~意思~

今日は配役発表です。心なしか皆そわそわしています。私は案外冷静でいつも通り練習したりとそれなりにのんびりしていました。


「後藤、お前何受けたんだっけ?」


「メインとデブだよ」


「メインは被ったな。でも、後藤のデブ役見てみたいな。多分面白い」


「論鰤よ、それはお前がメインやりたいからじゃないの?」


「違うよバカ。単純に…何て言うか…俺にはできない事やりそうだなって思ってさ」


「そう言ってくれるのはありがたいな。まあ、結果を待ちましょう」


暫くすると担任が入ってきました。


「グーーーーーーーーーッドイブニーーーングベトナーーーーーーーーム!では年度末制作のキャストを発表するぞ!!良いか!!耳をカッポジって良く聞け!!」


さあ、どうなる。いや、どうでも良い。良い意味でどうでも良い。やる事はやった。でも…やっぱやりてえなあ。


「では…時空戦士バルキリードライブのキャストを発表する…メインの「愛川ゴウ」役は…光本ひよこ丸!!」


「うそだろおおおおおお」


「やったー!!僕!頑張ります!!」


論鰤が膝から崩れ落ちて光本が飛び跳ねる。論鰤、いけ好かない部分は多いですが良い奴なのでしょう。マジかよ…マジで…アハハ…とつぶやき、今にもソラキレイと言い出しそうになっています。


「論鰤!!海兵隊は倒れない!!立て!!そしてヒロインの「太田川ケイ」は…権現雑魚美!!」


「え…え!?えー!?は、はい!!頑張ります!!」


「その意気だ!!」


「では…コメディリリーフのデブ、「アホーガン」役は…豚骨麺吉!!」


「まじかよおおおおおおお」


柄にも無く声が出てしまいました。うっそお、マジで?落ちちゃったよ二つとも。これはイカン。イカンですよ。あんなにも熱かった心に結構なダメージが。ええい、人生はままならない。もう俺はシンガーソングライターにでも成ってしまおうか?


「主人公を導く博士「プロフェッサー・E」は…ポム巻仁!!」


ポム巻さんが小さくガッツポーズをしたのを確認しました。ああ、良いなあ。結構出てる役だ。


「時空悪魔「ビゴー」役、蛸村豪族!!そして時空モンスター「ジャグリーノ」役…笹本イヌマ!!」


その後もキャストはガンガン発表されていきました。雛子も名前のあるキャラをもらってぴょんぴょん跳ねて桜丸と喜んでいます。桜丸は狙っていたお母さん役を得ました。


「メイン役は以上だ!!選ばれなかった者共よ!?悔しいか!?悔しいだろう!!だが…それをバネにしろ!!だからこそ戦え!!以上!!!」


メインの配役に選ばれなかったのは私、論鰤、無禄、水堂、そして数人のクラスメイト。うおお、マジでどうしよう。いや、どうもこうもねえ、与えられた…役を…って与えられてねえ。うおおおお。どうしよう。うわー、きっついですね。高野山行こうかなあ。金剛峯寺とか行けばなにかあるかなあ。空、綺麗やろしなあ。


「納得できないんだけど!!!!!!」


叫び声のような泣き声に近い声が教室を切り裂きました。


「私…納得できないんだけど…私、一番上手いじゃない!!!」


水堂は人目もはばからずに涙を流していました。


「ほう?成る程。よかろう、涙を流す海兵隊の言葉に答えてやろうか?水堂、確かにお前はずば抜けている。上手い。学生も出演して良い仕事が来たらお前を出すと思うし、今までも少し出したな?」


「でしょ…?」


「だがな、今日落ちた人間全員に向けて言う。お前等は…運が無かったんだ」


「運…?運で決める訳!?


