#19 宗一
「どうして、こんなところに?」
こっちの台詞だと、宗一は言いたくなった。
川澄透花。クラスメイトだが話したことなどほとんどない。積極的にコミュニケーションを取るタイプでは無い。
「ん? 知り合いに会ってたんだけど」
「あっ……」
隆介が無警戒にバラすので、宗一は思わず止めかけた。じ、と川澄の視線が宗一を射抜く。今の微妙な反応で、不信感を抱かれたようだった。
「知り合いって、赤兎馬? さっき通り過ぎて行ったけど」
隆介に何か言われる前に、宗一は先に言いつつ探りを入れる。
「そうそう……っていうか? なに? 川澄さんは、なんでこんなところにいるの?」
「帰宅路だから、通っただけよ」
「廃通りを、わざわざ通って?」
宗一は反撃した。理由も無く、こんな危ないところに来る女子高生は、まずいない。
「……誤解があるようだから先に言うと、廃通りの中に私の家はあるの」
到底信じられなかった。宗一は更に踏み込む。
「中に? ここは危ない商業施設やバーしかないだろ? ビルやアパートはあるけど、全部廃墟だ」
「そこまで言わないといけない? プライバシーって知ってる?」
冷たい視線が宗一に突き刺さる。――互いに、次の言葉を言おうとした時、
「つめたぁい~! 冷たいよ川澄さぁ~ん」
突如、猫なで声を上げたのは、一輝だった。
「なんだよ……」
宗一は一輝を迷惑だと非難したくなった。川澄の方も、面倒くさそうに、一輝を見ている。
一輝は宗一の首の後ろに腕を回し、川澄に対して、回れ右をすると密談を開始した。
「なんだよ? じゃねーよ! ナンパだろ? お前が、ああいう子が好みなんて知らなかったぜ、フォローしてやるよ」
「はぁ?」
何を言ってるんだ、この馬鹿は……と思ったが、良く良く考えたら、この誤解は、非常に都合がよくないか?
――……仕方が無いか。
要らない誤解は招きたくないが、必要な誤解なので仕方が無い。
「なんだよ、とぼけんなよ?」
「分かったよ……頼むよ」
「おっしゃ了解!」
ため息をつきたくなったが、男子生徒に対する貸しで、この不審な女子生徒の内情を探れるのであれば、安いものだ。隆介とは違うので、コーラでは納得しないだろう。今度、何をサービスしてやればチャラにできるか、少し心配ではある。
「でさ、川澄さんってドコ住んでるの?」
「は? いやだから……」
「教えてよぉ~」
じっと宗一の事を見る。こちらを測っているらしい……できれば、できるだけ期待させておきたいが……。
「ところで……今日、ここに来ようって言い出したのって、誰?」
男三人が、互いに互いを見合わせる。
「中内だけど……」
嘘をつくわけにもいかないし、二人は何も分かってない。川澄は一瞬、してやったりという感じの笑みを浮かべた気がした。
「まぁいいや……私、帰るから、もし何かあるなら、ついてきていいよ」
「え? マジ!? よっしゃ!」
一輝が、己の成果とばかりにガッツポーズを取って、宗一にウィンクを飛ばす……なぜか隆介も喜んでいる。
川澄が歩き出す。ん? と思う。路上に銀色のスポーツカーが止まっている。場違いなので、少し疑問に思った。記憶にこそ残ったが、それ以上の印象は残らなかった。
明日、これを思い出すことになるなど、この時はまだ知る由もなかあった
どんな家かと思っていたら、予想は色々と裏切られた。
「オカマスナックバー……」
店先に出ている、妙なネオンの看板の文字に、隆介は引いていた。
「他の人には言わないでね」
色々複雑な事情があるらしい。まさかダミーというわけもないだろう。ただの女子高生に、そんな手の込んだ真似が出来るとは思えない。
「ただいま」
「おかえり……って、どうしたの? 逆ハー?」
野太い声がカウンターから聞こえてきた。がっしりとした身体つきは、紛うことなく男性のそれである。だが、口調は女性っぽい。
「クラスメイト。そこで会ったの。なんか飲み物出してあげて」
「あのねぇ。ここは健全な青少年が来るような場所じゃないの。分かってるの?」
こんな場所に女子高生を住まわせているこの保護者は、何者なのだろう? というか彼なのか彼女なのかは、父なのか母なのか?
