みどり あとがき

あとがき

 みどりをお読みいただき、ありがとうございます。いかがでしたでしょうか?


 わたしが一番最初に書いたまとまった散文ですが、厳密に言うと、小説ではなくサウンドノベルのシナリオです。今もって続いているわたしの変則的な書き方は、この時に出来上がってしまったわけで。そういう意味でも、個人的にとても思い入れの深い処女作なんです。


 いわゆる一般的な小説の描写法に捕われない、後でビジュアルや音楽でイメージを補完することを念頭に置いた隙間の多い文章。そのスタイルはここで創り上げられ、そのまま今に至るまでわたしの持ち味になってるんじゃないかと思います。


 文の連なりを通して読者にイメージを膨らませてもらうのが小説だとすれば、映像と音が加わるサウンドノベルの狙いは、いかに読者をその世界に招き入れるか、です。章や段の末尾にしょうもないギャグが挟まっているのも、小説では冗長ですが、サウンドノベルでは場面の切り替えを示唆してリラックスしてもらうための小休止ティーブレーク。意味合いが違って来ます。


 もちろん、最初に書いた長文ですから、もうちょっと書きようがあるだろうと思う部分も多々ありますが、それはあえていじっていません。ビジュアルと音を加えてサウンドノベル化する、そういう最初の目的を諦めたわけではないからです。そういう意味で。『みどり』はまだ未完なのだということを含みおいていただければ幸いです。


◇ ◇ ◇


 このお話ですが。わたしの書いたものの中では一番凝った作りになっているにも関わらず、わたしは書き始めるに当たってテーマや筋立てを何も考えていませんでした。何も準備しませんでした。


 ノートの端に鉛筆で描いた悪戯書きのように、ぼやっとした幸助のイメージがあって、もう一つ『みどり』という言葉があっただけ。やがて『みどり』は二人の女性の形に変わって、幸助の手を取りました。あとは……わたしが何もしなくても、幸助と二人のみどりが勝手に走り回ってストーリーを紡いでくれました。そんなことが可能だったのは、すでにわたしの中で絵が出来上がっていたから。そして、この小説の舞台にモデルがあったからです。


 その土地が持つ独特の空気。気候風土だけでなく、そこに住う人たちが持つ気性も含めて、わたしが前任地の田舎暮しで得た印象は膨大なものでした。それが色褪せないうちに形にしたい。『みどり』は、その時の印象とわたしの夢想がないまぜになって出来たものです。勘のいい方なら、それがどこかお気付きになるかもしれませんね。同じ場所をモデルにして、切り口をがらっと変えて書いたのが『ハイキングに行こう』です。『みどり』が甘々になってしまったので、その反動が出たとも言えます。


◇ ◇ ◇


 さて。ちょっとだけ、中身に触れておきたいと思います。


 まず。テーマというほどのものではないんですが、この話の支柱になっているのは『選択』です。行くか、戻るか、そのたった一つの選択が全ての運命を変えてしまう。それは、本当はわたしたちの日常の中にも普通に転がっていることです。でも、わたしたちはそれに気がつかない。そして、日々は何事もなく平凡に過ぎていくと思い込んでいる。とても不思議だと思いませんか?


 わたしたちの生活は選択の連続です。何を食べるか、何を着るか、どこに行くか。わたしたちはいつも選択肢を与えられていますが、その一つしか選べません。そして『選択』をする際に、その意味を考えることもほとんどないんです。


 運命の悪戯と言いますが、本当は悪戯ではなく自らが選んだ結果です。それを意識しているかいないかの違いだけですね。幸助が、行くか戻るかをどうやって決定したか。それは偶然か、必然か。読者の方の捉え方次第で、この話の印象が大きく左右されるんじゃないかな。……そう思っています。


