#15 咲良
朝から大変なニュースが入ってきた。褒められたニュースならまだしも、悪い方向で地元が全国で有名になるのは良い気がしない。
朝、職員会議では話題にこそ上らなかったものの、ゴシップとしては十分すぎた。
殺された無職の男。どうやら危険ドラッグの売人だったであろうという話。廃通りの外とはいえ、ドラッグという接点から、疑わない者はいなかった。
朝の教室も、いつもよりざわついていた。かなり近場での事件だったし、当然だろう。
大宮教諭が出欠を取る中で、咲良は異常に気付いた。
「あれ、本田君が来てませんね……赤坂先生、何か聞いてらっしゃいますか?」
「いえ、私は何も」
――本田が、来てない?
昨日は、あの後、家に六時半ごろには着いていた。寝不足で寝坊、という事はあるまい。
月曜日は、他のクラスでの授業がある。咲良は一、三時限目の授業をこなす。
その間に大宮先生が、たびたび電話をしたが、誰も出ないと報告を受けた。
個人的な本田の連絡先は、既に入手している。二時間目の間にメッセージを送っておいたが、返答は無かった。
昼休み、もう一度確認すると、返信が来ていた。あまりの驚きに、思わずスマートフォンを手から落としそうになる。
『ごめんなさい。しばらく学校には出れません。心配しないでください』
「あの馬鹿……!」
今日の朝の事件……決まっている。
両親からの連絡は無い。先のそちらを当たるべきだろう。本田の現状が気になるが、どうにか自制して午後の授業をこなす。
帰りのホームルームの後、咲良は走るようにして帰宅し、クルマを出した。行き先は当然、本田の家だ。
本田の家は、ごくごく普通の一戸建てだ。咲良は敷地に入って、玄関のチャイムを鳴らす。
いないかと思ったが、反して返答があった。
『はい? どなたでしょうか?』
幾分年齢を感じさせる女性の声――母親だろうと考える。
「突然すみません。本田くんの担任の赤坂と申します」
少し間があって、扉の向こうでパタパタとスリッパの音がする。
扉が開く。出てきた女性の服装に、思わず咲良は表情を強張らせた。結構な歳だろうに、スカートを履いていた。袖や足など肌が見えるが、正直なところ、若い人間が着るならまだしも、年齢のある人が着るような感じの服ではない。
「はい、どうも。なにかありましたかね?」
戸惑った。この母親は、自分の息子が失踪した事を知らないのだ。
「本日、優樹くんが学校を休まれたので、ご様子はどうかと思いまして……」
「え、優樹が? 学校を休んだんですか?」
やっぱりか、と咲良は溜め息を尽きたくなる。
「ご自宅にも何度か連絡を入れさせて頂いたのですが、誰も出られなかったので、こうして伺わせて頂きました。家に優樹くんは……」
「ええ。部屋はもぬけの殻……だと……」
見てはいないらしい。まぁ、学校に行ったと思い込んでいるのだし、子供の部屋を見る方が考えにくいか。
本田から聞いていた話を含めると、放任主義というわけでも無いだろう。勉強以外では口を出さないということなのか。
「家出ですかね?」
咲良の台詞に、母親は頭をかきむしった。苛立ちを募らせているのが分かる。
「まったくもう! あの子ったら何やってるのよ……!」
バイアスが掛かっているのかもしれないが、その怒気は、子供を純粋に思う母親のそれには見えなかった。
「行き先などに心当たりはありませんか?」
「いえ……ありません」
廃通りのことも考慮していないのか、それとも言いたくないのか。少し強引だが、踏み込んだ質問をしてみる。
「例えば、お兄さんの元とかありませんか?」
母親が、これでもかというほど目を剥いた。
「そんなわけないでしょう! 他人の家のことに踏み込まないで下さる!? あの子には兄とは違って、ちゃんとするよう言い聞かせてるんです!」
地雷を踏んでしまったらしい。「すみません」と平謝りして落ち着かせる。どうやら、問い詰めたところで、この母親の返答は期待できない。
「優樹くんから電話があるかもしれません。お母さんは、ご自宅で待っておられてください。もしあったら、この番号までお願いします。私の携帯番号です」
言って、咲良はメモを渡して立ち去った。
捜索願を出させるなどの事態になれば、面倒になる。
咲良は、とりあえず心当たりのある場所を探す事にした。
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