「人の話しは最後まで聞いてこその海兵隊員だ!!聞け!!そう…名前を呼ばれなかった人間に上手い人間が居るのはお前たちも分かっているだろう。雑魚美は特に分かっているな?お前、結果を聞く前に落ちたと思っていただろう?」


「え!?ふにゅ~…はい…正直…この役なら…水堂さんかと…」


「何故だ?」


「だって…上手いし…」


「お前はアニメを見てるか?」


「はい…?はい!見てます」


「お前の見てるアニメは上手い百戦錬磨のベテランしか出てないか?」


「いえ!!新人とか…何て言うか…その役に合った人が出て…あ!!」


「気が付いたか!!そう言う事だ!!派手に悔しがった後藤、論鰤、水堂!!お前等は単純に今回の役にイマイチ合わなかった!もっと合う人間が居ただけだ!!実力なんてプロや我々から見たらまだすぐにひっくり返る差でしかない!!ただ、この作品に出てくる役は…今発表した人間が一番合うと言う事だ!!!」


これには何も言えませんでした。完全に不条理だとも思いました。しかし、我々が向かう先は不条理な世界なのです。私達が役を指定して、「こう言う役やらせて?」と注文出来るでしょうか?出来ません。出来る人も居るでしょうけど、その人達も最初はこの不条理、「合うか合わないか」の世界を生き残ってきた人間です。チクショウ。まだ足りなかった。しかし折れるかよ。でも…悔しい、結構心に来るぞ。


「ではここに練習用ビデオテープを置いておく!!学べ!!そしてやれ!!以上!!」


ビデオテープは早速先ほどキャストに入った人間が持って行き、そして名前を呼ばれなかった数人も映像に群がり見始めました。映像は既にアニメとして完成している物でした。実際は線画だったり「○○セリフ」とだけ書かれただけだったりと相当にカオティックなのですが、今回は完成品でした。楽しそうにああでも無い、こうでも無いと言い合い練習をする皆がそこに居ます。しかし理解はしたけど理解したくない人間もいます。


「どうするよ後藤」


「どうするか無禄」


「どしようか論鰤」


私達も練習をするのは大切です。しかしそれで良いのか?と言う気持ちもありました。この気持ち、収まり所が見えない。もう役は決まってしまった。


「とりあえず俺達は落ち着くべきじゃない?非常階段で会議でもするか」


「そうしよう。俺もタバコ吸いてえ」


「声優目指すなら辞めるべきじゃない?」


「まあまあ、連ジの話しでもしましょう。旧ザクって鉄山靠使えるらしいよ」


「マジで!?隠し技???」


「うわ、ドムから乗り換えようかな」


軽口を叩き合っていても若干心の浮遊感があります。やはりそこそこのショックを受けています。そして私と無禄は恋人がガッツリと役付きで練習をしているのに、俺達は何をしているのか?と違う意味でのダメージも受けていました。

最近人気になり始めた連邦VSジオンの話し等をして階段を上がっているとしゃくり上げるような声が聞こえました?すわラブ行為か?三人は息を潜め覗き込みました。するとそこには柄にも無く一人で泣いている水堂が居ました。


「ついに挫折かよ。これで皆の気持ちも少し分かったか?」


「うるっさいわね!論鰤だって落ちたでしょうが!」


「やめなさいよ君達、そう言う会話は自分にも突き刺さる」


「ああは説明受けたけど、マジで納得できないんだけど。雑魚美ちゃんよ?何で私じゃないの?絶対私の方が良いじゃない!」


多分彼女の中で、この挫折は初めてに近い経験なのでしょう。今まで芸事の中で生きてきて、負けるとしても自分有りに納得できる敗北しか知らなかったのでしょう。そんな水堂が負けた。役を奪われた。彼女の言い方にはあからさまな雑魚美への侮蔑が含まれています。「私の方が優れている」その自信があるからこのように言えるのでしょう。優れていると言う自信は大切です。他を寄せ付けない力になります。そんな彼女が完全に敗北した。実力が理不尽と言う魔物に完全敗北したのです。彼女は心の中に渦巻いている毒を吐き散らかすように、小さな子供が駄々を捏ねるように吐き散らかしていました。そしてその言葉で火が付いた男がいた。


