第7話 山の城
騎士たちでさえ手こずった三体の魔物を一人で葬った魔術王妃ブロウを、民衆は涙を流して拝んだ。
ここに、赤子を抱いた聖女の誕生である。
と言っても言い過ぎではないぐらい、人々は母に感謝した。
母の魔術がなかったら、全員が魔物にいたぶられて殺されていたところである。
称賛されている最中の母の名を呼びながら、背後から一体の騎馬が迫ってきた。
途中で人々に行進の停止を呼びかけに言った、父王だった。
魔物が出たのとは反対側に、人々に呼びかけに行ったということになる。
怪我をしないように、他の騎士たちに送り出されたのか、自分から戦いを避けたのか、邪推したくなるところだが、追及はしないことにしよう。
私が指摘すれば、母は父を捨てて私を一人で育てるといいだしかねない。事実、そうなりそうなほど、母は私を溺愛し始めていた。
「ブロウ、無事だったか……この魔物、どうした?」
「王妃様が、魔術で倒されたのです」
いつも母のそばにいる女官が口添えする。母は民衆に囲まれており、道も狭いため、王といえども簡単には近づけなかった。
母の命令で、父が通る道が開かれる。騎乗したままだと民衆を蹴飛ばしてしまうと考えたのか、父は馬を降りた。
「プロウが魔術を使えるとは知っていたが、これほどとは驚きだ」
「嘘だと思うなら、聞いてごらんなさい」
「ここにいる全員が証言者だということだろう。疑うわけじゃない」
「それに、もう二人、捕まえてあるわ」
母は背後を指さした。力強い人狼もどきの魔物にまたがり、キーキーと叫んでいた緑色の小さな魔物が縛り上げられていた。
「ああ。尋問してもいいが、言葉がわかる奴がいるかな。それほど頭のいい魔物じゃないから、殺しても同じことかもしれん」
「それから……」
母は私を持ちあげた。父王の前に差し出す。
「どうした?」
「この子がいなければ、全員死んでいたのです。祝福を」
「まさか。まだ赤ん坊だ」
「事実です。私を信じるなら、この子にも栄誉を」
「わかった」
父は私に祝福を授けた。具体的には、私の頬に口づけをしたのである。
正直、あまり嬉しいとは思わない。
父はそのまま丘を登り、全体の被害状況を確認した。
魔物は24体が確認され、ほぼ同数の騎士が命を落とした。
人間側に被害を出すことなく退治できたのは、わずか5体にすぎず、そのうちの3体を母が倒した計算になる。
母は王家として産れながら、才能に恵まれて魔術師として学んだのだという。魔術を使えるようになったものの、実戦で使用したのはこの時が初めてだったそうだ。
自信を持った母は、人々に囲まれながら行進を主導した。
私が産れて半年ほど経過したとき、目指す城が現れた。
私は遠くから魔法を使って見ていたので、驚きはしなかった。
谷の利用した城塞だ。古代の城とも言われている、天然の要害である。
険しい崖が東西に切り立ち、北はごく細い隙間が空いているが、どこに続くのかは見ることもできない。南側だけが比較的広く口を開けているが、滑らかな石を積み上げた壁が、山と同様に立ちはだかっている。
攻め込まれる余地があるとすれば南側だけだろうが、そこまでの道が険しいため、かつて人間が使った、大型の兵器はここまで持ち込むこともできないだろう。
投石器や移動梯子の類が使用できないということは、対人間用の戦争においては、最強の砦となり得るだろう。問題は、現在の相手は人間ではないということだ。
魔物でも、あまり巨大なものは城まではたどり着けないかもしれない。道が狭すぎるのだ。だが、私はこの世界の魔物をほとんど知らない。中には、空を飛ぶ者もいるだろう。
私が母に抱かれて現在見ている城が、難攻不落に限りなく近い、人間にとっての希望なのは間違いない。ただし、延々と攻め続けられれば、いずれ陥落するだろう。
どこまで耐えれば、魔物はあきらめるのか。それが鍵になるだろう。
母をはじめとして、古城にたどり着いたことで、安心した空気が広がっていた。
さすがにここまでは魔物は来ない。たとえ来ても、撃退できる。そう思いたいのはわかる。事実、母も私にそう語った。
だが、私は魔物に絶滅させられる人間を見ていた。
私が転生しなかった場合、人間はいなくなる。その未来を見ていた。
私がこの世界で何ができ、何をするべきなのかはわからない。
ここまでの道程で、人間が滅びる明確な状況にはなかった。
魔物に襲撃を受けたが、人間の死傷者はいたものの、私がいなかったとしても滅びる状況ではなかった。
本当に立ち向かわなくてはならない状況は、これから起きるのだ。
私は力強く人間を守ってくれる古代の城に、不安を感じざるを得なかった。
侵入することが基本的に不可能に作られている城に、どうやって入るのか。
その疑問には、城塞について十分な下調べをしていたらしい、軍師と呼ばれる若者が答えたくれた。
南に面して作られた巨大な城壁の一番下に、通行用の扉があるのだ。
この場所を攻められたらどうなるのかという疑問は誰もが持つだろう。
通れるのは馬一頭が限界で、人間も騎乗したままでは頭を下げなければならない。荷馬車は通れず、この手前で降ろさなければならないが、私の母が赤ん坊を抱えて半年近く歩き続けたように、そもそも馬車ではこの城までたどり着けない。
巨大な壁は、私は遠くから見ていたといっても、近づくとさすがに迫力があった。これが人に手によるものとは考えられないと、前世なら思っただろう。
この世界には、魔術というものが存在していることはもう知っている。この地方で最も強い力が風なら、その次は土だ。こんな場所にまともな建築資材を運べるとは思えない。
魔術で土に働きかけ、人間にとっての最後の砦を作り上げたのだと想像できた。作り方の想像がついたからといっても、その圧倒的な威容は私の目を引きつけた。
通用扉をくぐると、少し広い部屋になっていた。
この場所で、荷物の整理などをするのかもしれない。あるいは、敵が侵入して来た場合に、戦うための部屋かもしれない。
下手に狭い通路にして、侵入された時には要塞の内部へ突然姿を現す、という失態を犯さないためには、この場所で持ちこたえるほうがいいのだろう。
母は私に多くのものを見せようとした。私が多くを知れば、それだけ母の力になり、人々が生き残る確率が上がるのだと本気で信じていた。
私と二人の時、母は本音を口にする。
その口から、人間の未来を憂うことはあっても、滅びを是認する言葉は聞いたことがない。
だからこそ、私は母から離れる必要を感じなかったし、母以外の人間に呼びかけることはしなかったのだ。
やや大きめの部屋の壁を見て、この城塞が魔術によって作られていることを私は確信した。
この城が古代に作られたのは間違いない。母の知る魔術では、土を使役する魔術だけでは、ここまでの巨大で頑丈な城は作れない。
『この城で、食料はどうするのでしょう』
「保存食があるでしょう。でも……どう節約しても、一年は持たないわ。飲み水はどうするのかしら。汚れた水は、どこから流すのかしら」
母は、民衆には、たとえ侍従であっても、最近では弱い姿を見せないようにしていた。私にだけは、迷いを見せる。
『まず、全体を把握しましょう。長いこと使用されてこなかった城です。本来の機能が損なわれている可能性もありますから』
「ええ……そうね」
ようやく、長い旅の間背負い続けていた荷物を下ろし、荷物を私と杖だけにした母は、雑事を人々に任せて城塞の奥へ進んだ。
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