「あのオカマは店主のナオ。私の保護者」
気になった宗一は、その紹介について質問する。
「親御さんなの?」
「親……精神的な性別だと母親になるわね」
微妙な言葉で言いくるめられる。これ以上言っても、同じ結果だろう。
「ま、色々あるのよ。女の子はデリケートだから、あんまり触れないであげてネ」
ナオという店主が宗一にウィンクを飛ばしてくる……正直、背筋が凍った。愛想笑いを浮かべるが、絶対に苦笑いになっているだろう。
「まー、オレンジジュースくらいはあるから、それで我慢してね」
宗一はお辞儀する。オレンジジュースということは、カクテル……スクリュードライバーなどに使うものだろう。押しかけて商品を取っていくようなものだ。
「なんか、すみません……」
「いいのよ。けど、いっとくけど未成年にアルコールは出さないわよ」
「えぇ~。いーじゃん、ちょっとくらい」
一輝が自然にカウンター席につく。ちゃっかりしてるなと思った。
「テメェで働けるようになってから言いなさい、そういうオネダリは」
サバサバとした態度は、なんとなく好印象を与える。一輝はすっかり愉しく雑談を始めていた。
「じゃあ、私たちはこっちで……」
冷たい目つきを取り戻した川澄が、宗一を見て、ボックス席を顎でしゃくる。
「じゃあ俺もー」
こっちに来ようとする隆介の襟首を、一輝が掴んで、カウンター席に連行する。
「馬鹿、オメーはコッチだよ」
「えぇ~」
一輝からウィンクが飛ぶ。今日はウィンクをよくされるなと思った。視界の端で、ナオと川澄が何か合図のようなものを送っているのが見えた。
勧められてボックス席に座る。革張りのソファは柔らかく、深く腰掛けると、尻が沈んで落ちつかない。
川澄が、グラスを一つと、大きなペットボトルを一つ、ボックス席に持ってくる。グラスに注がれているのはオレンジジュース、一リットルペットボトルの方は、ミネラルウォーターらしかった。
「なんで水なの……?」
「なんでもいいでしょ」
フタを開ると、口を付けて、大きなボトルを煽ってぐっと飲む。その、あまりの大胆さに目が点になった。カウンターの方から、ナオの悲痛な叫びが聞こえる。
「あ、ちょっと透花! 口付けないでよ、汚いわねぇ!」
「これ私専用」
ボトルの表面には、黒いマジックで『透花』とデカデカと書かれている。こんなガサツな性格とは、思ってもみなかった。だが名前が無駄に達筆で、それになぜか草書体だ。なんとも言えない。
口の端から垂れそうになった一滴を手の甲で拭う。ガサツなのにどこか艶っぽい仕草で、思わず視線を外した。川澄は気付いて無いのか、気にした様子もなく話を切り出す。
「それで? なんで赤兎馬となんか話してたの?」
「え、いやそれは……っていうか、なんで川澄さんの方こそ、ここまでして俺から話聞こうとするの?」
川澄が、小さく溜息をついて、身を乗り出した。
「あの二人外させたし、変な探り合い、やめない? 言いだしっぺの癖に、仲間に自分が何してたか隠させようとするあたり、なんか込み合った事情があるのかと思ったけど」
カウンター席の三人に聞こえない小さな声量で、川澄は言った。宗一はかなり迷ったが、一部を隠しつつ、真実を話す。
「……ちょっと調べてることがあってさ。ハートペインって知ってる?」
その単語に、川澄の表情が僅かに変化するのを、宗一は見逃さなかった。
「……知ってる。廃通りで最近出回ってるドラッグ。廃通りの外で売人が殺された件も、このハートペインを扱ってたって聞いてる」
「まぁ、その、色々あって、俺も売人が殺されたのは誰か調べてる」
「誰から頼まれたの?」
「いや、別にまだ頼まれたわけじゃ……あ、ちょっと待って」
宗一はスマートフォンを取りだして、メールを確認する。協力先から、返信が来ていた。内容を確認する。内容は簡潔だった。
『それについてはこちらで調べる。そちらでは動かなくていい』
宗一は首を傾げる。意外な反応だったからだ。
「あっれ……」
「どうかしたの?」
「いや……殺人の件、調べてって頼まれるかと思ってたんだけど、やらなくていいって、メールが来たんだ」
「頼まれる? 誰に?」
「それはちょっと、言えない」
「どこのグループの出歯亀よ」
宗一は、眉根を寄せた。質問のしつこさにではない。彼女が、ここまで食いつく理由が、少し分かった気がしたのだ。
「もしかして……川澄さんも、どこかのグループの手先だったりするの?」
「そうよ……まさか、頭が同じって事、無いわよね?」
もしそうだとしたら、お笑い種である。
「互いに、互いの事業主に確認とってみる?」
川澄が考え込む。視線が宗一から外れて下に向き、幾分プレッシャーが和らいだ。
「そうね……けど、違ってたら、頭からしたら、互いのコマを晒す事になる。私たち、互いに怒られるわね」
「黙っとく?」
「それがいいかもね……」
言って、川澄はソファにもたれかかる。頭を抱えているようだ。
「そっちは、どう頼まれたの?」
宗一が問うと、すんなりと透花は応じた。
「こっちも似たような感じ。ただそっちほど本格的なわけじゃなくって、学校とか、廃通りの連中が入れないようなトコで噂があったら調査しろって感じよ」
どこかのグループの人間が、学校に探りを入れようとするとなると、やはり大手だろう。廃通りに入ってくる人間には、高校生も少なくない。まして宗一たちが通っている高校は、廃通りから一番近い高校なのだから、探れるコマを持ちたいと考えるのは、不自然ではない。
「ねぇ……ちょっと相談があるんだけど」
「なに?」
「互いに、何かあったら情報交換しない?」
「それ、俺にメリットあるか?」
宗一は頼まれていないのだ。情報を手にしてもで、手土産にはならない。
「今度、そっちの調査を手伝ってあげるわよ」
今後の事も視野に入れて考える。
もしこれが互いに匿名であれば、互いに嘘情報を容易に掴まされることになり、たちまち足の引っ張り合いになるだろう。だが互いの面が割れている以上、下手に嘘情報を流せば報復と見なされる。
だから協力関係は保つしかない――まずまず信用できるだろう。
「わかった。協力するよ」
宗一が首肯すると、川澄も小さく頷いた。
「じゃ、連絡先、交換しとこうか」
川澄がスマートフォンを取り出して、互いにSNSの連絡先を交換する。そうこうしている内に一時間ほど経って、宗一は話を切り上げ、一輝と隆介を連れて、バーから出て行った。
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