#20 透花
男子三人が帰った後、自室に戻った透花は、制服姿のまま、ベッドの上で寝転がっていた。
こちらの事を少々晒してしまったが、向こうがどこかの回し者であると気付けたのは上等だ。
だが――透花は、やはり気になった。中内が、透花とは別に、高野の手先として動いている可能性についてだ。
職業柄、当然隠し事はあるだろう。自分が全面的に信頼されるとも思えない。だが、それでも……。
軽い鐘のような音がする。客が来るには、まだ早い時間だ。もしかしたら高野かと思い、階段を下りると、いたのは別の男だった。
「内山さん……」
高野の知人である、益田グループの長身の男は、やってくるなりカウンター席に座った。
「ああ、川澄さん。どうも」
例の廃通りの外での殺しについて、益田グループも動いているのだろう。大変な事だ。
「高野なら、呼び出さないと来ませんよ?」
「いや、そういうんじゃなよ。単に飲みに来ただけだから」
そういって、内山はカウンターのナオに何かカクテルを注文する。
「学校の方はどうだい?」
引き返そうかと思っていた矢先に話かけられ、仕方なく透花は隣の椅子に座る。
「ええ。高野に色々頼まれました。一応、学校の中で怨恨の線で調べろっていうのと、学校で廃通りに入りたがるヤツがいたら止めろって言われました」
ははは、と内山は笑いつつ、グラスを傾けた。
「川澄さんも大変だねぇ。あの人の下で働くなんて」
「いえ……」
「こっちでも色々やってるけどね……というか、学校で怨恨の線で調べるって、どういうことだい?」
言葉を、あまりにも正直に受け止めすぎだと、透花は苦笑いした。
「一応ですよ。中じゃなくて外での殺しですからね、網も広げないと引っかかりません」
「だねぇ。俺たちでも調べてるけど、ぜんぜん引っかからないよ」
仕事の愚痴でも言うような口調だった。透花は正直、気まずかった。いつのまにか客の話相手になってしまっている。自分はバーの店員ではないのだが……。
とはいえ、なにか有力な情報を聞き出せるかもしれない。世間話を装って、透花は話してみる。
「ハートペインの在庫が目的なら、小売屋でしょうけど……」
透花の言葉を、訊いていた内山が引き継ぐ。
「殺しまでやるような奴が、在庫が捌けなくなるのを予想してないとは思えない。怨恨って考えるのが自然かもね」
「となると……」
「ああ。ハートペインの製造業者に恨みを持ってる人間だ。ハートペインで中毒になったヤツを当たってるけど、最優先は……」
「赤兎馬周辺、ですね」
二人の間に、沈黙が下りる。赤兎馬のメンバーがハートペインを使って死亡した件は、記憶に新しい。疑うのは当然だ。
「赤兎馬とは、もう接触しましたか?」
「いや、まだだ。そもそもバイクに乗ってるからな、屯してるところに、こっちから足を運ばないと接触できない」
透花のような個人と違い、グループの一人として動くには、それなりの準備がいるのだろう。
「高野さんには、よろしく伝えておいてくれ」
「分かりました」
話も終わりごろと思って、透花は自室に戻った。
自室に戻ってから、透花は妙に気になって、スマートフォンで高野に通話をかける。何度かのコール音の後、高野は出た。
『もしもし?』
仕事中でも、必ずこうして電話に出てくれるのは、嬉しかった。
「高野……私、透花」
『どうした?』
呼びかけると、電話の向こうで、あの男の声がした。
メールにしなかったのは、息を呑む音すら聞きたかったからだ。まさか上司に探りを入れる事になるとは思わなかった。
だが、その前に不自然にならないように、さっきの事を言う。
「さっき、内山さんが来たよ」
『そうか。なんか言ってたか?』
「うん。高野さんによろしく、って」
『いつでも連絡つくだろうに、変なこと言いやがる』
「殺しの件だけど、益田では、赤兎馬を疑ってるみたい」
『怨恨か……』
ふーっ、という音が聞こえる。どうやら高野は、電話の向こうで煙草を吸っているらしい。その情景を想像すると、心が落ち着く感じがした。
できることなら、その隣で吸いたいな、と強く思った。
「ええ。赤兎馬のショック死の件……あれがやっぱり関係してるんじゃないかって」
『クスリに仲間を殺された逆恨みってか。まったくガキの考える事は……内山も、ご苦労なことだ。あんなガキの周り熱心に調べなくちゃいけないなんてな』
「熱心って?」
何か意図がある言い方だったので、透花が尋ねると、高野は大人の事情を打ち明ける。
『ハートペインなんだが、益田のシマで最初は売ってたらしい。益田としては、汚名返上も兼ねて、熱心に調べてるんだよ』
「意外ね。沖野の組長さんが警察に謝りに行ったっていうから、てっきり沖野の方が気にしてるのかと思ってた」
『益田が慌てふためいてる間に、こっちが先に謝って、益田に貸しつけたんだよ』
ああ、そういうことか。大人たちの出し抜き合いとは、実に醜い。
そろそろか……透花はついで、といった感じで本題を切り出す。
「あ、中内ってヤツ、知ってる? 男子高校生」
「はぁ? 誰だそれ? 学校のヤツか? そいつが、どうかしたのか?」
反応を窺うが――それらしい感じはしない……気がした。
私に、この男を出し抜くなんて無理か……透花は肩を落とした。
「いや、なんでもない」
「おいおい。なんでもない、ってことはないだろう? なにかあって、わざわざ訊いてきたんだろう? ナオは知ってるのか?」
「いや、それは……」
透花は言いよどむ。ナオに電話がいったら真偽は一発でバレる……その思考が、返答を間延びさせる。
「知ってるんだな」
透花は呆然とした。あっという間に形勢が逆転してしまった。
「……透花、俺だから許されるがな、お前は所詮、まだガキだ。そういうことは止めろ。自分の雇い主を疑うってのはな、信用して無いって言うようなモンなんだ。分かったか?」
口調は親か先生のように優しかった。背筋に、ぶわっと汗が噴出した。自分がやってしまった事の大きさに気付いた。なにより高野が自分の前から去ってしまうのを想像して、怖かった。
「ゴメン……悪気があったわけじゃないの。ちょっと気になって……」
『そうか』
その一言の寂しさに絶えられなくなって、堰を切ったように透花は全てをぶちまけた。
「…………そいつ、赤兎馬のメンバーと話してたの。色々あって
『つまり……彼からしてみれば動くだろうと予測される者……沖野みたいな大手グループってワケか。そして彼は、以前からソイツと付き合いがある』
「だと思う。小売屋が元売り殺しを調べる理由なんて無いから、指示したとすれば、やっぱり大手……」
ふむ、と向こうで考える声がする。処遇を待つ罪人の気分だった。
『話は変わるが……俺の事は、そいつに話したのか?』
「まさか! 言ってない……信じて」
「当たり前だろ? ……どうした透花? なんかヘンだが」
息が詰まる――言えない。言えるワケがない。
「ごめん……なんでもないの。それじゃ」
『ああ。ちゃんと寝ろよ』
気遣いの言葉が嬉しくて、口元が思わず綻んだ。けれど気分は晴れなかった。陰陽が混在しているのか、それとも哀楽を感じる自分が分離してしまったのか。透花は、もう自分のことが、よく分からなくなっていた。
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