第三章 神様は彼女

 昨日は走馬灯らしいものも見たけど、こっちは重要じゃないほど他の出来事の印象が強すぎる。

 まず、エリーは本当に江ノ島の神様見習いだったということ。その力で俺が海に落ちたときに助けてくれた。多分海とかそこらへんの力を操ることが出来て、そのおかげで助かったというわけだ。多分。

 そんなエピソードだけでも十分に理解が追いつかないのに、勢いというかなんというかエリーに告白までしてしまったのだ。

 その結果俺はエリーと恋人同士になったらしい。自分のことなのに『らしい』と言ってしまうのはまだ実感が沸かないからだ。

 どうして未だにあんなことになってしまったのか分かってない。気がついたらエリーにそう言っていた。冷静になった今でも『気持ちが溢れた』という言葉以外に理由を説明できない。

 そんな若干の混乱を残した状態で今日もエリーに会いに行く。

 いや、付き合うことになったので本当にデートなのだ。撮影とか大義名分とか言い訳とか一切なしにデートと言っていいんだ。

 やばい。鼓膜まで振動が伝わるほど心臓が動いてる。もう自転車で江ノ島まで来てしまったのにだ。

 初恋ではないにしても、女の子と付き合うのは初めてだ。それも人類の殆どが体験したことがないであろう相手とお付き合いするのだ。こうなってしまうのはもう許して欲しい。

 許しを請うてもこの緊張は収まらない。

 いつも歩いていた道のりが違う道に見えてきた。この階段の先に、エリーがいる。

 どんな顔をすればいい? どんな声をかければいい? なんて言えばいい?

 一段登るたびに『どうしよう』が押し寄せてくる。まだ顔も見てないのにこの状況だと顔を見たら熱中症で倒れるんじゃないかと思うほど不安だ。

 五十くらいの質問を終えたところでどれひとつ答えることなく、階段を登り終える。

 その先にいたのは、足をバタバタとさせて、今まで見てきた表情では過去最高に可愛い笑顔をしたエリーがいた。

 まるで『これからデートなんです』とか『愛しの彼氏が来るんですよ』と言わんばかりの表情に息を呑んだ。

 金髪も今まで以上に明るく見えて、本当に金以上の価値があるんじゃないかと思えてくる。

 波の音。

「なんじゃ、来ておったのか」

「あ、うん」

 いつもどおりのエリーに気の利いた返事もできなかった。

 もしかしてエリーは意外と意識してない?

「今日の撮影プランはどうするんじゃ?」

 ひょいっとベンチから立ち上がり、ご機嫌な動きでやってくるエリーにドキドキしつつ、

「えっと、鎌倉の方まで言って、お茶しようと思ってるんだけど……」

「前みたいに私がスイーツを食べたりしてるのを撮るのか?」

「そうだね。いい喫茶店があるからね、そこで撮影しようと思ってる。多分エリーも気に入ってくれる場所だと思うよ」

 デートプラン自体は昨日から考えてた。脳内シミュレーションも布団の中で何周として気がついたら寝てたほどだ。

 それにここは前からエリーと行きたかった場所でもあったし、初デートにはちょうどいい(?)のかもしれない。

「ほー、それは楽しみじゃ」

「じゃあ行こうか?」

「なぁケイスケ」

 立ち止まったままのエリーが俺を呼ぶ。

「どしたの?」

「こういうときって手をつなぐものなのか?」

「そうなの……かな?」

 俺も女の子とこうしてお付き合いをするのは初めてなので迷うところではある。

カズユキが彼女とどういうことをしてるのかは聞くけど、手を繋いでるとかみたいな細かいことは聞いたことない。なので俺も迷うところだ。

「エリーは百六十年も生きてるんだし、江ノ島のいろいろなカップルを見てきてるんでしょ?」

「見てきたけど、こんなことするの初めてだし……」

 人間と付き合いがあるのは俺くらいだって言うし、他の神様ともそういう俗っぽいことはしたことがないのかもしれない。

「じゃあ、しようか」

「するの?」

「うん。俺がしたいから」

「わ、分かった」

 俺が左手をエリーに差し出す。するとエリーは恐る恐るというか、してもいいのか迷いながら左手で握りってくれるけど、

「エリー、それじゃ歩きづらい」

「あ、ああ、そうじゃったな」

 すぐに右手が俺の左手に繋がる。

 夏の日差しに手をかざしたら肌が透けて、血管や骨が見えるんじゃないかと思うほどの白い肌。感触はマシュマロなんじゃないかと思うほど柔らかい。指は握り返したら潰れてしまうんじゃないかと思ってしまうほど細い。

