#16 宗一
メールを確認するが、協力先からのメールは来ていない。仕方なく宗一は、例の殺人の件で調べごとは無いのか、確認のメールを送ってみる。
こちらの身分は明かしていないので、大人と思われている可能性もある。なら、例の件について、なにかしらの依頼があっても良さそうなものだ。
大手は何も動いていないのか? 少なくとも廃通りの状況を鑑みれば、警察への手回しなどはしている筈だ。
自分たちへの信用を取り戻すため、大手は自分たちで元売りを捕らえて、警察に手土産にしたいはずだ。そうなれば、大手は他のグループ同士と競争するため、総力戦に出るはず。少しでもアドバンテージを稼ぐため、宗一にもお鉢が回っておかしく無いはずだ。
言われてから動いたのでは遅いだろう。宗一は今の内に動く事にした。
必要なのは一つだけ。ハートペインの外部流出に関わっているという赤兎馬との接触だ。しかし例のメンバーの死亡以降、それなりにデリケートになっていると見るべきなので、かなりのリスクを伴う。
彼らなら、ハートペインの売り手を殺す理由がある。あのボーリングの日の事件……赤兎馬メンバーの急性ショック死の件だ。あの件で仲間が死んだため、復讐のために外部流出に手を貸すと言って近付き、売り手を殺したとすれば、辻褄は合う。
もしくは順序は逆で、小遣い稼ぎのために外部流出に手を貸していたが、好奇心に負けたメンバーがクスリを使い、ショックで死んだという可能性もある。その場合は、逆恨みとしか言う他無いが、それでも動機としては成立する。
話せば分かるかも知れない。そのためには、彼を伝うのが得策だろう。
「えぇ~、流石にまずいって、宗一ぃ~」
夕方のホームルームが始まる前の教室で、隆介は拒絶の意を表明した。当然だろう。殺しが起こって皆が緊張しているのは、頭の程度が低度な彼でも分かっている。
「そうなんだけど……俺だけで行ったら怪しさバリバリだろう?」
「お前だけで行けよぉ~。俺、死にたくないぜ~」
「ん? なーんの話してんの?」
体育館の掃除から戻ってきた一輝が寄ってくる。ピンと宗一は閃いた。
「おう一輝。廃通りに行って、赤兎馬に会いたいって隆介と話してたんだよ」
「え、でもマズいんじゃね? テレビでもニュースになってたじゃん」
ふむ、どうしたものかと考えを巡らせる。一輝はこのトリオの中でリーダー的立場にあり、発言力も一番高い。スクール・カーストに従えば、確実に上位に食い込む一輝を、こちらに付ければ、一輝より下位の隆介は、まず断れない。
「赤兎馬の名前は、ニュースには出てないよ」
「けど、先生も警察も警戒してるだろ。いま立ち入ったら、しょっぴかれるぜ?」
そのリスクは覚悟の上だ。だが、ここで犯人に繋がる情報を手に入れ、協力先に流せれば、信頼を更に上げられる。宗一にとっては、その実績は魅力的だった。ここで折れるわけにいかない。
「それに、隆介だって、赤兎馬のメンバーに知り合いがいるんだろ? 心配じゃねえの?」
「それは……」
「それにさ」
前座の隆介を置いて、宗一は一輝を見て言う。
「しばらく離れると、遊び場なくなるじゃん? それくらいなら、アイツらから話聞いて、廃通りでもマシな場所探しとくのも良くね? 警察の見回りが無い場所とかは、足のあるアイツらが詳しいだろ」
餅は餅屋である。暴走族なら『安全に』暴走できるところは知悉しているだろう。そのついでに、バーのような遊び場を知っていても、不思議ではない。宗一の言い分は、一輝を魅了するには十分だった。
「ふーん……いいんじゃね? 行ってみようぜ」
「えぇ! マジでぇ! イヤだよ俺……」
いやなポーズはとっているが、一輝が乗り気になった以上、隆介も断りにくいだろう。
