第18話


 ふくろうが静かに闇のとばりに舞う。

 のんびりした鳴き声は、訪れた夜を祝福するかの様に響き渡り、シキの簡素な心に一つの雫となって落ちた。

 アリシスはベランダには出てこず、部屋の中でまったり過ごしている様だ。先程の母とのやり取りや、彼女からの質問を考えさせるためだろうか。心を整理するために距離を保ってくれているのかもしれない。


 どちらにせよ、気遣われている。


 父が亡くなってからというもの、人らしい心に触れる機会は少なかったため、シキにとっては戸惑うことばかりだ。

 今までは淡泊に人と会話も出来たし、襲いかかる行動にも何も思わずに処理が出来た。

 だというのに、天使使いになるための儀式を受けてからというもの、乱れっぱなしだ。正確には、最近特に乱されている気がする。



 ルシフェルは、自分に欠けている箇所を指摘してくれている気がした。

 ミカエルは、自分が疑問にさえ思わなかった当然のことを教えてくれている気がした。

 アリシスは、自分と同じ目線に立って自分の心を尊重してくれている気がした。



〝ところで、我に質問はないかい?〟

〝無理はするな〟

〝そういう真面目で、だけど不器用なところがシキ君のいいところだよー〟



 どれも、少し前の自分にはかけられなかった言葉だ。家から出て、自分の足で彷徨さまよって、他の地に立って初めて得られたものだ。

 不思議でならない。皮肉とでも言うべきか。

 そんな初めての体験は、家族を全て失い、かごから出たからこそ与えられたものなのだから。


「……オレ」


 無意識に言葉にしてから、シキは首を振る。何を言おうとしていたのか、気付いていながら気付かないフリをした。


 ――決意が、揺らぎそうだった。


 仇を追うと決めた時から、シキは自分の行く先を定めていた。

 家族の遺体に見慣れた殺傷跡を発見して、ただ驚き――決心したのだ。

 闇雲に追うだけでは決して得られない情報だろうから、天使の力を借りようと帝国に出向いた。


 結果、天使ではなく、魔王の力を借りることになってしまったが。


 ルシフェルは気付いているのだろうか。シキがこれから何を為そうとしているのか。

 止めるだろうか。笑ってさげすむだろうか。見限るだろうか。



 ――オレは、何を望んでいるのだろう。



 彼は、シキの未来に何も関係ない。

 昔のシキならば、躊躇いなくもう父の元に向かっていただろう。それをしない理由は、何となくシキも感付いていた。

 シキは、変わってしまった。

 それがどうしようもなくかせになって、邪魔だった。

 いや、そうではない。



 邪魔、と感じていない。その事実に驚いた。



「……でも」


 行くしかない。


 今ならアリシスは部屋にこもっている。

 何故か分からないが、この建物は故郷で住んでいた家と同じ構造だ。ベランダから軽やかに跳躍ちょうやくして抜け出し、父の下に行くのは容易いだろう。

 決着をつけなければならないのだ。今のまま対面したら、最初の決意が揺らぐことは想像に難くない。

 それでも、最初から父に会うのが目的だった。こんなに早く叶うとは思わなかったが、都合が良い。


〝……どうして〟


 あの日。

 家族を惨殺された光景を目の当たりにした時から、答えは決まっていた。


「よし」


 手すりに手をかける。

 アリシスには心の中で詫びながら、体を夜空に躍らせようとした、その時。



「――どーん!」

「っ!」



 突然、腰に重い衝撃を覚えた。思わずたたらを踏んだが、手すりをつかんで何とか踏み止まる。

 何、と焦りながら見下ろせば。


「やったー! おれのかちだー!」

「ずるーい! こんどこそ、おれのばんだったのに!」


 無邪気にはしゃぎながら抱き付いてきたのは、昼間突撃をかましてきた子供二人だった。確か、トマトの女性に怒られていた悪戯っ子だったはずだ。


 何故ここに。


 全く気配が嗅ぎ取れなかった。

 その現実に底知れぬ不気味さを感じたが、子供達の邪気の無さすぎる明るさに気概きがいを削がれ、困惑していると。



「すみません、この子たちったら」

「――――――――」

「後でちゃーんとお仕置きしておきますので。げんこつと、簀巻すまきで」



 手すりの向こうから、昼間のトマトの女性が頭を下げてきた。申し訳なさそうに笑いながら、どうぞお詫びにと、トマトを籠いっぱいに積んで渡される。

 どうして、この三人がここに。シキは惑いながら、彼女の足元を見つめる。

 ここは二階だ。しかも、ベランダの外に彼女はいる。当然、足元には何も無い。浮いていること自体が異常事態だ。


 ぞわり、と。急激に体中を黒いざわめきが駆け上った。


「っ、遠慮します」


 腰に貼り付いた子供をがそうとして、シキは腕に手をかける。

 だが。


「いやだな、おにいちゃん。おねえちゃんがこんなにアピールしてるんだぞ!」

「――っ」


 ぴくりとも、子供の腕が動かない。それどころか締め付けが強くなり、内臓が潰れそうになってうめきが漏れる。

 この状況はまずい。シキが急いで剣を握ろうとしたが。


「だめ! おにいちゃんは、このトマトをたべるんだ!」


 別の子供に背後からがっちりと固定される。

 逃れようと身をよじるが、それすらも許さないと頭を鷲掴わしづかみにされた。息苦しさにあえいで口を開いたところに、何かを詰め込まれる。

 喉を塞がれる様な苦痛に、ぐ、と呻くが、それすらも楽しげに子供達が甲高く笑う。

 どろりと、目の前で口の中の物体が黒く溶けていくのが見えて、シキは飲み込まない様に必死に喉を固定することに集中した。



「シキさん、と仰るのですよね。トマトを美味しいと言って下さってありがとうございます」

「ん、……っ!」

「だから、大丈夫です。どうか……私と、添い遂げて下さい」



 永遠に。



 ばさり、と女性の背中で漆黒の闇が広がる。

 その正体に驚愕し、シキは口の中のものを食い千切って急いで吐き出した。かは、と飲み込まずに全てを吐き出す様にき込んだが、頬を掴んで振り向かされ、また突っ込まれた。


「駄目ですわ。ちゃんと食べないと、一緒になれません」

「……っ、ぐっ、ん!」

「さあ……」


 ぐい、と喉に押し付ける様に突っ込まれる。

 呼吸が止まり、飲み込みそうになりながら、それでも何とか蹴り飛ばそうと足を上げると。



「――この馬鹿っ!」



 突如、周囲が荒々しく燃え上がった。ぎゃああああああ、と夜を引き裂きながら絶叫が辺りに響き渡る。


 ぱちぱちと、鮮やかな紅を弾かせながら、目の前の人物達が溶けて崩れ落ちていく。


「ああ、……おに、ちゃ、……」

「ああああああ、し、き、……あ、さ……」


 手を伸ばしながら息も絶え絶えにシキを求めてくる女性の成れの果てに、しかしシキは応じなかった。口の中の黒い塊を吐き出して、戒めを解かれた体をほぐす。

 落ち着いて見渡せば、周囲に黒い液体が撒き散らされていた。それが彼女達の残滓ざんしだと思い至り、ぞっとする。

 もし、あのトマトが体内に入っていたらどうなったのか。推して知るべしだ。


