(2)
酒の封が切れたあたりから、場は夕食から宴席に替わる。座のテンションはどんどん上がっていく。中心になっているのは作次おじさんとリョウだ。二人とも今回の騒動には関わっていないから、誰にも引け目や負い目を感じさせることはない。しかも二人はのんべで超陽気だ。宴席ではこまめに席を替って、コップ片手にあちこちにちょっかいを出して回る。場が白けない。
ほら、向こうで作次おじさんが、ダブルみどりにわけの分からない説教を始めた。それに園田さんが上手に突っ込みを入れて、その都度おじさんが派手にぶっこける。それを見たみどりが、腹を抱えて笑い転げてる。
リョウは徳子さんと母さんの内緒話に参戦したものの、母さんに襟首掴まえられて、逆に厳しい尋問を受け、ほうほうの体で退散した。でも、ほとぼりが冷めたら懲りずにまた行くだろう。
僕と父さんは宴席が盛り上がる様子を、二人並んで笑顔で見ていた。そこに作次おじさんがいい感じにできあがってやってきた。
「あーもー、慎ちゃん、こうちゃん、道祖神の親子やないんやから、そないところで地味ぃに固まってへんで、楽しうやろうやぁ」
そう言うと、僕にコップを持たせた。
「ほら、こうちゃん。お父さんと親子酌み交わしてってのはでけへんやろから、おじさんとやろや」
おじさんは危なっかしい手つきで一升瓶を傾けて、酒を満たした。
「うひー。おじさん、これはちょっと僕には多いよ」
「んなもん、残ったらわてが飲むがな」
どてっ! 父さんが横でずっこけた。
飲もうと思ってコップを口に近づけたら、目が据わった人が肩をいからせながらすたすたと近寄ってきて……。
「あーん? こうちゃん? あんたにそん酒を飲む権利はなかとっ!」
そういうが早いか僕のコップに顔を近づけて、かぽっと飲み干してしまった。
「あああ、水鳥ちゃん、それはないがなあ」
作次おじさんが泣きを入れているけど、もう遅い。それにしても。園田さん、大丈夫だろか? やっぱ、やけ酒なんだろか? あたふたしていると、やはり真っ赤な顔をしたリョウが、園田さんと作次おじさんの間にどかっと割り込んできた。
「こりゃあ! コウよ。まーったく食えんやっちゃ。なんでそんなにいいとこ持ってくんだ、おまいわ。こうちゃん、だとう? ちゃん、なんかとっちまえ! ちゃんちゃん、なんちゃってー」
だめだ。リョウも、しっかり壊れてる。とりあえず、撤退だっ! 父さん、ごめんっ! 作次おじさん、あとは任したっ! 僕は、作次おじさんが父さんに絡み始めた隙を見て脱出。こっそり移動して、壁に寄り掛かっていたみどりの隣に座った。
「みどり、大丈夫? 疲れないか?」
「ひー。大丈夫よ。ふー。笑いすぎでお腹が痛くて休んでただけ。けほけほ」
「んー。それは良かった」
みどりはまだむせて咳きこんでいたけれど、笑顔の横顔を見せながら言った。
「ふー。こんな簡単なことだったんだね」
「うん。そうさ」
「うー、なんか今まで馬鹿みたいだ」
「でもね」
「えっ?」
「これから今までの分まで楽しめばいいでしょ? 二倍も、三倍も」
「そうだよね。うん」
そこに、ほんのり顔を赤らめたおばさんがやってきた。
「こうちゃん、みどりちゃん、しっかり楽しんでるかーい?」
みどりが目を細めて答えた。
「うん、めちゃめちゃ楽しいですー」
「そりゃあ、良かった。ねえ、みどりちゃん」
「はい?」
「人生、だんだん良くなるよー。だから、これからはくよくよしなさんなよー。わたしもねえ、早く結論出さんで良かったわー。わーっはっはっはー!」
おばさんは、干している布団でも叩くように、僕とみどりの背中をどばんどばんとどついた。
「ぐへえ!」
「げほっ、げほっ!」
そこへ、完全に目が据わった母さんが、ふらふらと近づいてきた。顔色はあまり変わっていないけど、相当酔ってるみたいだ。目が細い。埴輪顔になってる。口の片っぽだけで笑ってる。やばい条件が全部揃ってるよう。怖いよう。こういう時は思い切り本性が出るからなあ。
「あれえ? こうちゃんとみどりちゃんで、しっぽりやってるぅ。こうすけい、あたしのだあいじぃなむすめを横取りする気ねい。そんなん許さないわよっ!」
ごいん!
「……ってー!」
目から火が出たかと思った。ひりひりひり。母さん、いきなり徳利で僕の頭を殴るのは止めてくらはい。お願いですぅ。おばさんが、慌てて母さんから徳利を取り上げた。そうしたら今度はコップをマイク代わりに持って、僕の口元に近づけた。
「えー、れぽーたーのしょうじれすう。なんとぉあーのこうちゃんに、だよ。メスネコもまたいで通ると言われたこーうちゃんに! カノジョがでけましたのよさ」
僕はねこまたぎかっ!
「むーん。あの空白の一日。疑惑の一日ですたな。いろいろ。そう、いろりろりろれろあったと聞ぃーとりますったら。うーい」
ほら、やっぱり根に持ってたー。こりゃしばらく要注意だ。もう、いろいろなんて大嫌いだっ!
「いったい全体何があったのんでしょうかねえ? 気になりますっ! なりませんかあ? そりゃあなるでしょうともよ。いろりろれろれろとねーったら。うい。こうちゃんが、げーろするまで、突撃レポートですよー、ったら。おりゃあ!」
もう何語を話しているのか、さっぱり分かりまへん。
母さんは、コップを僕の口元に近付けるつもりだったんだろう。でも勢い余って、それは僕のおでこにがこーんと激突。僕はどすんと後ろにひっくり返って、屈んでいた作次おじさんを押しつぶしてしまった。
「ぎゃおっ!」
作次おじさんは、食べるつもりだったスルメの足が、鼻にみっちり詰まってしまい、それを鼻からぶら下げたまま、のたうちまわっていた。
「っつー!!」
僕もおでこに赤い輪がくっきり……。すかさずリョウがどっかから油性ペンを取り出して、その中に、もっとがんばりましょうと書いて、うんうんと頷いた。それを見た一同がまたバカ受けして笑い転げた。いいのいいの。どうせ僕は道化なの。くすん。油性ペン。落ちるかなあ。くすん。
−=*=−
狂乱の宴は、酒が尽き、つまみが尽き、疲れて眠気が襲ってきたところで徐々に収まった。
下戸の父さんは、繰り広げられた限界知らずのらんちき騒ぎに部屋の隅で一人怯えつつ、それでも泥酔者の収容は責務だと言ってがんばって起きていた。でも、もともと早寝の上に、大量の蕎麦打ちの疲れが出て、こっくりこっくりと船を漕ぎ始め、九時過ぎにもっとも早く沈没した。
おばさんは、最後はべらんめえ調の宇宙人語を振りまいていた母さんをなだめるようにして、肩を抱いて連れ出し、寝室に消えた。二人とも十時過ぎに就寝。後半は肩を組んで、訳の分からない歌と踊りを繰り広げていた園田さんとリョウは、居間でお互いにもたれかかるようにして十時半に沈没。作次おじさんもその頃にご機嫌で帰って行った。靴を左右逆につっかけて履き、歩きにくいとこぼしながら。すぐそこと言ったって、工場に辿り着けるかどうか。僕がとっても不安だったのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます