#18 咲良

 あの親はアテにならない。ならば自分で動かなければ、事態の好転は望めない。

 ――これ以上は、学校の教師がやる事じゃないな……。

 そう分かっていても、咲良はクルマのアクセルを踏み締めて、廃通りに向かっていた。そもそも、教師の領分じゃないのだというのなら、本田と遊びに行った時点で免職ものだ。いまさら怖がる事は、何も無い。

 あの時の、ただの男子生徒としてではなく、本田優樹という個人を思い出す――寂寥とした笑顔、ショーウィンドウを眺める横顔、夕日に染まったゴンドラの中での出来事……。

 ふと気付くと、クルマは赤信号で停まっていて、咲良は、じっと自分の手を眺めていた。

 以前、夕日に染まった髪を撫でた手だ。

 今は、なにも掴めない手だ。

 まったく、なんて体たらくだと、咲良は自分を罵った。

 そして――そんな真似をしておいて、彼を信じたいと思っている自分がいる。

 それがただの生徒としてなのか、それとも、それ以外の感情が芽吹いてしまっているのかは、微妙だった。

 常識的な教師として超えてはいけない一線は越えている。だが、自分の精神的な躊躇の一線は越えていない。微妙な位置、言い表せられない曖昧なところに、本田優樹という少年がいた。

「アイツが……そんなことする奴とは思えない……」

 咲良が考えられた手段は、一つだった。

 本田が赤兎馬と接触したらしい事は、メッセージから明らかだ。そうなれば、もう赤兎馬に直接訊くしかない。


赤兎馬の連絡先は知らなくても、市街地を回って、それらしい人影を嗅ぎつける、という方法は残されていた。

 廃通りの道路というのは、尋常で無いほど、ゴミが散乱している。ところどころ路面に張り付いているのは、ペチャンコになった空き缶だ。信号機の手前には白い模様……おそらく、信号待ちの間に、灰皿の煙草の吸殻を、まとめて不法投棄したのだろう。

 これだけでも分かる。外の世界と違う中の空気は、廃れている。人としての節度の向こうを剥き出しにした、人間の暗い部分を晒して渇いた連中が巣食う場所……それが、この廃通りという場所だ。

――あれは……?

 視界の隅に赤い影を捉え、咲良はハンドルを切ると、赤いものが見えた方向に進む――すると、小さくバイクの音が聞こえた……ビンゴだ。

 最後尾らしき赤兎馬のバイクの一台が、立体駐車場に入っていくのが見えた。

 咲良はスポーツカーを、立体駐車場の傍の路上に停める。

 しまった、と思わず舌打ちをした。こんな目立つクルマで来るんじゃなかった。

 しかし、どうするか。このまま尋ねに行くわけにもいくまい。適当にはぐれて一名に声を掛けるのが、一番手っ取り早い方法ではある。

 しばらくすると、出入り口から大量の赤いバイクが、濁流のように出てきた。車の横のすれすれを通るので、ぶつからないか心配になる。

 ――追うか……?

 これは一種の賭けだ。本田の事を知っていたとして、彼らが口を割る可能性は……。

 そこまで考えていた時、後ろから運転席の横の窓を、通り過ぎて行く女子高生の姿があった。咲良は釘付けにされ、そして目を見張った。川澄透花。クラスの生徒だった。

 そして駐車場の出入り口から現れたのも、やはり生徒だった――三人組は、亀田一輝、上田隆介、中内宗一の三人だ。

 ――なんだアイツらは……。

 頭を抱えたくなる。本田の問題だけで手一杯なのに、他の生徒に、このタイミングで問題など起こして欲しくない。

 ――黙ってもらうしか無いな……。

 今ここにいることがバレるのはマズい。咲良は、とりあえず今日は引き返すことに決めた。

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