#17 透花

 透花は情報収集のため、駅で電車を待つ間に、周囲の会話に耳をそばだてた。廃通りの外での殺人について、噂の類でも、何かしらの情報を得ておきたかったからだ。

 ほとんどは、大した会話ではなかったのだが……。

「そういや、今日アイツ来てなかったな?」

 その一言が、透花の注意を惹いた。同じクラスの栗田と田島が話していた。仏頂面で二人の話を聞いているのは、桜小路という不良生徒だ。

「ああ……赤兎馬の奴らと付き合い合ったろ。その関係じゃね?」

「どの関係だよ?」

「例の殺しだよ。ハートペインで赤兎馬の奴が死んだって話があったじゃん? だったら、赤兎馬が復讐ってのも不自然じゃねぇだろ」

「考えすぎだろ……」

 しかし、アイツとは誰だ? 透花は気になって、つい三人に話しかける。

「ねぇ、それ誰?」

「え……川澄さん? 何?」

「その、赤兎馬と関わりのある人って、誰?」

 三人は、コイツ突然なんだ? という表情を浮かべたが、面倒くさいらしく、さっさと白状した。

「いや、本田が赤兎馬と面識あるって話だけど」

 本田って誰だ? という内心は隠したまま、透花は問う。

「その本田くんが休んだのが、あの廃通りの外の殺人と関係してるって事?」

 尋ねつつ、ああ、今日休んでた奴がいたな、と透花は、やっと思い出した。割と真面目そうな見た目だったはずだ。

「いや、知んないけど、そうかなって……」

 偶然だろうか? それにしてはタイミングが良すぎる気がする。

 ――調べて見る価値はある、か。

「そう、ありがとう」

 三人にお辞儀して、透花は駅舎を出て、廃通りに向かった。


「高野、私」

 電話を掛けながら、透花は錆ついた歩道橋を渡る。相手は当然、高野孝明だった。確証の無い情報ではあるが、一応、事前報告だけはしておく。

『おお。透花か。どうした?』

「可能性としては低いけど、今日学校休んでる奴がいて、そいつが、赤兎馬と知り合いらしいの。何か関係あるかも知れないから、ちょっと調べてみるわ」

『そうか……分かった。廃通りの周囲や中には、サツがウロついてる。いくら中にお前ん家があるとはいえ、目立ちすぎるなよ。面倒になる』

「分かったわ」

 通話を切る。アレだけの事があったのだし、警察が警戒するのも当然だろう。

 ――しかし……。

 透花は、少々納得できなかった。高校生が、売り手を殺す理由があるだろうか? 赤兎馬の人間が知り合いにしても、それなら在庫を持って逃げる理由が無い。

 ――捜査を撹乱するため? それにしてもリスクが高い……。

 家にでも持って帰って、物証として確保されれば、言い逃れは出来ない。在庫の量にもよるが、持ち逃げするリスクが大きいばかりで、捌くルートが無ければ無用の長物、むしろ何かの出来事で爆発する取り扱い注意の爆弾でしかない。

 本田が犯人だとすれば、よほど強い動機があるか――もしくは、大きく裏で関わっている可能性でもなければ、話にならないのではないか? あと可能性としては、殺した犯人と、持ち逃げした犯人が、別人である可能性だが、そうなると透花には手に負えない。

 ともかく、今は本田の線――赤兎馬から探るしか無い。

 アテは無かったが、赤兎馬がよく出現する場所を探しているうちに、バイクのアイドリング音が聞こえてきた。

 立体駐車場だ。のこのこ入っていくと逃げ場がない。透花は近くを見渡す。路上に場違いな銀色のスポーツカーが、こちらを背にして停車していた。なぜこんなところに? 疑問に思ったが、それよりも重要な事を思い出し、改めて周囲を見る。すぐ傍にはビルがあった。

 透花はビルに入る。立体駐車場との距離は数センチと無い。

 ビルの入り口のガラスは叩き割られ、滅茶苦茶になっている。埃も被っており、見るからの廃ビルだ。

 向こうに気付かれる心配は無いだろうが、窓から見えないよう、姿勢を低くして侵入し、同じ階に移動する。窓から僅かにスマートフォンのカメラ部分だけを出して、向こうを撮影する。画像を確認すると、何人もの赤い人影がいたが、こちらに気付いている者はいなさそうだ。

 ――さて、どう接触するか……。

 堂々と突っ込んでいき、本田の所在を尋ねるわけにもいくまい。それに、内部でも関わっているのが一部の人間だけがだったりすれば、訊いても分からない事だって有り得る。

 というか、まず本田の自宅を調べるべきだったかと透花は考え直した。ただの病欠で連絡を怠っていた可能性だって十分あるのだから。

 ――ま、その時は、これが無駄足って事でいいか……。

 どうせ、今から本田の自宅がどこにあるか調べる方法など無い。あるとすれば、赤兎馬のメンバーにでも訊くことだが、そんな事は不可能だ。

 こうなると、赤兎馬の連中がここにいる間に、高野に連絡して、人手を寄越すのがいいかもしれない。スマートフォンの連絡先を確認しつつどうしたものかと思ったが……。

 ふと、さっきの画像が気になり、確認する。画像の中では、赤い服ではない制服の男子生徒が、赤兎馬の人間と話しているようだ。

「コイツ……」

 確か、ウチのクラスの奴だ……名前は覚えていないが、記憶はある。三人組なのも印象的だ。

 本田という生徒と、彼らとの間に接点があるのか? だとすれば、やはり本田が休んだのも、理由があったと見るべきだ。本田の所在について、彼らが知っている可能性もある。

 どちらにせよ、会話の内容すら聞き取れないのでは、ここにいても収穫は無い。赤兎馬全員に囲まれると非常にマズいが、彼ら三人なら、たとえ敵対しても、どうにか振り切れる。

 大きな音がする。先ほどと同様の方法で撮影すると、赤兎馬の連中が移動し始めていた。透花は小さく舌打ちする。このまま逃がすのはゴメンだ。

 ――思い切ってみるのもアリか……!

 廃ビルを出て、立体駐車場の入り口に立ち、耳を澄ませる……誰かの話し声が聞こえる。足音もだ。人数は……少ない。やはり、あの三人か。

 出口から出てきたのは、やはり三人の生徒だった。制服を着ている。どうにか名前を思い出す……亀田、中内、上村の三人だ。

 こちらを見て、三人は怪訝に眉を寄せた。透花は三人に声を掛ける。

「ねぇ、ちょっといい?」

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