 そんなエリーの手が俺の手を握っている。

 ドキドキする。

 そんな普通の感想しか出てこない。他に表現しようがない。

「きょ」

「きょ?」

 エリーが急に変な鳴き声を出す。そこで心地いい感触でどこかに行っていた意識が戻されるけど、俺も変な声で返してしまった。

「き、今日はどこへ連れて行くつもりじゃ?」

「一緒に行きたいカフェがあってね」

 慌てて頭のなかにデートプランを読みこませる。そう、今日はデートだ。

 なんかデジャヴ。

「って、さっきも聞いたな。すまん」

「あ、そうだったね……はは」

 やばい。会話がおかしい。

 エリーも手を繋いでからなんだかすごいしおらしいというより、恥ずかしがってる……でいいのかな? 初めて彼氏とデートで何していいか分からない状態が俺からでも分かる。

「前に行ったところとは違うのか?」

「そうだね」

 そう答えるとようやく足を動かせるようになる。コトコトしたエリーの歩幅に合わせて、いつもの場所の階段を降りる。

 移動開始するまでどんだけ時間かかってるんだ。


 エリーに鎌倉までの切符を買ってもらってふたりで江ノ電に乗る。

 先日の七里ヶ浜のときとは違い、今日は隣り合って席に座る。

「楽しそうだね」

「うぬ! 江ノ電は岩場から海に飛び降りるくらいのスリルがあるからの!」

「……随分とすごい遊びをしてるね」

 テトラポッドの上でたそがれてることとは比べ物にならない危険度。エリーなら平気なんだろうけど、俺の前であまりそういうことはしないで欲しい。

「電車に乗るのもそうじゃが、今日はケイスケとデート……だから」

 急にしおらしくなって体を預けてくる。半袖のエリーの腕と俺の腕が触れる。柔らかいという感触と、触れ合った場所から伝わる体温が心臓まで伝わって、熱くなった血が全身を瞬く間に巡る。

 足の先まで伝わったところで、ちょうど電車のドアが閉まる。空調がそんな体を冷却し始めてくれた。

 電車が進んだ揺れで、俺とエリーの肌が押し合った。またもや血が沸騰していく。

 そんな俺をよそにエリーは何も言わず、窓の外を見つめている。なので俺も特に何も言わずに同じように景色を眺める。

 空調の風に乗ってエリーの匂いがする。変態的にとられそうな言い方だけど、これ以上いい言い方が思いつかない。

 先日、海から落ちた俺を助けてくれたその時にも感じていた匂い。好きな女の子はいい匂いがすると聞いたことがあるけど、そうかもしれない。

 そいえば初めて女の子を好きになったときも、もっと幼いときに岩屋で俺を助けてくれた人も――

「おいケイスケ」

「どっ、どうしたの!?」

 電車が腰越に着くところでエリーが俺を碧いジト目で見ている。海の中で見た青より青いその瞳は、俺をまた水底へ引きずり込む。

「今別の女の事考えていただろう」

「はっ?」

 なんで分かった? でもそれは過去の話で、今の俺にはエリーがいるし、

「ほら図星か! 誰のことを考えていた! またミーコとかいう女か!?」

「違う違う」

 ヤキモチ妬きだなぁと思いつつ、

「正直に話すとね、幼いころに出会った女の人のことを思い出したんだ」

「ほう?」

 目を変えずに俺のことを見つめてくる。場合によっては断罪するって顔。

「幼いころ、江ノ島の岩屋で迷子になったことがあってね。その時助けてくれた人のことを思い出しちゃって」

 においと言うと変態と思われそうだったので、別の言葉を使った。そんな風に言葉を選んでも、信じてもらえず睨まれ続けると思ったけど、

「ふ~ん、そう」

 と流れた。『なんじゃ、そのときの女の方が好きなんじゃな』と言われると思ったから、アレ?って。

「何じゃその顔」

「あ、うん、なんでもない」

「そうか」

 止まっていた電車がまた走りだす。揺れたときエリーの体がまた俺に触れて、そのまま俺に体を預けてくる。

 俺の大好きなエリーの金髪がすぐ側にある。その匂いにくすぐられながら、街中を縫うように走る江ノ電の景色をエリーと見ていた。

 少し進んでは止まって、海沿いを走ったと思えば駅のないところで止まって、山の中を走って、人を乗せてはおろして、のんびりと江ノ電は走る。

 極楽寺駅を過ぎたあたり、ゴロンと俺の肩にエリーの頭が乗る。

「エリー?」

 電車の走る音に混ざってかすかに寝息が聞こえてきた。電車とは違うリズムで、文字通りすやすやと。

 俺がいるから安心しきってしまったのか、クーラーが効いてて心地いいのか、電車の揺れが眠気を誘ったのか、何にしてもここまで無防備だと何かしたくなる。

 いたずらとかじゃなくて、その柔らかそうな唇に触りたいとか、白玉みたいな頬を撫でたいとか、その……キスとか。

 当然他にも乗客はいるわけだし、そんなことは出来ない。恥ずかしいというより、常識的に考えて。

 もしここが俺の部屋だったりしても、そういうことをする度胸はない。

 今はこれが限界だなと、エリーの頭を撫でる。

 エリーの顔が少し笑った気がする。まるで楽しかったころの思い出を夢見てるような感じだ。


 鎌倉駅の西口はいかにも田舎という感じの雰囲気がある。地元の商店街の入り口が直ぐ側にあり、待ち合わせによく使われる時計台と広場。

 反対側の東口にはバスが行き来したり、鶴岡八幡宮や小町通りに向かう人々で賑わっているので相対的にそう感じることもある。

 観光地という感じも同時にあって、色の違うコンビニや人力車、行き交う観光客や遠足に来た小学生がそう思わせる。

 江ノ電の改札を出て、エリーのひんやりした手を握りまっすぐ直進。賑やかにおしゃべりをする人力車とすれ違いながらやってきた一軒のコーヒーチェーン店。

 同じチェーン店が駅を挟んで東側にもある。でもここは全国でオンリーワンの場所だ。それを見せたくてエリーを連れてきた。

 入り口に置いてあるメニュー表を取って、

「はい、メニュー。左に書いてあるやつは甘いやつだから、そこから選ぶといいよ」 

「むむむ」

 エリーは古代文明の文字を読むような顔つきで、渡されたメニュー表を見つめる。

「呪文みたいなメニューばっかりじゃな」

 なれてない人は確かにそう見えるかもしれない。お店特有の呼び方、コーヒー豆の種類、コーヒーの淹れ方など、いろいろあってそれがごっちゃになってメニューに入っている。

「ケイスケに任せる」

 俺にメニュー表を突き返してくるエリー。俺を信頼してくれてるのか、考えるのが面倒くさくなったのか、

「分かりましたよ神様」

「……他の人間の前でその呼び方はやめ」

 気難しい神様だ。

 それはそうと、エリーにお任せされたので何にするか考えないといけない。前にコーヒーは苦手ということを聞いたので、コーヒーが入っててもジュースに近い物がいいと思う。

「お決まりのお客様こちらへどうぞ」

 と店員さんに案内されお店で飲んでいくことを告げて、

「これをふたつ、普通のサイズで」

 エリーが呪文と言っていたのもありがち間違いじゃなく、慣れてないと読みづらい。メニューの名前を噛んでしまうと非常に恥ずかしいし、間違って伝わる可能性もあるのでメニューを指さして頼むことにしている。あとサイズもショート以外が読めないのでショート、普通のサイズ、大きいサイズ、一番大きいのという言い方をする。

