#26 透花

 部屋の扉が閉まって、しばらくしてから、大袈裟に高野は笑った。腹を抱える、という言葉が、実にお似合いだった。

 なんでここまで笑えるのか、透花にはサッパリ理解できなかった。

「ハッハハッ! …………まったく、傑作だったな、今日のは」

「なにがよ。カタギ脅しただけじゃない」

 この手の弱い者イジメは好かないので、透花は少々不快だった。

「良心的な脅迫だったろ? そりゃ条件を飲みたくなるさ」

 恐怖で縛り付けるのではなく、なんとか飲める条件で、自発的に踏み込ませること――それが高野のやり口だ。そして廃通りは、中に入ってくる人間を歓迎する……外に出ようとする人間が、どうなるかは、今回の一件が物語っている。

「虎退治して、牙だけは抜いて盗んでおいた……檻から出ても、内山の野郎は使い物にならねえな」

 出所しても益田に戻るなとは言ったが、仮に戻っても、中内がいなければ、今回のようなことには使えない……まったく、やることなすことソツがない。

 今回の件で、益田グループは立場が危うくなるだろう。沖野グループをはじめとした他の大手の総叩きに遭うはずだ。ご愁傷様である。

「それで? 中内を引きこんで、今度は何をするつもり?」

「人聞きの悪い事を言うな、透花……俺だってな、打たなきゃいけない手を打ってるだけなんだよ」

「高校生と教師を脅迫する必要があるなんて、よっぽど重要な事なんでしょうね」

 透花は、思わず皮肉を言った。

「耳が痛い……が、否定は出来ない」

 後半は真面目な口調に戻っており、どういうことかと透花は疑問に思った。

「どういう意味よ?」

「例の女子の件だよ。ヤク使ってたろ? 今は使ってないだろうが」

 確かに、ヤクは使っていない。

「代わりに煙草あげたからね」

「同級生に喫煙を推進するとは、禁煙運動家泣かせだな」

 透花はそっぽを向いた。

クスリアレよりはマシよ。それに息苦しい世の中で生きてるんだから、煙草の一つくらい見逃して欲しいわ」

 同意とばかりに、高野は頷いた。

「確かに、俺らがガキの頃よりは息苦しいかもな。しっかし、人間ってのはおかしいもんだな。息苦しい中で生きてるのに、その中で自ら息苦しくなりたがる」

「モラトリアムじゃない?」

 適当な事を言うと、意外にも高野は納得した。

「違いない……ま、話を戻すと、ああいうガキでも使ってる連中は珍しくなくなる。クスリのターゲットが低年齢化してるからな。そういう話を、早急にまとめるために、そこにいる人間は必要だ」

 そこ、 、 とは、すなわち渦中、つまり学校のことだ。赤坂教諭も巻き込んだのは、こういう意図も含まれていたのかも知れない。

「私たちが卒業したら、どうするつもりよ?」

「その時はまた考えるさ。なんなら後輩を紹介してくれると助かる」

 おかしな事を言う。廃通りに来るよう誘えば、廃通りで問題に巻き込まれる可能性も増えるというのに。

「そういや、あの女教師にカマ掛けてみたんだ。あの本田って生徒と赤坂教諭、なんかあるっぽいな。調べるか?」

 透花は首を横に振った。

「他人の色恋沙汰には興味ないよ。私が出歯亀好きに見える?」

 高野は諦めたような笑みを浮かべた。本当は、そこから赤坂の弱みを握りたかったのだろう。透花が拒否すれば、彼も無理は言わないのだ。

「……冗談だ。じゃ、この事は、互いに他言無用ということで」

「アイサー」

 透花はソファから立ち上がって、冗談っぽく敬礼した。

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