◇ ◇ ◇


 幸助のキャラ。かっこいいキャラではありません。どっちかと言えば、うじうじ考え込んでしまうタイプです。基本的にはおっとりで優しいんですが、意識が自分に向いてる間は周りに目が届かず、引っ込んじゃったかたつむりみたいになってしまいます。逃避型ですね。そんな逃げまくっていた幸助が、腹をくくるきっかけ。もちろんそれは二人のみどりなんですが、その形が全く違います。


 相手が園田さんの場合、幸助はずっと受け身でした。幸助が何もしなかったわけではないんですが、かなり情けないポジショニングになってます。言っちゃ悪いけど、常に積極的だった園田さんに押し切られた形になったのが水鳥編です。園田さんが親の影響から脱することが出来ずにもがいていたところを、幸助に手を引いてもらう。それは愛情っていうのとはちょっと違う感じで、バランスが悪いです。まだまだ今後に波乱のありそうな組み合わせですね。


 相手がみどりの場合は、逆です。閉じかけていたみどりの心の扉をこじ開けたのは幸助。みどりがそれを受け入れた形になっています。幸助がみどりをきちんとリードしてるんですよね。ですが、恋愛感情ということで行くと、園田さんのケースに比べて唐突感が拭えません。幼馴染とは言え、長い間ほとんど没交渉だった相手にすぐに恋愛感情が生まれるか? 同情ならまだしも。うーん。そこがね。自分でも、ちびっと書き切れなかったかなあと思うところです。


 ただ……。水鳥の方が突進力があって強そうに見えるんですが、彼女は思った以上に脆い。子供なんです。それに対して極限の暮らしをこなしてきたみどりは、我慢強くて精神的にずっとタフです。孤独の枷が外れれば、そこから先は自力で道を作れます。穂垂の呪縛から解かれたばかりで、まだ不安定な幸助とのコンビという意味では、みどりとの方が相性がいいのかなーと考えたりします。


 まあ、あとは読者の方々の好みですね。


 それと、ちょっとなんだかなーの役回りだった、リョウ。自分がうまくいったからって、お下がりを友達に押し付けるなよ、幸助。わはは。確かにそうですね。でも、幸助が木馬野を発つ前にリョウにしたアプローチは最低限です。幸助は、見舞いと宴会というチャンスをリョウに提供しただけで、それ以上の働きかけは何もしてません。幸助が自力でチャンスをものにしたように、もしリョウにガッツがあれば自力でものにするだろうし、その気がなければご破算になる。その程度のことでしかありません。


 リョウにはちょいとご都合主義的な役回りを与えたんですが、この話自体が不思議な出会い、邂逅を一つの柱にしています。それを、リョウにもちょっぴりお裾分けしたと考えてくだされば嬉しいです。


◇ ◇ ◇


 さて。実は、このあと幸助と二人のみどりとのアフターストーリーを『それから』として用意してあります。


 この後書きを、なぜ本当の最後に書かなかったのか。本編の最後から後は、また選択の積み重ねになるからです。本編は三日間の話。そこにどういう偶然の積み重ねがあっても勢いで進めます。ですが、その後の二人の歩みには無数の選択が連なります。


 どんなに劇的な展開があってくっついても、ちょっとした痴話喧嘩がきっかけで仲が壊れるかもしれないし、自然に心が離れてしまうかもしれない。順調に愛を育んでゴールインして欲しいなあというのが作者の願望ですが、実際にそうなるかどうかは誰にも分かりません。いろんな選択を重ねた上に、人生が形作られていく。その一つを、サンプルとして見せる。『それから』は、そうした意味合いのものです。必然ではありません。ですからそれを読むかどうかも含めて、これもまた……読者のみなさんの選択になりますね。


 アフターストーリーを書いた目的は、実は二つあります。一つは、水鳥編では明かされなかった部分の謎解き。もう一つは、オチをつけるためです。なんのオチか。


 はい。実はこの小説……幸助が書いた処女作なんです。


◇ ◇ ◇


 改めて、拙い作品を読了してくださった方々に深く感謝いたします。また次のお話でお目にかかれることを祈念して、みどりの筆を置きたいと思います。


 ありがとうございました。

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