「お前に!雑魚美がどれだけ練習したとか分かるのかよ!!そう言う風に言えるって事は!!家でもずっと練習してるのか!?雑魚美は…家に帰ってからも…その日のレッスン内容をもう一回ノートに書き写したり…テープレコーダーで録音した自分の声を聞きながら…ずっと練習してるんだぞ!!水堂!!お前練習してんのかよ!!」


無禄がキレました。しかし、この激怒は雑魚美をバカにされたからでは無い怒りです。雑魚美の「努力」を見ていない事に対しての怒りです。


「なによ…私も…それなりにやってるわよ…」


「ほら見ろ!何がそれなりだ!!水堂、お前は自分が失敗する事にビビってるんだよ!!そりゃお前は上手いさ!雑魚美の何倍も上手いと思うよ。でもさ、上手くしかできないじゃないか。上手く聞こえる方法論をやって…注意もされないけど…ただ「上手い」って褒められてるだけじゃないか。お前、本当は失敗するの怖いんだろ?だから挑戦しないんだよ。だから練習しないんだよ。ここに何しに来たんだ?恥かきに来たんだよ!!俺も最初は…すっげえ変な格好していたし…雑魚美とも…皆の前で見せつけるように…今思うとすげえ恥ずかしい…でもさ、そう言う事があって成長出来るんじゃないのか?そう言う風に他人を舐めてる限り…水堂、お前はそこ止まりだぞ?」


なんと、無禄が、あの無禄が正しい事を言っている。そう言えば格好も普通になっている。タバコがかなり燃えて灰が指に近づいてる事に気がつかない論鰤も同じように驚いたのでしょう。無禄は続けます。


「なあ、水堂。多分水堂はダメになるよ?そのままで良いの?「私は出来ている」って思っていても…周りの人間は泥水を飲みながら…無理矢理にも練習して…それで前に行こうとしてるんだよ?水堂は皆より少し前に居るかもしれない…でも…後一年続く学校生活で…置いてかれるよ?」


「何よ…何よ…何よ何よ何よ!わかってるわよ!!…私…小さい時から…親に失敗しちゃダメってずっと言われてたから…ちょっと…それに捕らわれすぎていたのかもね。もうそんなのどうでも良いわ。小さい失敗から逃げてたら後で大きな、取り返しのつかない失敗につながるわね。あー!もー!悔しいー!!!あんたら、アイツ等に目に物見せてやるわよ!!」


水堂はいつもどこかで余裕を感じる立ち振る舞いでした。その余裕は、自分を支えてきた余裕でもあり、自分自身を閉じ込めてきた余裕なのです。そんな彼女が解き放たれたように、恨みでも妬みでも無い…それは感情と呼べるかわかりませんが「やる気」に燃えた目をしています。多分、水堂も戦ってきたのでしょう。しかし、性格が起因してずっと一人で戦う事で勝てる相手としか戦わなくなったのでしょう。しかし、彼女も倒しました。弱い自分を倒したのです。無禄の言葉で、理不尽な敗北を武器に変えて。


「でもよ、マジでどうする?」


「そうだよね…」


「どうでも良いのよ!私達が思いっきり出られたらそれで良いの!!」


「水堂、それだ」


「何よ?後藤、あんた何か思いついたの?」


「俺達が思いっきり出られたらそれが一番だろ?思い切り練習して役を奪うって言うのも面白いかもしれないけど…それは…実際プロになっても決まった役は奪えないんだし…だったら…」

私達は作戦会議をしました。とりあえず練習には参加する。一般の人も見に来るし、上級生も見に来る。そして役名が無かったとしてもきちんと練習すれば今よりもレベルアップ出来る。むしろ、役名無しの役で印象付けられなかったらプロになっても浮かび上がれないから思い切りやる。しかしやはりメインはやりたい。


