#04 宗一

 先日のボウリング上での帰り道、赤兎馬が屯っていた件の詳細は、上村隆介が教えてくれた。

「なんか新しいヤツが流行ってるらしくって、赤兎馬の面子が、それ使ってたんだって」

 それであの騒動か。どうせ馬鹿みたいに焚いたのだろう。自業自得としかいいようが無い。宗一は同情しなかった。

「そういや隆介って、赤兎馬のメンバーと知り合いだっけ?」

 褒めたわけでも無いのに、隆介は笑いながらポリポリと頬を掻く。

「まぁね。バイク好きだし、話が分かるヤツも多くって……」

「もしかして、前にバイク乗ったって話……」

「よく分かったな! その通り! 赤兎馬の人に貸してもらったんだよ!」

 よく分かったも何も、他にどう想像しろというのか。

 まもなくして教室の扉が開き、先生が入ってきた。ドラマと違い、自然と生徒たちが席に戻るということはなく、教師が「はーい、言わなくても席に戻りなさいよー」と言わない限りは、戻ることはない。言わなかったら、いつまでも戻らないんじゃないのか? と宗一は少し不安に思っていたりする。

「はい、では皆さんにお話があります。色々ありまして、担任と副担任が、今日から変わります」

 切り出したのは、副担任の……いや、おそらく今日から担任になる大宮富士子ふじこ教諭だ。やんわりとした雰囲気で、物腰は柔らかくトゲの無い、近所のやさしいおばさんが、そのまま教師になったような、人畜無害を体現している人だ。

 その隣には、正反対な超俗的な女性がいる。身長は一六〇センチを超えており、女性としては背が高い部類。黒いボブカットの髪は、毛先が丸みを帯びている。宗一が一番印象的だと思うのは、吊り上がり気味で、気丈そうに見える目だ。どこまでも黒い虹彩は、中心の瞳と全く区別が付かず、まるで彼女には、真も偽も無いのではないかと思わせる。

「それで、私が今日から担任になります。担任になるということで、気を引き締めて頑張っていくので、よろしくお願いします。そして副担任は、赤坂先生がされる事になりました」

 では……と、大宮先生が教壇から降りると、ボブカットの女性が、代わりに教壇に立つ。

「今日から皆の副担任になる、赤坂咲良だ。色々あって大変な時期だから、大宮先生のサポートに全力を尽くしたいと思う。どうぞよろしく」

 男っぽい、サバサバとした口調で、赤坂教諭は自己紹介を簡単に終わらせる。すると女子から、自然に拍手が沸いた。

 赤坂教諭はどちらかというと美人だが、男子よりも女子からの方が人気が高い。その理由は知らない。

 ふと、赤坂教諭と視線があった。微笑を浮かべて、彼女は視線を外す。

 何をしたわけでも、されたわけでもないのに、中内は背筋が凍った。

 まるで、全身を裸にされて、嘗め回されるような、そんな不気味な視線だった。

 この人は、一体なにを見ているのだろうか? 中内は、漠然とした恐怖に捕らわれた。


 昼休み、宗一は気になる事があって、スマートフォンでメールの受信がないか確認していた。

 会社ではSNSも当たり前に使われる昨今、Eメールを打つ相手は決まっている。内容も格式ばったものだ。ビジネスマナーを学んでないと、メールの一つもまともに書けない。

 宗一のメールした相手は、とある男性だった。

 三年前、廃通りを発端とした覚醒剤の爆発的流行において、宗一の知人や友人にも逮捕者が出た。

 宗一は、己の無力を痛感した。何もしなければ、何も為しえない。自ら人を守るように動かなければ、人を守る事は出来ない。

 危機感を抱いた宗一は、廃通りに出入りして売り手の情報を掴み、売り手を嫌いそうな人間の何人かに、情報を無償で提供したのだ。

 そのうちの一人――すなわち、現在のメール相手の男性から、感謝と、今後の協力の連絡が来た。感謝の言葉が建前である事は分かっていたが、それでも嬉しかった。友人の敵を取れたこと、そして無力から脱せたことが。

 以来、その繋がりを維持し続けた。理由があったわけでは無いが、亀田とツルんでいれば自然と情報が入ってきた。

 今回は、まだ男からの依頼は入っていない。だが宗一は、頼まれる前に、頼む事は無いか確認した――メールは午前中の授業の合間に送信しておいた。

 赤兎馬の一件だけでなく、副担任に赤坂咲良が選抜されたという事実が、宗一の確認を後押しした。

 実を言うと、それなりに人気のある赤坂教諭を、宗一はあまり快く思っていない。

 生徒と比較的年齢が近く、信頼を寄せられているが、彼女の真意というのは、全くもって把握しづらいのだ。まるで子供にあった仮面を被って、潜入捜査をしているみたいだ。なので宗一は、他の生徒ほど積極的に関わる事はしなかった。

 二年三組に廃通りに出入りしている生徒が多いのは周知の事実。そこに彼女が副担任として選ばれた事に、接点を感じたのだ。

 メールを確認すると、彼から一通のメールが来ていた。

『ハートペインという新手のドラッグが出回ってる。どのくらい広まっているか、調査して欲しい』

 要約すると、そのような内容だった。添付されていた画像で、パッケージと中身を確認する。購入者の警戒心を取り払うため、まるで菓子のパッケージのようなデザインになっている。

 悪魔は素顔で人の前には現れない。天使の仮面を、半分だけ被って接触してくるのだ。

 よくクイズや思考実験で、天使は真を、悪魔は偽を必ず答える前提の問題が出てくるが、有り得ない前提だなと宗一は思った。

 真の悪魔は、自分が疑われることを前提に考えているものだから、嘘を語る事もあれば、時に真実で気を惹く事もある。少しずつ毒を盛った甘い声を囁いて中毒にしていき、そして分かりきった嘘を聞かざるを得ない状況にもっていく……。

 これを調べるには、甘い言葉に乗る姿勢を見せる必要があるなと、宗一は漠然と考えた。

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