#24 咲良

「随分と趣味の良いクルマですね」

 それが彼の皮肉らしい。咲良は「どうも」と言っておく。

 廃通りの、沖野グループ所有のビルの立体駐車場。そこに銀色のスポーツカーを停めたのは、他でもない、赤坂咲良、彼女自身である。

 助手席から川澄透花が、後部座席の右側から中内宗一が、それぞれ出てくる。そして少し遅れて――後部座席の左扉が開いて、本田優樹が出てきた。

 本田の家に「本田くんに学校で話して欲しい事がある」と言って連れてきた。もちろん本当だ。担任の大宮先生に謝罪させた。そしてその『寄り道』として、ここに連れてきたのだ。

「悪いなキミ達。ちょっとオジサンと話させてくれ。ここの問題だから、ここの大人と相談して話をつける。そういう筋は分かるか?」

 中内と本田は、緊張気味に頷いた。

「OKだ。じゃあ中に……透花、案内してやれ。先生、ちょっといいですか?」

 三人が、エレベーターに乗って、扉が閉まる。それを確認してから、高野孝明という男は、咲良を見据えて言った。

「こんな若くて綺麗な女性が……俺らに協力してくれる悪徳教師とは思えませんね」

 さっきから皮肉が好きな男だ。皮肉には皮肉で返してやる。

お褒めに預かり光栄です、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、。私としても、彼の安全を保障するためには、貴方たちと話をつけておきたいので」

「物も言いようだ。アンタ、こっちの世界でもやっていけそうだな」

 はは、と高野が冗談っぽく笑った……冗談であって欲しい。

 咲良は、気になっていた事を訊く。

「川澄は、貴方と知り合いのようですね」

「ええ。アイツがガキん時に、色々ありましてね。里親を探してやったり、色々面倒見てやりました……その代わりなのか、こっちの仕事の手伝いしてくれてるんですよ」

「なぜ里親に、廃通りの人間を?」

 このとき、高野は本当に申し訳なさそうな顔をしていた。

「面目無い……あの時の透花を救ってやるには、こっちに引きこむしか方法が無かったんですよ」

「何かあったんですか?」

 すると高野は、気まずそうに視線を落とす。

「まぁ、色々とね。親に一日中殴られたみたいでしたよ。虐待ってヤツです。死んでないのが不思議でした」

 高野は、遠い目をしていた。見ているのは、おそらく過去だった。

「死人みたいな顔してました……顔も死んでりゃ、やる事も死んでる。可愛げが無いなんてモンじゃないですよ。アパシーってんですかね? 何されても、ぼーっとしてるんです。今はマシになりましたよ。それなりに、ひねくれちゃいますけどね」

 耐えられなくなったのか、高野は胸のポケットから、シガレットの箱を取り出した。

「吸ってもいいです?」

「どうぞ」

 中から一本取り出して咥えて、火を点ける……駐車場で吸って大丈夫なのかと心配になる。古い建物のうえ、廃通りの中のものなので、防災設備が規定を満たしていないのかもしれない。

「アイツにその気があれば、普通の生活送るでしょう。その時は止めませんよ、俺だって、アイツには、幸せになって欲しい」

 夢のある事を、紫煙を吐きながら言う。正直なところ、どうにも信用できなかった。

「娘のようなものですか?」

「ええ。感覚的には。実はウチにはね、七つになる娘がいるんです。家族でよく旅行に出かけますよ。遊びに行ったりとかね。アイツとも一回、行った事があります。どっちも同じような感じでした。子供といると、平和でいい」

「そうですか」

 悪い大人も、所詮は人の子、こういう話が出来るのかと、咲良は意外に思った。

「そうやって遊びに行くとですね、たまに目立つ奴がいるんですよ。見た目の話じゃないですよ? 組み合わせです……たとえば、明らかに年上の女と高校生くらいの少年のカップル、とか」

 ぎくっとするが、声にも表情にも出さないように心がける。

「へぇ……世の中には、色んなカップルがいるものですね」

 まっすぐ高野を見つめる……僅かに視野がブレている気がした。今のはカマかけだと理性では分かっていても、本能が動揺を抑えられない。

 おそらく、川澄から咲良の怪しい点を伝えられていて、彼なりの推測を立てて今のカマかけに及んだのだろう。今日は色々と動揺してばかりだ。まだまだだなと思った。

「さて先生……俺たちも行きましょうか。生徒の安全、守らないとね」

 そう言って高野は、エレベーターに向かって歩いていく。咲良はぎこちない笑みを浮かべた。

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