「多分さ、前の朗読劇の時みたいに…教室でちょっとした打ち上げと言うか…感想を言い合ったりすると思うんだよね。その時にさ…やっちゃわない?映像流してさ」


「それって…生でやるって事か?」


「収録せずに?」


「そうそう、収録とかさ客前でやるって言うのは役に落ちた俺達がやるのはおこがましいと思うんだよね。でも…練習して、その成果を皆に観てもらうってのは…やって良いと思う。あくまで出し物として、終わった後の余興としてね?」


「面白いじゃない。今の私だったら何でもできるわよ」


「でも圧倒的に人数足りねえよ。誰か本キャストから誘うか?」


「それはなあ…邪魔はしたくないよね…後藤…俺達で…やっちゃう?俺達だけでさ」


「役は15役位あるか…女役は…8…8役!?多いな…水堂しかいないし…どうするか…」


「あんた私の事舐めてるの?私が全部やるに決まってるじゃない」


「なら決まりじゃねえか」


「やるか」


「やっちゃおう」


「やりましょ」


負け犬は吠える事しかできない。吠えてもめんどくせえって思われるだけかもしれない。しかし、じゃあ黙ってろって言うのか?押し黙って敗北を飲み込んでニヤニヤしてろって言うのかよ?無理だ。黙れるなら声優なんて目指してねえよ。



それから私達は練習に励みました。我々のような我が強い人間がすんなりと全体での練習に取り組み、たった一言でも全力でやるのを観て、クラスメイトはびっくりしていました。そして我々のやる気に感化されたのか、ここに来て初めてクラス一丸と成って全てが噛み合い始めました。

もちろん、我々四人だけの練習も欠かしません。全体の練習が終わり、少し自主練習をした後は全員で無禄ハウスに行き、こっそりとダビングしたビデオテープで練習しました。


「水堂、そりゃ違うぜ?もっとババアっぽくやれよ。きったねえババアっぽく」


「うるっさいわね!出来るわよ!!「おじ~さん!宇宙怪獣が~!くるでよ~!」こうでしょ!?」


「すっげえ、超ババアだ。そんな声出せたのか」


「あれから家でもやってるから当たり前よ!!母親に見られてちょっと気まずくなったのよ!!論鰤!!あんたももっと楽しそうにやりなさいよ!あんたも格好付けすぎでしょ!?」


「うるせえよ!俺だって出来るぞ!「グババババ!俺が~!ジャグリーノだ~!た~べちゃ~うぞ~!?!?」ほら!出来るだろうが!!後藤!お前も勢いだけでやってんじゃねえぞ!」


「なんだお前等!!「きゃぷぷぷー!ママの作ったミートパイが一番美味しいよ~!」オラ!聞けや!完璧にデブやろが!無禄!!もっと格好良くやれよ!!格好良いキャラ得意なんだろうが!八神庵みたいにやれよ!」


「はあ!?八神庵関係ねえだろうが!!「まったく…君達は…もしかして…馬鹿なのかな?情けない…」どうだ!すごい格好良いだろ!!」


「いつもと変んねえよ」


「一本調子ねえ~」


「悪く無いだけだな」


「お前等好き勝手言いやがって!見てろよ!もっとやってやる!」


全員が強い口調で思った事を言い合い、もし誰かが見たら一触即発に感じるかもしれません。しかし、思った事を言い合い、そして言いにくい事も言う。それは信頼の証なのです。私達は多分はこの練習でかなり腕を上げました。運良く全員が全く違う個性の人間だったのです。そして全く違う四人が思った事を言い合い、「俺ならこうする」と言う事で今まで気が付く事がなかった視線や感情を発見し、小さな発見があると全員で掘り起こすと言う作業をひたすらに繰り返しました。そして若さ故の勢いは秘密基地無禄ハウス内だけでは留まらず、学校内に於いても放出される事になりました。


「光本!?あんたさ~!主役でしょ!?あんたもっとできるのに何ビビってるのよ!」


「ひぃ!水堂さん…何か…ごめん…怒ってる?」


「怒ってないわよ!!その役はトラウマがあるって書いてるのに見落としてるの!?しっかりやんなさいよ!!」


「雑魚美!!普段はもっと可愛いんだから…もっと普段の雑魚美を出そうよ!!それじゃあただセリフ言ってるだけだよ!!」


「うにゃ!?うう~!頑張る~!」


「豚骨!!俺がやりたかった役やってるんだ!もっとやれ!!俺が!「豚骨には勝てないな」と思える位にやってくれねえと浮かばれねえよ!!」


「お!!後藤!!まあ~俺に任せとけ!俺はな!役作りで5kg増やしたんだぞ!」


「ただの食い過ぎだろうが!!」


学校内でも全員がガンガンに言い合う形になってきました。普段は余り人に対して意見を言わない雛子も桜丸に意見を言ったりしています。そして笹本やポム巻や蛸村も周りの気合いに当てられて異様な位に燃え上がっています。ここには傍観者はいませんでした。全員がリーダーとなって場を盛り上げようとしています。思いを、信念を放出します。小中高と言いたい事を言えずに黙ってきた人間が多く集まっています。その時言いたかった事を全て出すように議論は進み、ヒートアップしていきます。誰もブレーキを踏みません。


「どうせやるならやりすぎって言われようぜ」


誰が言い始めた訳でも無く、その言葉がスローガンになっていました。我々がどこまで頑張っても多分まだ足りません。レッスンでも「もっと出せ!もっと出せ!」と言われ続けた一年です。だったらその一年の最後位、出しすぎて怒られるレベルに行きたいと言うのが全員の気持ちでした。全員が一丸と成り、最高の作品を作る為に全員が全員の良い所を見つけようと必死でした。ダメな所を見つけて指摘するのは簡単です。何故簡単なのか?そこで責任を終えられるからです。しかし良い所を見つけると大変です。責任を持ってその良い部分を本人が手にするまで世話をしないといけないからです。そして手間が掛かったとしても、その良い部分は自分自身にも跳ね返り力となってくれるのです。

力を合わせると言うのは全員で黙って足並みを揃える事ではありません。それは歩調を合わせているだけで楽をしているだけです。自分の責任で、自分の意思で皆の手を取り、駆け抜ける事が力を合わせると言う事なのです。途中で倒れる人間も居ます。不貞腐れる人間も居ます。それは人間だから当たり前です。だが、それでも見捨てて成る物か。いつ自分がそう成るのか分かりません。「誰か」は「自分」なのです。「自分」は「誰か」なのです。だったらもう放っておけない。全員がそう思う事により、不可能を可能にする驚異的な軍団が生まれるのです。

しかし、その中でも人間だからこそ、まだ成長途中だからこその悩みが生まれたりします。数週間後にそれは起こりました。


「雑魚美に…雑魚美に…フラれた…フラれた…終わった…俺は…もう…俺は…」


「無禄!!あんた弱音吐いたら殺すわよ!!私もねえ!ひよちゃんと滅茶苦茶ケンカしてるのよ!!」


「ひよちゃん?」


「光本よ!!付き合ってるの知らなかった?」


「俺は知ってたよ」


「嘘だ~!?全然似合わねえ!!」


「うわあ、水堂ってショタコン?」


「はあ!?うるっさいわね!!可愛い物と人が好きなの!!!」


なんと無禄は雑魚美にフラれてしまいました。原因を聞いてみると、練習後の秘密練習会で何度もデートを断ったりしていたからとの事です。でも、まあ、これが無くても長続きはしなかったと思うよ。


「後藤と…雛子ちゃんは…仲良くしてるの…?」


「結構マズい。この練習の事は良いとして、雛子が中々上手くできないって事を気にして落ち込みまくってる。論鰤は彼女居ないの?」


「俺、ゲイだよ」


「あら!!そうだったの!?」


「そうなのか。光本ってどう?」


「ちょっと好みだったからちょっと落ち込んだな」


やはり稽古がハードになってくると日常生活にもダメージが生まれてきます。無禄は雑魚美と別れた事がモロにダメージとなりました。目が死にかけてます。そして雑魚美は特に気にしても無い感じで、むしろ「やっと気にしなくて良い」と言う感じで生き生きしています。私は若干雛子との関係が悪くなりましたが、もっと良くないのは練習のしすぎで金がかなり無くなって来た事でした。そしてクラス全体が「生活」と「夢」との線引きが怪しくなってきて生活が破綻寸前に成る人間、親から借金をした人間で溢れかえりました。


「正直、練習は大切だけど…ちょっとやりすぎかもしれないねえ」


自然発生的にまとめ役となったポム巻がミーティング時に言いました。


「練習も大切だけど…生活もあるもんな…」


この問題は卒業してもつきまとう問題です。やはり日常生活をきちんと送るにはそれなりに働かないといけません。練習だけやっていたい!!と思う気持ちは大切です。しかし、それでは立ちいかなくなり結果として夢を諦めないといけなくなります。逆にバイトに命を懸けすぎて社員になり夢を諦める人間も出てきます。

ここでクラスが対立しました。「生活をなげうってやるべき派」「生活を考えた上でやる派」に。

なげうって勢は実家暮らしが多く、生活を考える派は一人暮らしが多いです。これは本当に難しい問題です。全員が分かっているのです。全員がもっともっと稽古をしたいのです。しかし、それをやるとどうにも成らない。答えは出て居ます、このペースではできない。しかし、そうなるとまとまっていた気持ちが緩んだり意見が違う人間を感情で批判するようになったりします。そうなってくるとすぐに全ては瓦解します。まとまるのにほぼ一年掛かっても、数分あれば瓦解してしまうのです。


「やるべきよ!やっとここまで来たのよ~!?もう少しじゃない!!」


「雑魚美…正直厳しいよ~!このままじゃバイト先…クビになっちゃう~!」


「バイトするためにここに来たんちゃうやろ!?我慢してやるべきやって!!」


「落ち着こう。物理的な問題は感情で解決しない」


「それやったら…どうしたらええんですかポム巻さん!?」


収録まで二週間、全員無理に予定を開けて来た歪がここになって出てきてしまいました。どうする…?単純に練習を減らすか…?それだと…亀裂が走る気配がする…メインキャストが居ないとどうにも動かない…


「よし、ちょっと試してみよう。今回、メインから外れた人で…生活に余力がある人間は何人居る?その人達に代役を任せて…できないかな?」


私、水堂、論鰤、それとパラパラと手を上げる人が居ました。


「う~ん…足りないなあ…それに代役で今まで通り…って言うのも…難しいかな…」


「そうだよ!俺はデブ役のためにさらに8kg増やしたんだよ!みんな必死に自分の役を練習してきたんだから難しいよ!だから稽古やるしかないって!」


代役?人が足りない。兼ね役でやれば良いのか?できる。できるぞ。無禄は一人暮らしだから無理なのはしょうがない。しかし、我々三人は今まで無理矢理何役も兼ねて練習をし続けてきました。そして四人でやる為に本役を見続けて研究してきました。勿論本役の人間とは細かい部分で演じ方は違います。しかし、だからこそ…新鮮な気持ちで本役が演じられて…何か発見する事が出来るのでは?

意地で、ただの意地で四人で練習をしてきました。心のどこかで「今に見てろよ」と思っていた部分もありました。どこかで自分の力を見せつけたいと思っていた部分がありました。しかし、それは違うんじゃないのか?まずは作品として、一つの作品としてこの収録を完遂した時に…初めて意味のある意地になるんじゃないのか?チラっと二人を見たらニヤっと笑ってコクっと頷きました。


「ポム巻さん、代役は居るぞ。俺と論鰤と水堂でほぼ全役出来る」


「え…本当に?でも…一回やってみようか?」


練習に穴を開けてしまう本役の人に一旦退いて貰い、代わりに我々がマイクの前に立ちました。やってやるぜ。


「出来た…凄いね…ちゃんと出来てる。練習してたの?」


「実は…」


四人で隠れて練習していた事を皆に言いました。もちろん作品公開が終わった後に生でアフレコぽくやろうというプランも全て言いました。何故そんな事を言ったのか?本当はそこまで言わなくて良かったかもしれません。しかし「生活をなげうってやれ」と言った立場としてどこかに責任を感じていたのかもしれないです。根っこの所で「良い所取り」を狙っていた負い目かもしれません。


「なるほど…そうだったのか…」


「そうなのです。でも…俺がこの事を言うのを…三人は止めなかった。多分、俺達が思っている事…同じだと思うんです」


「どう言うこっちゃ?」


「みんなは選ばれたんだ。クラスの代表だ。だったらさ、俺達を踏み台にしてもっと良くなって欲しい。その手伝いをさせてくれないかな」


全員が黙りました。ただ黙りました。しかし、その心は雄弁に会話をしています。


「ちょっと…そんな事言われたら…感情的になっちゃうね。甘えさせてもらうよ。豚骨君、朗読劇の時にスケジュール立ててくれたから…やり方は分かるよね?ちょっと皆のスケジュールを聞いて練習日程作ってくれるかな?」


「任せろ!!」


「雑魚美ちゃんや無禄君、他の練習に来れない人はさ、無理はしないで欲しい。今は本当に体にも心にも疲れが溜まっている時だと思うからさ。今の見たらから分かると思うけど、この三人が何とかしてくれるからさ。甘える部分は甘えよう。感謝の気持ちは練習の時に出そう。だから負い目は感じなくて良い」


「決まりましたな」


幾度と無く衝突を繰り返し、転げまわってきたのは血みどろに成る為じゃない。その中で己を磨き、ただただ鋭く、美しく輝く為だ。俺達はやりきるぞ。意地だ。こうなりゃ意地だ。この意地と信念が最初にして最後の最強の武器だ。ズダボロに成るまで使い倒してやる。

残された時間は僅か。残りの稽古回数も多いとは言えません。だからこそ全員が集中する。同じ方向を向いて同じ熱量で進む。この時点になればもう誰も台本を見ていません。全部入っています。自分のセリフはもちろん、他のセリフ、ト書き、自分で書いた走り書き自分の手の延長線上に台本がある。顔の延長線上にマイクがある。言葉は少なくなります。それはもう分かっているからです。無駄が極限まで切り詰められ、必要なことしか言わない。そして言わなくても空気で多くを感じられるようになりました。


収録前日、全員が揃って軽く練習をしました。やるべき事はやった。そう思うのはまだ早いですが全員が心地良い疲労感と迫り来る収録に対して「楽しみ」を感じてきました。そうか、何故練習をするのか、何故不安を叩き潰すのか?その答えが分かった気がします。不安を通り抜けたらそこには純粋な、何にも邪魔されない「楽しみ」が残るだけなのです。そしてその時初めて全てを鋭敏に感じ取り、感じた事を全て「幸福」に変える事が出来るのです。


「とりあえず今日はこれまでにしよう。体を休めて明日の収録前に少しやろう」


ポム巻がそう言うと早々と帰宅準備を始めました。考えてみたらここまで一つの事に対して向き合ったのは初めてじゃないのか?一つの事、収録に向き合う事で多くの改善点が見つかった。それは芝居だけでは無く自分自身の心に対しても。一つの事に集中すると周りが見えなくなるってのは違うんだな、周りが見えていないとしたら、それは一つの事すら見えていないんだろうな。

