二十二 つかのまのまどろみ

 自分は今、陽の光の届かぬ仄暗い場所にいる。ウツボ舟の中だろうか――いいや違う。

 此処は自分が琉球に建てた家の床間だ。閉め切っているから真っ暗なのだ。

 自分は今、悪疫に倒れて臥せっている。おかげで体の節々が痛むし頭痛がする。

 は体が丈夫なのだけが取り柄だったのだが慣れないこの国の風土はやはり堪えていたらしい。幸い「あの時」宣告された天刑病の兆候は未だ現れていないが、こう病弱になると当たるのではないかという気がする。しかしもうどうでも良い事だ。どちらにしろその前に死ぬような感じがする。

 ――は自分の運命を大きく変えたと思う。そりゃあ人相見も狂うというものだ。


 いささかまどろんでいたうちにグレていた頃の夢を見ていたらしい。あの虫送りの日に感じた「何か」が今日まで自分を突き動かしてきた。

 出家して坊主になり、自分なりに「何か」を探求して、挙句の果てには恐ろしい筈だった「何か」を追いかけて舟にまで乗り込んだ。取り憑かれたと言っても差し支えなかろう。

 結局自ら火に飛び込むのと大して変わらない真似をした後ですら、分かったような分からないような白昼夢からは抜け出せなかった。

 そうした迷浪の末に私はこの琉球に辿り着き、美しい人に出会った。彼女の葛藤と私の葛藤はどこか通じるところがあったし、所詮仮初の坊主である私は自分の情動に逆らう事は出来ず、彼女を愛した。

 私は彼女を苦痛から救いたいと心から願っている。彼女は今も内から燃え上がる火に苦しめられて迷浪を続けている。


 私は今学べる最高の知識である仏法を学んだ。だが、まだだ。まだ足りない。分からない。

 あの震えあがるほど恐ろしい光。離れられないほど愛しい光。目を閉じても瞼の裏に浮かび上がる海。海の底にいても身を焼くような火。そうして内から湧き上がるような狂おしい思い。

 そのすべてを理解し彼女に伝えるにはまだ足りない。

 彼女を――我が愛しいマヤを救える日を私はいつまでも待ち続ける。

 日本ひのもと。琉球。いや世界中の人間が心の奥底で「何か」を感じて追い求め、探し続けているのだ。

 いつかきっと「何か」が分かる。私はその日を待ち続ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る