「そう言うなって。人が減ったら、新しい場所が見つかるかも知れねーしさ。ポジティブにいこうぜ、ポジティブに」
一輝が隆介の方に腕を回して連行する。一輝の性格なら、こういう誘いに乗ると分かっていたとはいえ、上手くいったことには上機嫌にならずにはいられない。宗一は、危うく鼻歌を歌いそうになった。
隆介を使って、赤兎馬の面子を呼び出すのは難しくなかった。
場所は廃通りにあるデパートの立体駐車場。当然、数年前にデパートは閉店して現在はテナント募集中、実質の廃墟だ。駐車場は赤兎馬が無断で使うことがあるらしい。暗い駐車場の中で、何台ものバイクのアイドリング音が響く。
赤兎馬の人間は、友好的だった。隆介の友人ということもあるのだろう。宗一が話しかけても、素直に答えてくれた。
「じゃあ、大手のビルがある辺はガチガチってこと?」
宗一が尋ねると、おう、と赤い服、赤いバイクにまたがった男たちが答えた。
「大人どもは血眼だよ。死人が出たから犯人探し」
「やっぱ中の人間を疑ってるの?」
「そりゃあな。売人に恨み持ってた奴はいっぱいいるし。奪った奴が、市場を独占するために殺したって線もある」
「もしそうなら、しばらくは動かないよな?」
殺した元売りから奪った在庫を売り捌こうとしても、これだけの事態になれば小売屋もビビるだろう。そうなると、売り捌くのは、事件が風化した後になる。
「たぶんなー。今売っても買ってくれる小売屋はいないだろうし」
「あ、そういや、変なメールが来てたんだよ」
割って入るようにして、隆介の友人だという一人が言った。
「なんだよ……今関係ないじゃん。どんなメール?」
無関係と指摘しておきながら、隆介は先を促した。
「えっと……『お前らのところのヤツで、廃通りの外でハートペイン吸って倒れた奴が出たから、連れて行け』ってメール。あの後、総長が絶対やるなって言ってたから、嘘のメールって気付いて無視ったけど……なんでこんなメール送ってきたんだ?」
宗一は気になったが、周りの「空気読め」という雰囲気に負けて、追及は出来なかった。
「そういや、本田いないな?」
「いや、学校来てなかったじゃん」
「あれ、そうだったっけ?」
隆介と一輝のやり取りを聞いて、宗一が、ん、と思う。
「なにそれ? 本田って?」
「ん? ああ。ウチのクラスの本田だよ。言ってなかったっけ?」
宗一の思考が過去を逡巡する。隆介のスマホから電話番号を盗み見る前、隆介に知り合いの赤兎馬の人間に連絡するように誘導したが、そのとき、教室を見回していた……あれは、本田を探していたのだ。
もしあの場に本田がいたら、誰の連絡先も入手できなかったかもしれない。結果オーライだった。
「本田って……あの真面目そうな本田?」
「ああ。アニキが赤兎馬のメンバーだから、その繋がりだよ。意外だろ?」
隆介の得意げな顔も、今や宗一の思考の外だった。そういえば、今日、本田は休みだったはずだ。
「ああ、アイツか。ヤバいコトになってんぞ」
赤兎馬の内の一人が言った。
「一部の噂だけどさ、夜中に現場から出てくるアイツを見たって奴がいるんだよ」
「マジで?」
隆介と一輝が目を見張る。
「本田が何か知ってる……ってか、もうアイツでほぼ決まりじゃね?」
「警察は、もう本田のは調べてんの?」
「さぁ? まぁ廃通りの人間だからな、俺らもついさっき知ったばっかりだし、警察が辿り着いてるとは思えないけど」
――何かあるのか……。
売人殺しの現場に居合わせたクラスメイト――思わぬ事態の深刻さに、宗一は歯噛みした。
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