「何油断してやがる! ここは死人の村だぞ。仲間入りする気か!」

「ミカエル将軍……。すみません」

「ちっ。アリシスも何してやがる。離れんなって言ったってのに」


 苛立たしげに舌打ちして、ミカエルが窓を割って入る。人の家と配慮する余裕も無い様だ。それだけ心配してくれたということだろうか。

 少しだけ複雑な気持ちになって、シキも割れた窓をくぐると。



 ――ガシャン。



「――――――――」



 遠くで何かが割れる音が響いた。ミカエルがコートを翻し、一気に階下へと駆け下りる。

 その合間にも今度は激しく、がたん、どたん、と次々と薙ぎ倒される音が聞こえてきた。

 状況に頭が追い付かなくて混乱しながらも、背中を押される様にシキも扉を抜けて階段を駆け下りる。

 辿り着けば、呆然としたアリシスが視界の隅に見える。尋常じゃない事態に、急いで部屋を見渡した。


「アリシス? ハル、ミリー。何かあったの、……」


 最後まで言おうとして、言葉が詰まる。

 ぱき、と足元で踏み砕いてしまった音が上がっても、シキは身動きが取れなかった。近くの柱に手をかけたままの姿勢で、呆然と居間を見つめる。

 眼前に広がっていたのは、テーブルや椅子が軒並み床に散乱している光景だった。椅子の背もたれやテーブルの脚が中ほどで折れており、テーブルや棚に収納されていたグラスや白い皿も無残に割れて散っている。

 その中心にいたのは、床に尻餅をついているミリーと、それを庇う様に抱き寄せるハル。

 そして。



「……どうして、言うことが聞けないの」



 穴の向こうからう様な暗い声音が、部屋中をう。

 堕天使との戦いに慣れたシキでも背筋が凍るほどに黒い、胸を逆撫でする響きだった。


「どうしてこんなに、言うことが聞けないの?」


 ねえ。


 ゆったりと、ねっとりと。

 幽霊の様に蒼白な顔面で、頼りなげに歩いているのは母だった。

 手には割れたグラスを握っていて、まるで今から自分より遥かに強大な敵に立ち向かう様な勇ましさ――は感じられず。ただ目の前に転がる邪魔な虫を、弱い存在を踏み潰す如き憎悪が立ち込めていた。


「何とか言いなさいよ、二人とも」

「……」

「……何とか言いなさい!」

「! やめて!」


 怯えながらも、ひたすら真っ向から見つめる二人に、母がグラスを振り上げた。

 抱き締め合いながら体をすくめる二人に、滑り込みながらアリシスが割って入る。瞬きをする間も無い出来事だった。


「っ、アリシス!」


 がしゃん、と彼女の頭でけたたましい音が割れる。

 一緒に絹糸の様な長い髪も何本か千切れてグラスに巻き付くさまに、母は一層目の色を変えた。


「こ、の、……この髪……!」


 ぶちっと、絡み付いた髪の毛を強引に引き千切る。

 ぶちぶちっと切れる音と共に、血走ったまなこも更に何かを引き千切っていった。ぎょろりと別の生き物の様に動いて目の前のアリシスを見据え、これでもかというほどに視線で殺しにかかっていく。


「シキを奪うだけでは飽き足らず! 子供さえも取って行こうと言うの!」

「ち、違います! あの、お母さん落ち着いて」

「……『お母さん』っ! この、嫁気取りが! 死ね!」


 がしゃんと、振り下ろしたグラスがアリシスの頭で砕け散る。

 今度は直撃してしまったらしく、彼女も子供を抱えたままうずくまってしまった。それでも子供の盾になるあたりが彼女の気質を表していて、シキはこんな時なのに胸が震えた。足が無意識に床を強く蹴る。


「どきなさい! どけ!」

「……やめろ、母さん! もう、やめろ!」

「シキ! 何故そんな女、かばうの!」

「違う! かばうんじゃなくて」

「そんなにその女がいいの! 私じゃなくて! そんな女!」


 母の瞳に、暗い炎が差し込んだ。

 シキの瞳を焼き尽くす様に眼差しで刺して、グラスを握り直す。


「私を捨てるの。ねえ、そうなんでしょう、シキ」

「違う。ねえ、母さん。どうしてハルやミリーに酷いことをするの。二人は、オレたちの」

「どこの泥棒猫のものかもわからない子供を! 子供と思えるわけないじゃない!」

「っ、母……」


 あまりの言い草に、シキは言葉を失う。同時に、今までそんな鬱屈した感情を隠し持っていたのかと、己の迂闊うかつさを舌打ちしたくなった。

 そうこうしている内にも、振り乱れながらがなり、母がビンを振り上げてくる。素人目から見れば隙だらけな上に、すぐ反撃に転じることが出来る滅茶苦茶な姿勢だ。

 だが。


「……、母さんっ」


 ざくっと、左の腕に嫌な音が捻じ込まれる。

 音の上がった場所から雷撃の様な激痛が走ったが、呻きは唇を噛み締めて抑えた。そのまま母を抱き締めて、身動きが取れない様に固定する。


「シキ、放しなさい! 放せ!」

「駄目だ。だって、自由にしたら母さん、後ろの三人を攻撃するでしょ」


 腕の中で暴れられるたびに腕に刺さったグラスが動いて、傷をえぐる。激痛が何度も走って意識が飛びそうになったが、根性でねじ伏せた。

 今、母と離れてしまったら。きっと、シキはまた後悔する。

 だからこその決断だったのだが、母にとっては逆効果だったのだろうか。更に激しく暴れて、どん、と胸を強く貫く様に叩いてきた。



「シキ。ああ、シキ! どうして! どうしてそうなの」

「ねえ、母さん。聞いて。オレは」

「――子供が、できたから?」

「――――――――」



 一瞬、シキの中で何かが止まった気がした。

 それが何だったのかは即座に理解は出来なかったが、芯が揺らいだのは確かだ。


「ねえ、子供が悪いの? 子供ができたから悪いの? だから置いていったの? 貴方、すぐにいなくなったもの」

「……、母さん」

「でも、子供が生まれたら貴方をつなぎ止められると思った。だから産んだの。ねえ、ごめんなさい。謝る。謝るから」


 だから。


 ふっと、母の瞳から光が消える。

 同時に背筋が強烈に逆立つ感覚に抱かれた。まるで黒い氷に貫かれた様な衝撃が胸に走って、シキは一寸だけ遅れて身を離そうとする。

 だが。



「子供を殺したら、戻ってきてくれる?」

「――」



 いつの間にか空いた母の片手が、自分を抱き締める様に背中に回っていた。

 一緒に、ぶわりと視界が真っ黒に染まる。まるで母なる大地が笑いさざめく様にシキの周りに広がっていき、今度こそ強く母を突き飛ばした。

 しかし。


「……死ねっ!」


 突風の如く母が突進してくるのを、シキは寸でかわした。

 けれど、刺さったままだったグラスの破片が母の腕にぶつかった衝撃で痛みが走り、一瞬だけ動きが鈍る。

 それが命取りだった。


「あっはははは! シキ! しきいいいいいいいいいいいいっ!」

「……っ! かっ……!」


 物凄い勢いで腕を掴まれて引き倒される。だん、と背中を打ちつけて呼吸が止まりそうになった。頭も一緒に叩きのめされて視界が瞬きする間に暗転する。

 暗転している目の前で、岩の様なものが跳ねる様にし掛かってきた。腹の上で激しく踊られ、吐く寸前で首が強い圧迫感で締め付けられる。

 ぐらぐらと熱湯で茹でられた思考の中、何とか見上げると。



「――――」



 母が狂ったように笑いながら、シキを締め上げていた。



 周囲がやけに暗いのは、シキの意識が閉じかかっているからか。

 ――それとも。


「……っ、は、……!」


 この事実を信じたくないから、目を閉じようとしているだけなのか。今のシキには判断が付かない。


「ああ、最初からこうすれば良かったのよ。どうしてシキを殺さなかったのかしら」

「……っ、か、……さ……」

「死になさいっ! 死ね! お前なんかいらない! 死ね!」

「っ」


 否定される。全て。

 一瞬首を離そうと抵抗していた手が緩んだ。その隙を見逃さず、母が一層千切る様に力を入れてくる。