この学校に入って俺は少しは変われたのか?自分自身では分からないんだろう。でも、変化を恐る事は無くなった。結局は人生って変化の繰り返しだ。その変化の受け止め方次第で世界の色が変わる。ありがたい。この場所で人間に成れた。そして声優としてのスタートラインに立てた。今までは言われた事をして、やりたい事をやっているつもりでも自主的では無かった。ここでやるのは与えられた課題だが、それに対しては本当に自主的に取り組んだ。ありがたい。収録作品の発表会には親も来る。俺の出番はほんの少しだけど、それを楽しみにしてくれている人が居る。自分の為に頑張るのは当たり前だ、そして誰かの為に頑張るのも当たり前だ。だからこそ、未来に出会うかもしれない人の為に頑張ろう。プロになるって事はそう言う事なんだと思う。


「後藤君、ご飯でも行く?」


「良いよ。ちょっと待ってて」


雛子と学校を出ていつものたこ焼き屋に向かいました。


「なんだかあっと言う間にここまで来たね」


「一年が二週間程に感じるな。これも充実していたからだろうな」


「うん。雛子、こんなに楽しいって思いながら毎日過ごせるとは思わなかったよ」


「俺もだな。でもここから先、後一年も。そしてその先もずっとずっと続いていくって考えたら少しクラっとするな」


「そうだね。声優になりたいって思っている限り…そうなんだろうね」


「声優の専門学校…最初は舐めてたんだよね。無禄もテンプレみたいなオタクだったし、豚骨も弱腰も…なんか凄かったしね」


「雛子も全然話したり出来なかったしね」


「思えば、誰だって色んな事を乗り越えられるんだな。ただ…キッカケがあるか無いかでさ。ここはただ声優の能力を得るだけの場所じゃないんだな。同じ夢とか方向性を持っている人間が周りにいる事で、こんなにも人間として色々変われるんだな」


「そう思うよ。でももっともっと変わらないとね」


「進むのも戻るのも変化なんだよな。動けなくなって閉じこもる以外は良い事なんだろうな」


「うん」


雛子と話していると、専門学校で学んだ事を、一年間かけて学んで来た事を不意に思い出しました。毎日どこかで小さな失敗を繰り返し、毎日失敗を糧とし、気が付かなかった事に気が付き、新しい知識や技に喜びを見出す。

どこかでこんな経験して来たな。そうか、赤ん坊が成長する時がこんな感じなんだろうな。親に抱かれ一人では何も出来なかった状態から一年と少しで立ち上がるようになる赤ん坊。我々も今まではただただ与えられるままに学んで来ただけでした。しかし今回は自分の頭を使い、自分の判断で行動をしています。私達は赤ん坊なのです。声優の世界の赤ん坊だったのです。だからこそ全てが新鮮で、予想もできない失敗をし、毎日が楽しくてあっと言う間に過ぎていく。多分こんな時間は二度とは無いでしょう。来年になればオーディション対策や声優事務所オーディションが始まって何だか分からない内に卒業して上京しているのでしょう。

丁度今、上級生達がプロダクションのオーディションを受けていてその結果に一喜一憂しています。あそこまで行ったら「楽しむ」と言う気持ちもどこかに追いやられてしまうのでしょう。だからこそ、優しい朝の光に包まれ生まれた私達が、恐ろしい夜の闇に巻かれる前の…美しい夕暮れの時間を歩いている内だけは。ただただ楽しもう、アホでいよう。

たこ焼き屋には数人のクラスメイトが居ました。皆何となく緊張して帰りづらかったのでしょう。のんびりといつも通りのバカ話しを。今しかできない事を。君達としか作れない時間を楽しもう。

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