#21 咲良
朝から頭が痛かった。頭痛の種は、問題が積まれていることだろう。考えるだけでも億劫になる。
結局、本田の情報は得られなかった。あれからも何度かメッセージは送ったが、返信は無い。
もし本田の立場だとしたら、考えられるのは二つだ。迷惑を掛けたくないか、何か隠して動かなければいけない事情があるか。
ともかく、今できるのは、亀田たちを注意することだ。これ以上、行方不明者を出すわけにはいかない。
一度に呼び出すと、見られていた可能性を指摘されるかもしれない。咲良は、男子と女子は別々に呼び出すことにした
朝。登校したばかりの川澄透花を廊下で見つけると、咲良は「ちょっと」と川澄を呼び止めて、廊下の端に寄る。
「なんですか?」
咲良は単刀直入に言う。
「廃通りに出入りしてないか? 見たって人がいてな……色々あったろ? だからああいう場所に遊びに行くのは、控えて……」
「私の家、廃通りの中にあるんですけど」
咲良の注意を川澄は遮った。そういえばと思い出す。電話番号は知らなくても、住所などの情報は提示されている。副担任になったばかりだが、一応目は通していた。妙な場所にあるなと、引っかかってはいたのだ。
「そうだったな……まぁ、用が無ければ、あまり近所をうろつくなって話だ」
「分かりました」
素直に聞いたが、本当にそのつもりかは分からない。とはいえ、これ以上の事はできない。今ので躊躇してくれることを願おう。
川澄が教室に入ったのを確認してから、正面玄関で待ち伏せしていると、件の三人は来た。喋っている亀田と上村、スマートフォンを見ている中内の三人だ。
「亀田、上村、中内、ちょっと来い」
三人に手招きして、他の生徒の邪魔にならない――他の生徒に聞かれない――場所まで移動する。
「なんですか?」
「お前ら、廃通りに出入りしてないか?」
亀田と上村の視線が交錯する。否定されても面倒なので続けざまに言う。
「見たって人がいるんだ」
「え、マジすか?」
早速、上村が自白した。
「昨日も色々ニュースになったろ? ああいう場所に行くのは止めろ」
「けど、売人が殺されたのは、廃通りじゃないですよね?」
指摘したのは中内だった。事実だけに、内心、むっとしたが、咲良はおくびにも出さない。
「そうだな。けど、売人は廃通りと関係してたって噂がある。触らぬ神に祟り無しって知ってるか?」
中内は「そうですね」と言ったきり黙った。
「まぁ、そういうことだ。出歩くなよ。生徒指導で注意しないといけなくなる」
男子も三人、それもヤンチャな部類では、手綱を握るのが難しいので、こちらも少々強く出る必要がある。ポニーならニンジンで釣れば十分だが、暴れ馬には鞭がいるのだ。
「はぁ~い」
亀田と上村が、間延びした返答をして教室に向かっていく。
「あの……」
「なんだ?」
しつこいのは中内だった。まだなにかあるのかと咲良はうっとうしく思ったが、
「先生は、本田くんが学校に来てない理由、ご存知ですか?」
その発言で、咲良は中内に対する警戒を、一気に高めた。
――ここでなんで本田の名前が出てくる?
本田の件を学校に漏らすわけにはいかない。咲良は瞬時にでたらめを考える。
「いや、分からない。学校に連絡はきてないんだ」
「警察には言ったんですか?」
――なんだコイツは、まったく……。
だが、ここで冷静さを欠いては勘繰られる。そもそも本田と中内が仲が良いという話は聞いた事が無いし、何か裏がある可能性が高い。
「学校で出来る範囲は限られる。自宅に伺って、必要ならご両親が失踪届けを出すさ。あと、こういうのは大人の仕事だ。生徒は気にしなくていい。他の奴らにも言うなよ、騒ぎだすと面倒になるからな」
「いえ……言うつもりは無いんですけど、仮に本田くんの事について知ってたら、話した方がいいですか?」
咲良が念を押したところで、情報を小出しにしてくる……いやらしい話し方だ。本田に関する情報は喉から手が出るほど欲しい今、訊かざるを得ない。
「なんださっきから? もしかして、何か知ってるのか?」
「……知らなくは、ないです」
「なんだそれは?」
「その前に、答えて欲しい事があるんです」
なんのことだか分からないが、中内の意図も掴めるかもしれない。「なんだ?」と先を促す。
「僕らを見たって証言は、いつですか?」
「昨日だが?」
「先生、さっき川澄さんにも同じ事をおっしゃったみたいですけど、昨日僕らを見た人なんて、思い当たらないんです」
しまったと思う。つい昨日と本当の事を言ったが、まさかこんな指摘をされるとは思ってもみなかった。川澄と中内は、繋がっていたのだ。しかもさっきの話をもう連絡しているとなると、協力関係に違いない。冷や汗をかくが、動揺を悟られまいと次の言葉を紡ぐ。
