れた可能性」を失う事で「普通に生きていくより若干キツい」生活が待っているのです。ただそれだけだぜ。殺される訳じゃないんだ。やるしかない。恐れを食って力に変えろ。不安を飲んで自信としろ。親も友達も居る。やるんだ。まともな人間がアホな事出来るかよ。ギアを変えろ。全速力でエンジンが焼けるまで走れ。ブッ壊れたらその時だ。狂熱に身を沈めた思い出に浸ってガハハと笑って生きていけ。


これが充実と言う物か。すべてがはじめてだ。19歳になったがまだまだ知らんことが多いんだな。


オーディションは迫ってきます。二役受けて良いとの事だったので、私は主役の「やれやれ…って感じだけどやる時はやるいかにもな主人公」と「デブキャラでテンション高い三枚目」を受ける事に決めました。

どう演じる?そうだ、まずは深く考えよう。役はただの借り物じゃない。まずはこいつらをこの世界に召喚しないといけない…しかし…どうする?まずは考えよう。役とは言え人間を演じるのだから役に両親は居るだろうし、どういう風に生きてきたのかもあるだろう。まずは本当に深く役に潜るのだ。思えば俺は上っ面の勢いでやってきた。しかしここで大事な物を見つけられた。俺は進化できた。だったら次は深化だ。深く潜って化けて出る。それしかない。

なぜ主人公はこんなにやる気が無いのか?そしてどうしてやるべき時にはやるのか?一度放送されたアニメだけどなぞっちゃダメだ。それは本役の声優の意識をなぞるだけの行為だ。小学校時代はどうだった?いつからこの性格になった?考えても分からない。だったら決めつけろ。そうだ。近づく役作りもあるだろう。しかし、近づけてみよう。役を俺に引きずり込むんだ。正解か間違いかはどうでも良い。たどり着きたいゴールは同じなのだから極端に進めば何とでもなる。

同じ教室に居るクラスメイトは、普段は派手に発声練習をしたりしている私が延々とメモを取り続けている事が不思議なのか覗き込んできたりしました。


「後藤、何してるの?」


「ちょっと色々試してる」


「ふーん」


笹本が「良く分かんねえな」と言う顔で皆の元に戻り説明をしているみたいでした。全員が「?」を浮かべ私を見ています。

その日はレッスンが終わってからずっとそうしていました。ただ深く潜る。役と言うのは非常に柔らかい、巨大なマシュマロみたいな物だと思います。そのマシュマロはある程度自分の思う形に成ります。しかし、コアがあってこそのマシュマロです。コアを見つけた後に好きな形を作る。考え、潜り、身に纏う。それが出来た時、役が「人間」と成ってやっと力になってくれるのだと思っています。それまではひたすら息を止めて潜る。息が続く限り。呼吸が出来なくなってもう限界!!と思う時に…チラっとコアが見えます。一度呼吸を整えてもう一度潜る。さっきより速く、さっきより深く。それを何千回も繰り返す事が「役を作る」行為だと信じながら。


「もう今日は鍵を締めるぞ子羊共!!今日を生き残った人間は明日も会おう!!」


いつのまにか夜も更けていました。着替えていると雛子が近付いて来ていつも通りに一緒に駅まで歩きました。


「後藤君、変わったね」


「どう言う意味?」


「今までね、後藤君はあっちこっちに考えなしにエネルギーを出してる人だと思ってたの。でもね、今は向かってる先が見える」


「そうか。ありがたいな」


「雛子も…そう成れるのかな…」


「成れるさ。誰だって」


「うん…!」


お互いに改札に入り、別の電車に乗り込みました。すると同じ車両にポム巻が居ました。


「おや、奇遇ですな。」


「ああ、後藤君…お疲れ…」


「どうしました?元気無いですね」


「うん…ちょっとね…」


「弱腰の事とか引きずってるのですか?」


「………やっぱり…ちょっとね」


「弱腰は…元気でしたよ。それで良いと思います。ポム巻さん。何でも自分が上手くできるなんて思わない方が良い。誰だって…上手くできないですよ」


「………」


「だから…何て言うか…やれる事を…全力でやりましょう。俺はポム巻さんからも色んな事学びましたし、ポム巻さんは色々と凄いですよ。水堂に告白した事も」


「ちょっと、今それ言う?感情的になっちゃうよ?まあ、そう言ってくれるのはありがたいよ。………僕達、何に成るんだろうね。僕は仕事も辞めてここに来たけど…ほんと、何に成るんだろうね」


あの強い、頼れるポム巻すら弱気になっています。私達よりも年上と言う事もあり、「賭けに負けた後のダメージ」は私達よりも確実に大きいです。安定を捨ててこの学校に入ったポム巻、そして「年上だから頑張らないと」と思っていながらも色んな不条理に巻き込まれたポム巻、私が考えている以上に心にダメージを受け、そしてそれを乗り越えようとしているのでしょう。普段はそう言う姿を見せずに「頼れるお兄さん」であろうとするポム巻、彼も戦って居る一人でした。我々よりも若干劣る体力、若さと言う武器も少し錆び付き、それでも戦うポム巻。多分クラス全員が同じだけ戦って居る。不安と戦って居る。一人だと飲み込まれる不安と戦って居る。だからこそ仲間が居る。陳腐な言葉ですが、本当に仲間は心強い。そして俺はポム巻さんの仲間でありたい。


「ポム巻さん」


「何?」


「俺はポム巻さんが怖いですよ。凄く頭が良いし、理詰めで役を作って、さらに人生経験もあるからとっさの判断も効く。本当に敵として見たらめちゃくちゃ怖いですよ」


「………」


「だけど…味方として考えたら、こんなに頼れる人いないですよ。何て言ったら良いかわからないけど…ただ…ただやりましょう。その場を掴んだ人間なのですから」


「そうだな…よし、気合い入った」


「オーディション頑張りましょう。そして良い作品作りましょう」


「ありがとうね」


敵は自分しか居ない。弱い自分だけが敵だ。だけど仲間は居る。まだ戦いは一年以上続く。でもそれは一日がただ続くだけだ。やれる。

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