 値段を告げると、作る担当の店員さんに呪文のような名前の指示が飛んでそれを全く同じように復唱する。よく分かるな……。

「ああ、出すぞ。いくらだ?」

 エリーが俺の横にやってくる。

「いいよ。俺が出すって」

 そう言いながら財布からお札を置いて小銭を漁る。

「でも……」

「いつもそうしてたでしょ」

 撮影をお願いするときは必ず渡していた『お供え物』俺もエリーにいろいろ美味しい物を食べさせたいってことでしていた習慣だし、今更なしにしたくないというのがある。

「じゃあ端数だけ! 細かいのだけ出させろ!」

 ホント気難しい神様だ。


 エリーが少し驚いた顔をする。全国チェーンのこのお店でもこの店舗だけにしかない特別な物がある。

「プール?」

「入れないけどね」

 俺はプールの前の段差に用意されている畳みたいなシートの上に腰掛けて、ぼーっとプールを見ていたエリーを手招きする。

 エリーがそれに気がついてやってくる。視線は空の色が映るプールに奪われたまま。

「このお店は元漫画家の住宅に立てられててね、そのときのものが一部そのまま残ってるんだ」

 鎌倉に居た芸術家らしさというのをお店に入ると感じることができる。店内には直筆の原稿が展示されていて、まさにアトリエという雰囲気だ。

「昔は仕事仲間がここに集まってお茶してたらしいよ」

「詳しいな」

「調べたもん。いい場所にはそれだけの歴史があるから」

 そう言ってバニラの甘いコーヒーのストローに口をつける。ここのお店はお高いからほとんど来たことはないけど、こういうときは贅沢したい。 

「水がある場所は落ち着く」

 うっとりと、安心したような口調でエリーはつぶやく。

「水は命の源。それは人間も神々も一緒」

 すっかりリラックスしたような感じで詩的なことを言うエリーの声。遠くから聞こえる蝉の鳴き声、周りの人のしゃべり声はジャズのアドリブパートのようなBGMになる。

「いい場所だな」

「エリーなら気に入ってくれると思ったよ」

 カップをエリーの隣に置いてカメラの準備をする。

「やっぱり撮るんだな」

「もちろん。こんなにいい場所なんだし、こういうステキな場所にいるステキなエリーを撮りたい」

 恋人になってから初めての撮影だ。結構気合が入っている反面、緊張もする。

「なら、キレイに撮れよ」

 いつものように偉そうな言い方をするけど、なにやら嬉しそうだ。

 後ろに人が居ないことを確認しつつ、エリーとプールが一緒に入り、他の人が写真に映らないように構図を考えていく。

 プールの色が出るようにピントを合わせて一枚、カメラを縦にしてもう一枚。エリーの斜め後ろからや真後ろから撮ったところでエリーの隣に戻ってくる。

「エリー」

「ん?」

 ストローに口をつけているところに声をかけてその振り向く瞬間を撮った。きょとんとした表情がとても愛らしい。

「おいしい?」

 コクコクとうなずいて、

「そうじゃの。コーヒーショップと聞いていたから苦いものばかりだと思っておったが、そんなことはないな」

 お気に召してもらえてなにより。

 俺もエリーが気に入ってくれたドリンクを味わう。甘酸っぱい味わいと喉を通る冷たい感じが心地いい。

「どんな風に撮れたんじゃ」

 勝手にカメラに手を伸ばしてプレビューを見始める。エリーの金髪が俺の視界に入ってきて眩しい。そんなことを考えてたのが通じてしまったのか、

「私の髪ってこんなに目立つのか」

「でもキレイだよ」

「ケイスケはいっつも髪を見ておるからな。最近は気を使ってるのじゃ」

 自慢気に髪をかきあげる。揺れる金髪は、この世のどの金属よりもキレイに見えた。でもそれは金のように固くはなく、心地いい香りのするほど柔らかい。

「もっと言って」

「えっ」

「私の金髪を褒めろと言っているんだ」

「どうして?」

「そんな……皆まで言わすな」

 そう言い放つと、音が出るくらいストローを吸う。

「……褒めてくれたら、触らせてやってもいい」

 何回かエリーの頭を撫でたことがある。理由はいつもそういう衝動に駆られたから。そのときの感触は忘れられない。

 そんな髪を触らせてもらえるというのなら、エリーの白い顔が真っ赤になるくらいのセリフを考えたい。

「えっと……エリーの髪は、金よりキレイだよ」

「ボツ」

「エリーの髪は、女神のように美しいよ」

「当たり前じゃ」

「すっごい萌える」

「意味が分からん」

「朝陽のような眩しさだよ」

「そうじゃなくて」

「……恋するような、美しさだよ」

 自分でも意味がわかんなくなってきた。自分の貧弱な語彙と表現力を駆使してひねり出した。もう脳みそは乾いたスポンジ状態で、絞っても一滴も言葉は垂れてこない。

「妥協点だな」

 なんだそれ。あまり褒められてる気がしない。

「また今度触らせてやる。今日はおあずけだ」

『ご褒美が欲しかったらもっと頑張れ』と言ったような笑顔で言う。

 お預けをもらった犬のような気分だ。


 鎌倉から電車に乗って二駅。次の目的地に近い『由比ヶ浜駅』にやってくる。

 駅から近い観光スポットは鎌倉文学館くらいで、降りたのは俺達だけだ。さらにここは無人駅で、利用する人の人数になんとなく察しがつく。

 道も地元民くらしか歩いてないような田舎道。エリーの活動範囲は車があまり通らない場所なので、

「この辺は歩道狭いから気をつけてね」

「大丈夫じゃ」

 とエリーが返事をした直後、エリーの方を掴んで俺の方へ抱き寄せる。そのまま湘南ナンバーの車が走っていくのを見送った。

「ほら言ったじゃん」

「ご、ごめん」

 いくらエリーが神様で岩場から海に飛び込むのが趣味だからって、怪我もするだろうし、痛いはず。

 それ以上にエリーにそういうことになってほしくない。

 なにより車道側に女の子を立たせた俺も悪い。これは無茶苦茶反省するべき。

「ケイスケ……」

「うん?」

「その、いつまでこうしてるんだ?」

 声のする方を見るとエリーの真っ赤な顔が目と鼻の先にある。気のせいかもしれないけど、エリーの息が首元にかかってる。

「ごめん、嫌だった?」

 エリーと離れて後ろの道路標識に背中をぶつける。痛い。

「いや、そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」

「その抱き寄せてくれるのがちょっとうれ……」

「うれ?」

「なんでもない! はよ案内せい!」

 と左手を出すエリー。手を繋いで歩けということなんだろうと思うけど、

「な、なんで出した手を取らない?」

 俺は右手をつかんだ。

「女の子を車道側に歩かせられないでしょ」

 さっきのようなことが起きるからね。

「なんじゃ、私は神だぞ」

「神様でも女の子は女の子」

 これは譲らない。エリーのことだから、車程度じゃ死なんとか言うんだろうけど、それでもエリーが危ない目に合うのは何度も言うけどいやだ。

「し、仕方ないな……ケイスケに守られてやろう」

 ぷいっと反対方向を向いてしまうけど、その左手はギュッと握ってくれてる。


 駅から十分ほど歩くとある海沿いの公園に、忘れ去られた波ような物がある。

「電車?」

「古くなったけど、みんなに愛されてた車両をここに保存してるんだ」