「遠くから見られてたんだろう? お前たちが気付いてなくても……」
「遠くから見て、僕らって分かりませんよね? 先生は僕らを名指ししましたけど、どうしてその人は分かったんでしょう?」
「お前らの知り合いじゃないのか? だから心当たりがあった」
「その人、誰ですか?」
じりじりと詰め寄ってくる感じが気持ち悪い。まるで尋問だ。
「……プライバシーって知ってるか? 聞かれたからって……」
「先生、銀色のスポーツカー持ってらっしゃいますよね?」
思わず目を見張る。カマかけだと気付いた時には遅かった。いやな笑みを浮かべた中内が、ふむふむと頷いていた。
「なるほど……そういうことですか……」
こんなに可愛くない子供がいるとは驚きである。昨日、あそこに停車していたのを、よくもまぁ、覚えているものだ。
咲良は吐き捨てるようにして言った。
「だったらなんだ?」
「昨日、あの駐車場の前に停まってましたよね?」
立体駐車場のコトだろう。いまさら言いつくろっても、ボロが出るだけである。
「そうだ。生徒がいないか抜き打ちで調べてたんだよ」
いつの間にか中内のペースだ。だがここで仕切り直そうにも、手の打ちようがない……。
「それ、わざわざ隠す必要あります? そういう理由なら、あの場で注意すれば良かったじゃないですか? どうして日を改めるんですか?」
嫌な所をついてくる。それに頭の回転も速い。廃通りに出入りする連中というのは、ただ反抗的な生徒だと思っていたが、中には、こんなカンが良く頭がキレる奴もいるらしい。
「あの場で叱って人に
自分でも、言い訳が微妙になってきているのが分かる。
「さっきの話に戻りますけど、本田くんの話……どうやら彼、赤兎馬って暴走族と関係があったみたいなんです」
いまさらその話かと、咲良は正直、内心で落胆を禁じえなかった。
「そうか。貴重な情報ありがとう」
「いや、それは先生ご存知でしたでしょう?」
心を読まれたようで、ぎくりとする。だが彼からしてみれば、それも納得できる話だ……。
「本当は俺らじゃなくて、本田くんの事を調べる為に、廃通りに来てたんじゃないんですか? だったら赤兎馬の連中の周りを洗おうとするのには納得ができます。自分が来た理由がバレるのを気にして、あの場では注意しなかった。状況を引っ掻き回されたくないから、赤兎馬と話してたらしい俺たちに注意しにきた。違いますか?」
思わず舌打ちしたくなった。まさか昨日見たと言っただけで、ここまで暴かれるとは、考えても見なかった。誰の成果と言われれば、就職祝いに、あんな目立つクルマをくれた祖父のせいだろう。逆恨みにもほどがあるが、それでも恨みたくなる。
「お前の勝手な妄想だ」
「なら否定できますか?」
「ああ、もういい。そういうことにしとく。で? それが知りたいだけか?」
「いえ……さっき先生も言ってましたが、本田くんの捜索って、学校で動ける範囲でしか出来ないんでしょう? けど先生は秘密裏に動いてた。どんな理由か知りませんけど、協力しますよ」
突然の手の平返しに、当然咲良は裏があると疑った。
「何を言ってる?」
「赤兎馬の連中から聞いた本田くんの情報、欲しくないですか? 言わないならいいですよ。他の先生たちにも言いますから。先生の熱心な活動も含めて」
「お前ッ……!」
つまりこれは――協力という建前の脅迫だ。
こいつは、咲良がなぜ隠しているか知らない。だが暴露すれば確実に滅ぶと、咲良の行動から推測したのだ。事実そうだ。校長の秘密裏の指示や、本田との微妙な関係が公になれば、面倒どころでは済まされない。
「……条件がある」
「なんなりと」
完全に優位に立った中内の表情には、見て分かるほど余裕があった。今の内に、せめて対等な条件に持って行くための布石が欲しい。
「私が本田の事を調べてた話は、内密にして欲しい。デリケートな話なんだ」
あえて、相手が勘ぐっている事を再確認させてやる。向こうにしてみれば、簡単に反故に出来る内容だ。悪い条件では無いだろう。
「まぁ、いいですよ。さっきの話は、また放課後にでも」
「分かった」
時計を見ると、朝の職員会議まで五分と無かった。咲良はすぐに職員室に戻る。
とりあえず、これが上手くいけば問題ない。なまじ利口なだけ有効なはずだ。
とはいえ、まだどれも解決には程遠い。咲良は増える問題を前に、頭を抱えたくなった。
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