#02 咲良
校長室と違い、理事長の部屋は咲良の主観においては綺麗だった。賞状やらトロフィーの類が無く、クラシカルにまとめられている。
「一時限目に赤坂先生が担当の授業は無かったはずですね?」
「おっしゃる通りです」
「結構。では先ほどの井中教諭の話は覚えてらっしゃいますか?」
先ほどの煙草の話か。いったい何を懸念しているのだろうかと、咲良は少々気になった。
「はい。体育館裏で吸殻が見つかった事から、生徒の中に、校内で喫煙している生徒がいるので見回りを強化しようという話でした」
「そう……これについて、どんな問題があると思いますか?」
「未成年の喫煙は違法ですが、それだけの問題ではありません。他の生徒が同じ行為に走る原因に繋がりかねず、また他の非行が隠れている可能性もあります」
「そうですね。他には?」
「……」
この理事長が求めているのは、ありきたりな意見では無いようだ。
「……我が校の風評被害に繋がりかねない、と?」
「大まかにはそうです。ただ、過程が問題です。こういう言い方もなんですが、煙草を吸う生徒が出るのは、高校では珍しくない話でしょう。それは今でも昔でも同じです……いささか、絶対数は減りましたがね。だが、それだけで風評被害に直結するとは考えられない」
そういうことかと、やっと咲良は得心がいった。
「それに対して、体罰で指導をするようであれば、問題になる、と?」
「その通り」
この問題を見つけたのが他の教師で、できるだけ内々に対処してくれれば良かったが、井中本人であれば、彼は積極的に問題解決に参加するだろう――当然、指導も含めて。
「確かに、彼の言う正しさもあるでしょう。だがそれは、この学校において認められるものではない。今の世の中では、体罰などという行為は認められませんからね」
「それで、わたしにどうしろと?」
御託を並べるために、新任教師を呼び出して語ったわけでもあるまい。
「井中先生を、この学校から排除したい」
「正気ですか?」
排除とは、穏やかでは無い。何かしら理由があるのだろう。
「もちろんです。彼はもう、この学校には必要ない。確かに彼は、今までこの学校の教育に貢献してくださいました。だが、たとえ過去にどれだけ成果を上げようと、今についてこられないのであれば、切り捨てるしか他に無い」
「とはいえ……」
「ええ」
咲良の言いたい事は、既に分かっているようで、理事長は大きく頷いた。
「体罰をする前に依願退職するよう言っても、彼は応じないでしょう。彼自身、間違った事はしていないと考えていますから……それに、こちらも大事にはしたくない。彼と正面切って対決など持っての他だ」
「なら、どうしますか?」
「それは赤坂先生、あなたが考えてください」
随分な言いようだ。咲良は、やんわりと反論してみる。
「そもそも、そこまでする必要がありますか? 井中教諭を厳重に注意すれば、そんな事をしなくてもいいはずです」
「確かにそうですが、毎度毎度、そういう注意をしなければいけないようでは問題だ……それに免職覚悟で指導などされたら、たまったものではありません」
ところで、と理事長は、咲良が反対する前に口を挟む。
「赤坂財閥の傘下企業……建築関係の会社でしたが……個人的にですが、確定申告なんかを調べたんですが……面白い事が見つかりましてね」
ハッタリだと、即座に気付いた。会社名を言わなかったのは、建築関係の会社が膨大に存在するからだ。数撃てば、どれか一つは当たるだろうという腹積もりなのだ。
「私は、もう財閥とは無関係の一般人です。脅しにはなりませんよ」
「どう取ってもらっても結構。ただしできないのであれば……あなたは井中教諭以下ということになる。指示された事も出来ないようでは、過去に実績のある人間の方が、より優秀でしょう」
挑発するように、理事長は咲良を射竦める。財閥を恐喝するポーズは、あるいは今は調べていなくても、目星はついているという意味なのかもしれない。どう咲良が否定しても、財閥の血縁者ということに変わりは無い。よくない噂が立つのは必死だろう。
なるほど、この理事長は、咲良に何かを頼めば断らないだろう理由で、自分を迎え入れたのかと納得した。
咲良は現在、担任、副担任といった役割が与えられていない。数学の少人数指導担当として招かれている。建前上は、全国学力試験などにおいて、第二学年の数学の得点が毎年減少している事ため、元々いた数学教師の負担の軽減、および個別指導による学力向上を狙っての事だと説明を受けた。咲良以外でも数学Ⅱの担当教員が来ているが、この様子だと、どうやら咲良を入れる上での、カモフラージュだろう。
理事長は咲良をじっと見詰める。咲良も見詰め返す。互いの間で静かな火花が散っていた。
「対応の方法はお任せします。我が校の風評に影響が無ければ、どうとでも」
悪態の一つもつきたくなったが、どうにか堪える。
「わかりました……それでは失礼します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます