#07 宗一

 次の日が授業であっても、廃通りに来る事はある。時には鬱憤晴らしのアルコールを求めてだが、今日の宗一は遊びに来たのではない。一輝たちには、そう言って誤魔化したが、真の目的はメール相手からの依頼――ハートペインの流行状況の調査――である。

 ハートペインという新手のドラッグの流通状態を調べるには、まず廃通り内部での聞き取り調査が必要だが、まさか聞きこみ調査のような事をするわけにはいかない。日常会話の中で話題にして、反応を窺うのだ。

「アレなら、使ったことあるぞ、まぁまぁだったかな」

 バーのようなところで話を聞いたのは、廃通りに出入りする、別の高校のグループだった。一輝の友人であり、よく一緒に、こうして飲む仲である。

 テーブルを囲むように、ソファに三人ずつ、宗一たちと他校のグループは、対面するカタチで座っていた。

「うわー。引くわー」

 一輝が大げさに言う。

「あれは中毒性、大した事ないよ」

 無責任な私見をまくし立てながら、宗一と大差無い年齢の少年は続けた。

「それに値段も安いしな。黄色は一つ二千円くらいかな?」

 確か、知るところでは三種類、黄色、緑、青があったはずだ。宗一は尋ねる。

「他の色もあるの?」

「おう。あと緑と青、黄色よりも緑、緑より青の方が高いけど、俺は緑までしか見たこと無いな。青は話だけ」

「話って……もしかして、赤兎馬の?」

 それだけで伝わるかと思ったが、少年は小首を傾げた。

「? 赤兎馬? 何の話だ?」

「あれ、赤兎馬で何か事件があったの、知らない?」

「いや、知らね。そうなのか?」

「いや、もしかしたらそうかと思ったんだけど……」

 まだ、その話までは広がって無いのだろうか?

「ところでさ、それどこで買ったの?」

「おい、宗一……」

 この手の事に、あまり関わりたくないのだろう。隆介の顔には、焦りとも恐怖ともつかない色が滲んでいた。

「なに、やりたいのか?」

「いや、あんまり聞いた事がなかったから、どの辺りで広まってるのか気になって……」

 嘘は言っていないが、真実には程遠い言い方だった。少年らはしばし考えてから応じる。

「うーん……俺らが買ったのは、駅前でうろついてた兄さんたちだな。あとはホテルだったとこで買った。どっちも、もういないけど」

 駅といっても、これは本物の駅でなく、駅跡地にある駅舎の事を指している。いなくなったというのは、既にどこかのグループの手が回ったと見るべきだろう。しかし沖野などのグループ大きく動いていない以上、自然に沈静化したとは考えにくい。

「西島じいさんの雀荘は? アイスが流行した時には、売店代わりになってたろ」

 一輝が言うと、他校の生徒たちは首を振った。

「あそこは沖野が仕切ってるから、ちょっと前から出なくなったよ」

 沖野グループは賭博場などを主に管理している。パチンコなどは勿論、雀荘を初めとした賭博ゲーム場は、個人でなければ、ほとんど沖野グループの傘下だ。沖野側としては、自分たちがリスクを抱えるような事は避けたいのだろう。

 他校の生徒の一人が、周りを見渡すと、宗一に小声で言った。

「ここだけの話だが、沖野とかが追い出し始めてから、売り場に困った小売屋は、外に出始めたらしい」

 ハートペインの製造業者が一つだとしても、売っているのが一つの集団とは限らない。製造されたクスリは、小売屋に売られ、彼らが消費者に売るし、消費者が、さらに消費者に転売する事もある。良く外に出てシメられるのは、そういう転売屋が多いのだが、今回は小売屋が飽和状態となった、というケースだ。田舎のコンビニ密集地帯と違って、ヤクの売人が近くにいても、売っている物は同じなので、差別化は図れない。ところどころでイザコザになるだろし、それを嫌う者は廃通りの外で売ろうと考える。

 そして、外に出ているということは、ハートペインは、かなり広まっていると見ていい。

 廃通り内での薬物の売買は、外のそれに比べて難度が低い。が、外に出るまでとなると、相応のリスクが伴う。そんな真似をする人間が出るということは、そうせざるを得ない理由があるのだ。

 たとえば小売屋なら……売れない在庫を抱えてしまったために、処分したいとか。

 需要もないわけでは無いのだろうが、供給が多すぎる。もし製造業者……元売りが、まだ造り続けるようになれば、外に出る連中が増え続ける。

 そうなると、大手が黙っていないだろう。大事になりそうな予感がした。

 宗一は全員と分かれてから、『ハートペインが外に出始めている』という旨の報告のメールを、協力先に送った。

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