 俺は電車オタクじゃないけど、このレトロな感じが好きでよく撮りに来る。

 昭和の頃に動いていた江ノ電の車両。百系電車通称『タンコロ』だ。ここには中に入ったりできるように展示保存されており、定期的にお手入れもされている。

 中に入ると木でできたロングシートの座席、どうやって動かすのか想像もできない運転席など、古いアニメ映画にありそうな空間がある。

「こんなのが動いてたんだな」

 と席に座ってつぶやくエリーを一枚もらう。

「でも、人間の信仰に近い想いを感じる」

 優しい声で木の席に触れるエリー。まるで車両と会話をしているようだ。

「信仰って神様や教えを信じるってことだよね? 前にも話をした気がするけど、イマイチよく分からないんだけど」

 俺はエリーのことが好きだけど、多分この気持ちは信仰ではない。それは分かるんだけど、今エリーが言った『信仰に近い想い』っていうのでまたよく分からなくなった。

「そうだなぁ。ケイスケが江ノ島に感じている気持ちが信仰かな」

 窓から公園の風景を眺めながら答えるエリーの写真を撮りつつ、

「それだと『好き』って感情と同じなっちゃうんだけど」

「む~、分かりづらいかぁ。なら、ケイスケはそのカメラで撮った写真を何人か、いろんな人に見せているな」

「う、うん」

 あれ、そのことってエリーに話したっけ? 確かに写真部のメンバーやミーコ、仲の良い人には見せているけど、

「そこで私のことを知ってくれたりした、そういうのが信仰になる。ケイスケは私の信仰集めを知らずのうちに手伝ってくれたのだ!」

 ドッキリが成功したような顔でエリーは俺に笑う。その笑顔をもらって、

「なんだそれ。じゃあ俺のモデルの話を受けたのは――」

「んにゃ、まさかこうなるとは思ってもなかったぞ」

 席にちゃんと座り直したエリーは、ポンポンと手を叩いて隣に来るように誘う。

「得られた信仰は微々たるものだが、神々にとって大切な信仰をくれたこと、感謝しておる」

 隣に座った俺は頭を撫でられる。崖から落ちた後も感じたけど、エリーに頭を撫でられるのはとても心地いい。

 エリーにとってこの行為は気持ちを伝える行動で、エリーなりの気持ちの伝え方なんだと思う。

「でも俺、写真をあまり人に見せたくないんだよね」

「なんじゃ、撮影した私を独り占めしたいのか?」

 その発想はなかったな。

「違うのか」

「自信がないんだ」

 小学生の頃言われた『何も映ってない』『手抜き』『平凡』風景写真を撮ったのに『人が写ってない』という的はずれな批判。それが今もなお残っている。

 今でも写真をいろんな人に見せたくても、批判されるのが怖くてそれが出来ずに居る。

 そんな出来事や気持ちを話して、

「だから、エリーに写真を褒められた時は嬉しかった」

「……私、褒めてたか?」

「褒めてくれたよ。『そこそこ撮れるようだな』って」

 もしかしたらエリーからすれば褒めたうちに入らなかったのかもしれないし、特に意識もせずに言った言葉なのかもしれない。

「それは言ったかもしれないが……」

 目が泳ぎだした。やっぱりそのつもりはなかったようだ。

 でも自分の言ったことの重大さに気が付き始めたのか、顔が夕焼けみたいになって、

「も~! その話はやめだ!」


「おおー! いい眺めだー」

 稲村ヶ崎駅を降りて海沿いの道に出るなり、柵から身を乗り出して江ノ島を眺めるエリー。

 車が走ってても聞こえる波の音。エリーの髪が海風で揺れる。

「ここからの風景もいいけど、公園はもっと眺めが良いと思うよ」

「それを見せにここにきたのか」

「うん。夕陽と江ノ島と富士山を同時に眺められるからね」

「なかなか良い所を知ってるな」

「まーね」

 自信たっぷりの返事をする。

 いろんな観光雑誌や番組を見てきたからね。ここはメジャースポットだけど、他にもいろいろ知ってるから、たくさん案内したいなと思ってる。

 そんな風に話をしながら、エリーと手をつないで公園までの海沿いの道路を歩く。

 公園には、すでに夕陽を見るためにやってきたカップルや写真家が集まっている。

「良さそうな場所はとられてるのぉ」

「芝生のところでいいよ。歩き疲れたでしょ」

 公園には芝生が坂になっててそこからも景色を眺めることができる。俺は柵の前から写真を撮るより、ここから撮ったほうが楽だし好みの絵が撮れる。

 芝生に寝転がって大きく伸びをする。少しチクチクするけど、空が見える場所に寝転がるのは気持ちがいい。

「写真は撮らないのか?」

「休憩してからー」

 エリーは俺の隣に座って夕陽を眺める。夕陽に照らされるエリーのほほ笑みや金髪はとてもキレイで写真に収めたいけど、今は眺めていたいかなって思った。

「ありがとねエリー」

「どうしたんじゃ急に」

「俺がいろいろ連れ回したから疲れたんじゃないかって」

 今までしたかった女の子を連れて写真を撮りながらのデート。

 今までデートスポットと言われる場所でも、ひとりで行って写真を撮るばかりだった。それはそれで楽しくって満足だったんだけど、やっぱり少し寂しい気持ちもあった。

 でも今はエリーと一緒に良い風景、場所、おいしい食べ物や飲み物を一緒に楽しむことができる。それがすごく嬉しい。

「確かに疲れた! 今日は色んな所に行ったからな」

 エリーは俺の頭を優しく撫でながら、

「でも楽しかったぞ、ケイスケとのデート」

 ボッと血液が沸騰する。確かにデートの定義には入るけど、改めてその言葉をエリーの声で言われると恥ずかしい。それも頭を撫でられながら。

 違う。嬉しい。嬉しすぎてムズムズする。

「でもケイスケと行くところは面白いところばかりだ。そんなところに一緒に行けるのは楽しいぞ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 俺も精一杯の笑顔をエリーに見せる。不器用だからこれが限界だけどな。

「私は、江ノ島の管理をする神々の候補なんだ。だから、ケイスケが江ノ島のこと好きって言ってくれたのはすごいうれしかった」

「うん」

「江ノ島の事好きっていうのは、私のことを好きだって言うのと同意義なんだぞ。分かってるのか?」

「えっ!?」

 まじかよ。それじゃ、俺がエリーとの会話で『江ノ島のことが好き』って言ってるのはみんな告白みたいなものだったのか。

 そう思うとものすごく恥ずかしいというか、知らず知らずのうちに好きな人に自分の気持が伝わってたってことか。

「でも、嬉しかったぞ。ケイスケは江ノ島のことたくさん知っててくれて」

「エリー」

 思わず大好きな彼女の名前を呼ぶ。そう思ってくれてるのは俺も嬉しい。

「私の守りたい江ノ島が、外からこういう風に見えること、教えてくれてありがとう」

「初めて」

「ん?」

「初めて自分のこと教えてくれた」

 エリーが自分のこと話してくれたのは珍しい。神様のこといろいろ話してくれたけど、エリー自身のことはあまり聞いたことがない。

「そうか?」

「そうだよ」

 本人はもっといろいろ喋ってるつもりなのだろう。でも、俺のほうが圧倒的に喋っている。カズユキやミーコといる時だってこんなに喋らん。あいつらがおしゃべりっていうのもあるけど。

