#03 咲良
さてどうしたものだろうか? まだ何も問題を起こしてない教師を退職させるというのは、かなり無茶な注文である。
だが咲良は、だいたいの問題解決の方向性は考えていた。風評被害と体罰ないし懲戒解雇は、直結ではない。まるで一休さんのような理屈だが、屁理屈も理屈だ。
とりあえず、特定できるところまでは、特定しておいた方がいいだろう。
最終的に喫煙していた生徒を指導するのは、井中教諭でなければならない。だが、それでは問題になる前に退職させられない。
そもそも風評被害になるのは、メディアが取り上げたり、また刑事であれ民事であれ、裁判沙汰になるからだ。それさえなければ、たとえ体罰があったとしても、風評被害にはなりえない。
とはいえ、学校側が下手に生徒やその家族に圧力を掛けたり、逆に訴えないよう説得するようなことがあれば、訴えるときに逆手に取られて、取り返しのつかない事になるだろう。
先手を打つ必要がある。井中より先に犯人を特定しないと、計画も練りようが無い。
一時限目の終了までは、まだ時間がある。咲良は体育館裏にやってくると、他に煙草の吸殻が無いか確認する……やはりあった。たくさんあるわけでは無い。確認できたのは、二、三本だ。井中教諭は必要な証拠の一つだけ確保して、あとは、あえて放置している。
井中の発言力は、それなりのものがある。理事長の話の後、職員室に戻ってくると、話は既に終わっており、見回りを強化して犯人を捕まえ、根本的に問題を解決する方針になっていた。大々的に『こういうことがありました』と生徒たちに注意するよりも、犯人を特定した方がいいと井中は踏んだのだ。
なかなか過激である。生徒たちに注意し、こちらが警戒しているポーズを見せ、学校内でさえ喫煙しなければいい……というのが他の教員の本音だと、咲良は勝手に思っているが、少なくとも井中は違う考えらしい。
思わず顔が綻びそうになる。咲良としては、その方が都合は良い。
昼休み。咲良は事務室で弁当を受け取ると、さっさと食べて体育館に向かった。裏ではなく館内である。
裏で待ち伏せすれば、そこで犯人が特定できるかもしれないが、それでは井中教諭の排除ができなくなる。二兎を追う必要があるのなら、二匹がぶつかるタイミングが来るまでは、あえて泳がせるのが得策だ。
咲良は体育館のステージ裏に入り、外に耳をそばだてる。ちょうどこの壁の向こう側が、吸殻が捨ててあった場所である。
職員室のホワイトボード――学校内施設の使用予定表では、五時間目は使われていなかったはずだ。体育の授業があったとしても、男女ともにグラウンドを使用するのだろう。
しばらく待ってみる。あまりにも埃っぽいステージ裏の通路は、息をすることだけでさえ躊躇する。マスクくらい持ってくれば良かったと後悔する。
遠くで聞こえる話し声――咲良は気を引き締める。続いて聞こえる足音――男子のようだ。ビンゴだ。咲良は外の音に耳を傾ける。
「いないよな? 前に三階に人いてビビったもんな」
「どこ?」
「美術室……ほら、あそこ」
「ああ、美術部の奴らか……」
声を聞く限り、両方男子だ。ポケットの中のものを取り出すゴソゴソという音、ボッ、という火を点ける音、わざとらしく息を吐く音……間違いない。が、ここでとっちめてはいけない。
――この声……
どちらも二年二組の生徒である。どちらかというと不良っぽいが、三組の
「そういや、テスト週間で早く帰れるようになるだろ? また行こうぜ」
どこに行くつもりなのかは、すぐに分かった。
「また『シャイン』? 大丈夫かな……」
「なに今更ビビってんだよ」
軽く背中を叩く音。矢田と違い、寺原はあまり積極的では無いようだ。
喫煙の他に飲酒までしているとは、全く何を考えているのか……いや、考えていないのだろう。未成年者飲酒禁止法が、若者の身体を気遣っての事ではなく、非行の温床になるという懸念から施行されたという話は、どうやら正しそうだ。
朱に交われば赤くなるという言葉がある。人は関わる人間や環境によって、良くも悪くもなるという諺だ。まったくその通りだなと思うと同時に、昔からある考えなのかと思うと、人間の進歩の無さに辟易する……この場合『
なんにせよ、生徒を更正させるのが教師の役目、そして彼らをダシに井中教諭を退職に追い込むのが赤坂教諭の役目である。咲良は足音を立てないように注意して、職員室へと戻った。
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