まままま
不二本キヨナリ
第一章
プロローグ
冴え凍る月が昇りはじめたが、後ろ暗い森の奥が照らされることは決してない。
「きゃああああああああっ!」
「うおおおおおおおおっ!?」
その秘されるべき夜の森で、複数の悲鳴があがった。
悲鳴の主の一人は、地べたに座り込む、三つ編みを前へ流した黒髪の少女である。目は、かっと見開かれていて、
その他の悲鳴の主は、少女の後ろで立ち竦む、三人の男たちである。三人とも、薄汚い体を
つまり、どう見ても三人の男たち――盗賊たちが少女を追っていたに違いないのだが、今、彼らは同じ方向を見て、悲鳴をあげたきり絶句している。目に見えて動き、時の経過を告げてくれるものは、彼らが吐く白い息だけだ。
というのも、つい先程、彼らの行く手に、なんの前触れもなく一人の青年が現れたのである。青年は全裸だった。
しかも、その青年の見てくれといったら、髪は老人のように白く、肌は大理石の彫刻めいて白く、瞳は、羊皮紙に零したミルクみたいに白目より白く、陰毛もまた白かった。
おまけにその肌は、積もったばかりの雪原のようにまっさらだった。ほくろは勿論のこと、痣や傷痕といったものも一切ないのだ。
かかる裸身が、冬の夜の森の中、闇に映えてぼうっと浮かびあがってきたものだから、少女は無論のこと、
「……て、てめえ、てめえは――なんだ?」
たっぷり三十秒は経ってから、山刀を持った盗賊が、言うべき言葉を見つけだしたように言った。すると裸の青年は、
「それはこちらの台詞……」
と、意外にもはっきりとした発音で答えた。会話が成立したので、盗賊たちは安堵するとともに、盗賊らしさを取り戻した。
「俺たちを知らねえのか? 俺たちゃ、泣く娘も黙らせる――」
「そうじゃあない」
剣を持った盗賊は、逆の手で自分の股間を指さしながら極めて下品な名乗りをあげようとしたが、それは裸の青年が
「ぼくはなんだ?」
「……は?」
盗賊たちは、彼らの外見にそぐわない間の抜けた声をあげながら青年を一度見たが、すぐにまた顔を見合わせた。
そのあいだ青年は、服など着ていないのに、失せ物をした人物が上着の懐や袖を叩いて探すかのように、両の手のひらで体のあちこちを叩いていた。ぺちぺちという、いっそ可愛らしくすらある音が、
「ぼくを知らないか? なにも憶えていなくって……気が付いたら、ここにいて。どうして、裸でいるんだろう。とても寒い……」
盗賊たちは、みたび顔を見合わせた。そして三者三様に首を振ってから、青年を見た。
「知らねえよ、てめえなんざ」
剣を持った盗賊が言う。
「本当かい? さっきまで、あんなに驚いた顔をしていたじゃあないか。意外なところで、意外な知人――つまり、ぼくと会ったからじゃあ……」
「そりゃ、てめえが素っ裸だからだよ!」
青年の鋭い指摘に対し、山刀を持った盗賊が抗弁する。
「本当にそれだけかい? よく思い出してくれ!」
「思い出すのはてめえのほうだろうが! 大体、てめえ、鏡を見たことがねえのか? 一度見たら、忘れたくても忘れられねえツラをしていやがるぜ」
「鏡……?」
尚も言い
「……ぼくはどんな顔をしている? ねえ、きみは知らない? ぼくのこと。あと、鏡を持ってないかい?」
それから、青年は腰をかがめ、尻餅をついたまま黙って震えている少女にも問うた。少女は首を振りながら後ろへいざろうとしたが、思いとどまった。後ろには、つい先程まで彼女を追いかけていた盗賊たちがいるからだ。そこで、少女は言った。
「た、助けて!」
その言葉で、盗賊たちも我に返って、自分たちのすべきことを思い出した。
「とにかく、てめえのことなんざ知らねえな」
「命までなくしたくなけりゃ、とっとと失せろ」
「俺たちゃ、この女に用があるからよ」
盗賊たちは口々にまくしたてると、少女を取り囲もうとした。しかし、それは叶わなかった。盗賊たちと少女のあいだに、裸の青年が立ちはだかったからだ。
「てめえ……なんの真似だ?」
山刀を持った盗賊が凄み、その真意を問う。すると、青年は言った。
「きみたちは、なにか悪いことをしようとしている」
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