「ケイスケは、私の事もっと知りたいのか?」

「もちろん」

「そうだな……恥ずかしいから気が向いたら話してやる」

 なんだそれ。

 本当に気まぐれな神様だな。


    ◇


「おー、じゃあついにエリーちゃんと付き合うことになったんだな」

「やったじゃない。おめでとう」

「あ、ありがとうな」

 カズユキの作戦会議(チャコさんとのデートプラン作成)はいつも『江のかく』でやっている。江ノ島の中の飲食店にしては落ち着いた雰囲気で、人が多すぎず少なすぎずという感じだからここにしているらしい。

 そこでエリーとの関係の進展をカズユキに報告するなり、厨房に居たはずのミーコが現れて話に入ってきた。仕事しろよ。

「で、どんな手を使って落としたんだ?」

「落としたって……」

 落ちたのは俺だけどな。恋にも落ちたし、海にも落ちたし。でもその事実を伝えるには非現実的すぎるのでどう説明したものか悩む。

「だって、エリーちゃんいかにもツンツンって感じだったでしょう? 前に一緒来た時は両想いっぽい感じもしたけど、エリーちゃんが素直になれてなかったのよね。だから私から見て『あっ、これは時間かかるぞ~』って思ったもの。それがあっという間のお付き合い。芸能人のスピード結婚みたいじゃない」

 エリーがツンツンデレデレなのは認める。今でも結構そんな感じだし。

「で、そんな愛の嵐の中、次のデートはどうするんだ?」

 なんだよ愛の嵐って。よく分からないボケはスルーして、

「ああ、今度は北鎌倉はどうだ? 静かなお寺をふたりで歩くのもいいと思うぞ。前にドラマやった小説の舞台もあそこだし」

「違う違う、ケイスケとエリーちゃんのデートプランだよ」

「私も将来彼氏ができたときの参考にしたいわね」

「今日はカズユキとチャコさんのデートプランを練りに来たんじゃないのかよ」

 本題そっちのけかよ。あとミーコは仕事しろ。

「お前がエリーちゃんと周ったプランを参考にするわ。実践済みの動きのほうが参考になるだろ」

「俺のはデートっていうか撮影プランだぞ」

「だったらなおさらだ。お前がロケーションにしたがる場所はいい場所だろ。そういうところを一緒に回りたいんだよ。聖地巡礼なんて二の次だし」

 聖地巡礼というのはオタク用語で、アニメや漫画のロケ地にやってくることを言う。オタクからすればそういう場所はメッカ当然なんだろう。宗教関係者からすればどう思われているのだろうか、覚えてたらエリーに聞いてみよう。

「ケイスケ今エリーちゃんのこと考えてたろう?」

「はっ!?」

 漫画の読みすぎでついに読心術でも習得したのか!?

「ケイスケは顔がわかりやすすぎる。エリーちゃんにも言われたことないか?」

「……よく『なんだその顔は』って言われる」

「素直なのはケイスケのいいところよね」

「そうだな」

「なんだよその顔」

 ミーコとカズユキの表情を見て、俺も似たようなことを口にする。いつもエリーはこんな気分なのか。

「で、そんないとしのエリーちゃんとのデートプランはどうするの?」

 表情を変えずにミーコが聞いてくる。

 プランをしゃべるのは別に問題無いだろう。後をつけられて暗殺されるわけじゃないし。

「たまにはエリーと食事らしい食事がしたいって思ってて、若宮大通にある蕎麦屋に連れて行こうかと思ってる」

 お店の名前は『小鈴』という女性にも人気のお店で、開店前からカップルが店の外で順番待ちをしているのを見る。ふたりには言わないが、いずれ彼女ができたら一緒に行きたいと思っていた場所のひとつだった。

「そのあとは?」

 ミーコが興味津々に聞いてくる。カズユキも聞く体制だ。

「それより、頼んだサイダーは?」

「それはいいから」

「それどころじゃないだろ」

 よくねーよ。っていうかカズユキもサボり店員になんか言え。


    ◇


「ケイスケとこうして食事らしい食事するのは初めてかもしれないな」

「そうかもね」

 昨日ふたりにペラペラと喋ってしまった計画通り、鎌倉の若宮大通にある蕎麦屋『小鈴』にやってきた。開店ちょっと前から他のカップルと並んで店の外で待っていたときから結構ワクワクしている。

「今までは『お供え物』と称してデザートとかお菓子ばかりだったからね」

「そうじゃの。じゃがこうして一緒に食事をするのも楽しいな」

 楽しいしおいしい。

 もちろん今日は奮発して鴨せいろそばを頼んでいるというのもあるけど、好きな人と食べる食事がこんなにもいいものだとは思わなかった。今までエリーを撮るためにこういうところに来ていたけど、エリーと食事会をするのもいいかもと思う。

「なあ、ケイスケ。私の髪、どうだ?」

「うん? 今日もキレイだよ」

「あ、ありがと……じゃなくて、浮いてないか? こういうお店で」

 涼し気な暗さの店内では確かにエリーの髪は明るく見える。

「気にしなくてもいいよ。鎌倉は外国人観光客も多いし、さっきも駅で金髪の女の人がいたでしょ」

 前に江ノ島で色眼鏡で見られたことを今も気にしているんだと思う。

「ケイスケお主、そっちを見ておったのか?」

「いやいや、ちらっと目に写っただけだって」

「どうだか? 金髪なら誰でも良いとか思ってるのではないだろうな?」

「エリーの髪の方がキレイだって思ってるよ」

「……馬鹿者。そんなことを言って欲しかったのではない」

 と、口元を湯のみで隠して目をそらすエリー。俺、なんか変なこと言ったか?