「あんたなんか産まなければ、シキは私を置いていかなかった! 私の傍にいて、抱き締めてくれたわ!」

「……、それ、は」

「あんたが死ねば、またシキは戻ってくる! ねえ、そうでしょう、シキ!」


 笑いながら首を絞めてくるその形相は、天使の様に可愛らしい顔をかぶる、血塗れに染まった殺人鬼そのものだった。

 首に食い込んでくる爪が鋭く、もがきながらも、ぶつっと切れる音と共に中に侵入してくるのが分かった。


「あ、ぐ……っ! 母さ、やめ、て」

「母と呼ぶな! この、うじ虫が!」

「っ」


 母という単語に激怒したのか、ぶわっとせる様な異臭が真っ黒に広がった。

 同時に首への締め付けも強くなって、シキは視界が点滅しながら崩れていく状況に焦燥がにじみ出る。やけに視界が暗いのも気になって、夢中になって母の腕を引き剥がそうと躍起やっきになった。

 躍起になりながら、シキは意識の片隅でぼんやり思う。



 ――どうして、こんなに抵抗しているのだろう。



 思いながら、無我夢中でし掛かった母をどけようと足も必死に動かした。

 シキは、今までこんなにも生にしがみ付いていたのだろうか。それとも、母にだけは殺されたくないと願っているから抵抗するのだろうか。



〝君、自分の主張みたいなもの無いんだ?〟



 不意に、任務に出発する前夜に、ルシフェルに指摘されたことを思い出す。



 シキは、確かに今まで何かを主張する様なことをしてこなかった気がする。

 けれど、そう思い始めたのは、本当にごくごく最近だった。

 それまでは、自分という存在について深く考えたことなんてなかった。そもそも世界中でどれだけの人間が自己に対して、深い、深い、更に深い、深淵の闇まで引きずり出してきそうな問いかけをするだろうか。好奇心で覗いて、出てきたのが手に負えない化け物だったらどうするのか。



 化け物ではなかったしても、気付きたくない部分なんてたくさんある。



 だから、シキは目を背けていたのだろうか。

 分からない。――分からない。

 だけど。


「……っ、か、あ……さん」


 呼べば、更にきつく喉元を締め上げられる。だんだん世界に真っ赤な斑点はんてんが散らばっていって、閉塞していく。

 人とは思えない化け物じみた力。いつもなら振り払える母の力からは想像できないほどで、シキの手が震える。母の腕を引き剥がそうとすればするほど食い込んで、痺れていき、力が入らなくなってくる事実に怯えた。

 ――そう。怯えた。

 あの時。



〝――君さえ死ねば〟



 父が、首を絞めて来た時も一瞬抵抗した。してしまった。

 だから、父は死んだ。

 母も、そうなるのだろうか。抵抗したら、あの時の様に。

 母も。


「……っ」


 迷う。一瞬。

 その隙間を突いて更に爪が食い込んできた。呻いたのにそれさえ声にならなくて、それなのにあえぐ息遣いは耳元にまとわりついて気持ち悪くなる。

 迷う。迷う。母を死なせまいと、それでも願うのか。

 分からない。自分の心がどこに向かっていき、どこに落ち着くのか。この死に直面しても答えは出ない。

 だが。


〝君、本当に我らには何も言うことはないの〟


 よみがえる。言葉が。


〝振るいたくないなら、助けくらい求めろ〟


 今まで誰も、そんな言葉なんてかけてこなかった。今だって、本当に助けを求めて良いかなんて分からない。

 それでも。



〝そういう真面目で、だけど不器用なところがシキ君のいいところだよー〟



「――――――っ」



 シキは迷いながら、それでも手を伸ばす。

 ここで、死にたくない。

 こんなところで、死にたくない。

 強く、願った。


「……っ、け、……」


 死にたくない。――死にたくない。

 まだ。もう少しだけ。もう少しだけで良いから。


「……、……け、て……っ」


 生きたい。――生きたいっ。

 彼らと一緒に、同じ時間を過ごしたい。



「……、たす、……け、て……っ!」



 ――生きたいっ!



 お願い――。






「――やーっと呼んだね、シキ」






 願いは、神に届いたのか。

 微笑わらう様に、嘲る様に。

 漆黒の声は、舞い降りた。


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