 そう考えているとエリーが眼の色を変えてパチクリと外を見る。

「どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない」

「何か見つけた?」

「誰かこっちを覗き見してたような気がしたのじゃが……気のせいだろう」


 今日も雲が優雅に浮かぶ青空の下、大賑わいの小町通り。観光客で賑わうこの道は、たくさんのスイーツ店がある場所でもある。行き交う人達が手に持ってるソフトクリームに目線をつられるエリーの手を引いて、大きなソフトクリームの前にやってくる。

「皆、ここで買ってたのじゃな」

 いろんな観光地にあるらしいソフトクリームのチェーン店。はちみつの生産や販売をしている企業が運営しているらしい。鎌倉市内だけでも三箇所あって、ここは特に小町通りを行き交う人達の足を止める場所だ。

「買ってあげるよ。どれにする?」

「そうじゃのぉ」

 表のメニューとにらめっこを始める。はちみつソフトクリーム単品、トッピングにゆずかブルーベリーかメープルをかけたものにするか真剣な目で考えている。

「ケイスケは私の決めたものとは別のトッピングにしろ」

「分かりましたよ、神様」

「じゃから人前でそう呼ぶなー」

 そうは言われてもエリーが決めないと俺も決められないんだよね。とりあえず、メニューとにらめっこをするエリーの横顔を一枚もらう。

「決めた! メープルにするぞ」

「じゃあ俺はブルーベリーに」

 オーダーを店員さんに伝えると、早速奥のほうでカップにソフトクリームをくるくる巻いているのが見える。俺が財布からお金を出している間、身を乗り出すように回るプラスチックカップを見つめているエリー。目の前に出てきても視線はソフトクリームに釘付けだ。

 店員さんからカップを受け取るなり、さっそくエリーはクリームをすくってスプーンを口へ運ぶ。目が星になった。

 そんな様子を撮影したいと思いつつも、ここのソフトクリームは俺も楽しみにしていたのでまずは味わうことにする。

「ん~。うまいのぉ~」

 まさにスイーツという甘さとひんやりとした食感は値段相応の味だ。エリーもアイスより先に溶けそうな表情をしている。この笑顔だけでも連れてきた甲斐がある。

「おい、そっちも食べさせてくれ」

 アイスを差し出すとそれと俺の顔を交互に見て、何か言いたげな表情。

 この表情は前にも見たことがある。多分同じことをしてほしいのだろう。

「はい」

 ブルーベリーのシロップのかかったクリームをスプーンに乗せてエリーの小さな口へ運ぶ。

「きゃー」

 小町通り喧騒にまぎれて驚きの悲鳴が聞こえた。思わず声のした隣の婦人服のお店『KAMAKURA天使』の方を向く。

「どうしたのじゃ?」

 婦人服のお店だし。女の人が可愛い服を見つけて声を上げたのかもしれないな。にしてもどこかで聞いた声だったけど、誰とは判別できないな。

「変な声が聞こえたから反応しちゃって」

「私は変な声なぞ出してないぞ」

「エリーじゃないよ」

 おいしいものを食べた時よく『文字にできない声』をあげてるけどね。テレビとかだと『○×▲■☆※!!』って表記されるような声。

「ほれ、ケイスケも食べてみるといい」

 エリーもいつぞやのようにクリームの乗ったスプーンを俺に突きつけてくる。エリーこういうの好きなのかな。

 恥ずかしいというよりこそばゆい感じのする行動だけど、エリーがしたいならそれもいいかなと思う。

 さっきまでエリーの口にクリームを運んでいたスプーン。でもそれを口に入れずにアイスを味わう方法はない。不可抗力だと言い聞かせながらスプーンを咥える。

 自分が食べてる味よりもおいしく感じた。


「おりょ、こっちじゃないのか?」

「まだ撮影してないでしょ」

「ソフトクリーム食べてるところを撮ったではないか」

 と呆れながらも付き合ってくれるエリー。

 小町通りから駅の方に戻ってきて、駅構内には入らず、線路をくぐる地下道へ。地下通路に展示されている地元の小学校の生徒の絵や昔の鎌倉の写真を眺めながら地下を抜けて、駅の反対側へ。

「さっきの通りとくらべて落ち着いている場所じゃの」

『御成通り』と書かれたアーチの先にはエリーの感想通りの商店街がある。お店の数も小町通りより少なく、どちらかと言えば地元民向けの商店街になる。

 キレイに舗装されたタイルの道、おしゃれなお店、美味しそうなパン屋などが並ぶ。シャッターの閉まってる店も無く、地方で問題になっている過疎化も感じない。

 なかなかいいロケーションだと思ってチェックしていた。車もあまり通らないし撮影もしやすいのがいい。

 インテリアのお店の家具をなんとなく眺めるエリーの表情をもらう。

「ケイスケの部屋はどんな感じになってるんだ?」

「特に珍しい物はないよ」

「そんなことはないだろう。写真の本とか、カメラ機材とかたくさんあるのではないか?」

「そう言われれば、写真雑誌は定期購読してるのがあるね。カメラ機材は三脚とかそのくらいしか持ってないよ」

 カメラ機材というと替えのレンズや外付けのストロボなどを想像したんだと思う。ああいうのは高い。特に替えのレンズの場合、種類によってはカメラ本体より高いなんてことも多々ある。今のところデフォルトで付いてきたレンズとフィルター、三脚程度しか揃えてない。アマチュアだしね。

 建物の向こうを江ノ電がゆったりとが走る音がする。その音と一緒に、左右に並ぶ不動産屋やクリーニング屋を眺めながらエリーが、

「漫画とかはないのか?」

「あるよ。殆どが友達から評判を聞いて買ったものだったり、鎌倉とかを舞台にした漫画だけどね」

 これを話した人全員から『変わったチョイス』と言われる。普通漫画を揃えるならいつも買ってる雑誌に連載されてた物とか、ジャンル、漫画家とかが判断基準なんだと思う。ロケーションで判断してるのは俺くらいだ。

「ケイスケは変なやつじゃな」

 エリーは神様だから人間とは価値観が違うし、変わり者なのはしょうがない。でもそんな変わり者のエリーにも言われてしまった。そう言うだろうとは思ってたけどね。

「そういう漫画とかでいいロケーションを探したりするのか?」

「そうだね。そういう創作作品に使われるっていうことは、それだけいい場所だっていうことだから」

「なるほど、そういう考え方なのじゃな」

 事実どの漫画でも描かれる鎌倉や藤沢の町や風景は魅力的だ。そういう場所を自ら写真に収めたいって気持ちも持っている。今だったら、ここにエリーが立っていたらいい絵になるだろうなって思いながら次の撮影スポットを考えたりする。

 喫茶店のランチメニューを眺め、百円ショップを通り過ぎたところで、エリーの前に出てカメラを構える。

「じゃあこの場所もどこかで紹介されてたのか?」

「ここは自分で歩いて見つけたよ。そのあとちょっと調べて、撮影スポットにいいかなって思った」

「自分の足でも探すんじゃな」

「まあね。出てきた場所を使ってるだけじゃありきたりになっちゃうし」

 昔言われた『平凡』という言葉への反抗心なんだろう。せめて場所だけでもあまり使われてないところを撮りたい。今は専属モデルをしてくれているエリーがいるからそれだけでも、俺しか撮れない写真になってきてはいるけど。

「うん?」

 カメラから目を離してあたりを見渡す。

「どうしたのじゃ? 私の顔に何かついておるか?」

「そうじゃなくて……何か見えた気がして」

「何かって何じゃ?」

「知ってる顔?」

 俺もよく分からなくて語尾が上がる。

「知り合いでもおったのか?」

「エリーさ、おそば食べてた時に誰かに見られてたみたいって感じたよね」

「うぬ。今もちょっと視線を感じるが、金髪が珍しいと思われてるのだと思っておったぞ」

 ストーカー? 俺が近くにいるのにこんな真っ昼間からそういうことをするやつがいるのか。エリーは可愛いし、そういう変な奴に目をつけられてもしょうがないところもあるのかもしれない。

 だったらこういうときくらいはカッコつけないといけない。男だし、彼氏だし。

 電柱の裏側誰かが隠れてるのを見つけた。長い茶髪が隠れきってない。威嚇するような足取りでそこへ行くと、

「よ、ようケイスケ」

「あら、奇遇ね」

「おい、ケイスケ誰かおったのか……って、なんじゃその顔は」

 いやこういう顔にもなるだろう。俺たちを付け回していたのはカズユキとミーコだ。電信柱から見えたのはミーコのポニーテールだったようだ。

「ミーコは前に会ったことあるな。こっちの男はカズユキ。俺と同じ写真部だ」

「よ、よろしく。噂はかねがね聞いているよ、エリーちゃん」

「で、お前ら、何してるんだ」

 挨拶は早々に事情聴取。

「いやぁ、俺達も偶然ここに用があってな」

「そうそう。それで今日そいえばケイスケとエリーちゃん、デートだったなーって思って」

「それで付け回してたわけだな」

 ふたりとも顔がごまかしきれてないぞ。どう見ても嘘をついてる顔だ。手に持ってるソーセージやコンビニのパンは、俺達を付け回しながら食べてた昼飯だろう。探偵ごっこでもしてたのかよ。

「どこから付いてきてた」

「そば食べてたころから」

 安心したような、呆れたようなため息がでる。エリーを付け回すストーカーじゃなくてよかったといえばよかったが、俺としては昼からの行動を全部見られたと思うと恥ずかしい。特にソフトクリームのやり取り。

「あー、わたしバイトの時間だー」

「俺も、この後アキバまで行く予定だったんだ」

「予定があるならさっさと行け!」

 早足で駅の方に戻っていくカズユキとミーコを見送ってまたため息。

「ケイスケの友達は変な奴ばっかりじゃな」

 類は友を呼ぶってやつなのか……。正直言い返せない。

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