(2)
国道を上って、道の駅に行く。最近、木馬野ではクラフト系に注力して地域振興してるというだけあって、即売所の商品展示にも田舎臭さがない。残念ながら染色系ではこれといったものはなかったけど、代わりに面白いものが目に留まった。
「あ、これ……」
ケヤキの丸い板をわざと不定型に刳って、全体を拭き漆で仕上げてある。たぶん、ジュエリーホルダーだろう。造形も変わっているけど、仕上げ方が面白い。塗りにわざとむらを作って、変化をつけている。むらは一見適当のように見えるけど、窪みの大小や影のでき方に合わせて濃淡がうまく計算されている。漆の扱いによほど熟達していないと、こういう仕上がりにはならない。誰が作ったんだろうと見ていると、水鳥が寄ってきた。
「ふーん、それ面白いね」
「うん、こんな遊び心の弾けたものはそんなにないからね。誰の作品だろう?」
持ち上げて、裏面の銘を見ると……。
『松木花枝』
二人同時に叫んだ。
「ええええええーーーーーっ!?」
母さん、恐るべし。
◇ ◇ ◇
昼前に店に戻ると、父さんが僕を待っていた。警察の現場検証の先導をして、徳子さんの遺体の収容に立ち会い、その足で病院にも行ってきたらしい。
「園田さん、ちょっと幸助を借りるな」
「はい。じゃあ、わたしはお母さんのお手伝いをしてきます」
「すまないね」
「いいえー」
僕と父さんは居間を出て、僕の部屋に移動した。父さんはどすんとあぐらをかくと、困惑顔で話し始めた。
「さっき作次と二人で、みどりちゃんを見舞いに行ってきたんだが…」
「何かあったの?」
「俺たちの世話にはならないって、言い張るんだ」
やっぱり、ね。なんとなくそんな気はしていた。
「とりあえず説得は尽くした。体調が元に戻っても、職があるわけではない。今後、あの小屋に戻ったところで誰かが世話できるわけでもない。せっかく助かった命を捨てに行くようなものだ、と」
「それで、みどりは?」
「わたしはそんなにやわではない、の一点張りだ」
僕は、難しい顔をして下を向いた父さんを諭した。
「父さん」
「なんだ?」
「みどりは父さんや作次おじさんが説得する限り、絶対に首を縦に振らない。断言する」
「なぜそんなことが分かる?」
「みどりはね、母親を亡くしてから誰にも優しく接してもらってない。無垢の愛情に飢えてるんだ」
「……」
「みどりにとって、お父さんたちの理詰めの説得はやり切れないんだと思う。それが好意からのものでも、厳しかったお父さんやおじいさんの姿とだぶっちゃうんだよ」
「そうか……」
「だからね」
「何か手があるのか?」
「母さんに説得させればいい」
父さんは、はっとした表情で膝を打った。
「そうか!」
「そう。母さんだって父さんに負けないくらい、みどりのことを心配していたんだ。僕が着いた日に、最初にみどりのことを持ち出したのは母さんだったし。みどりだって、今回のことがどれだけみんなに迷惑をかけたかくらい分かってる。まだ詳しい事情は分からないけど、徳子さんのことでもひどく負い目を感じているはずだよ」
「……」
「でも自分の心の傷が癒えないうちは、それを受け入れられないんだ。だからね……急いじゃだめだよ。母さんは、そのあたりはよく心得ていると思う。任せようよ」
「そうだな」
父さんが、ふっと笑った。
「幸助に説教されるとは思わなかった。でも、おまえの言う通りだ。おれもまだまだ修行が足りないな」
僕は立ち上がって、かねてから用意していたリクエストを父さんに振った。
「ねえ、父さん。一つお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「蕎麦を打ってくれない?」
「お?」
「僕は、父さんの蕎麦は世界一だと思ってる。向こうへ行って一番寂しかったのは、父さんのうまい蕎麦が食べられなかったことさ」
父さんの鼻の穴が膨らむ。これは父さんの最大限の喜びの表現だ。
「そうか。じゃあ、今晩は腕を振るうことにしよう」
「うん、楽しみにしてる」
さっきはすっかりしょげて部屋に来た父さんだったけど、部屋を出る時にはスキップでもしそうな雰囲気だった。
居間に戻ると、食卓の上は賑やかだった。母さんが、ニジマスのいいのが入ってたからと、たくさんフライを揚げたんだ。ここのところあっさりした食事が多かったので、これはとてもツボにはまった。水鳥は、これまででは一番本性を剥き出しにして、フライの山に挑んでたと思う。最後は大の字になって床に倒れていた。
僕はにやりと笑って声を掛けた。
「みぃどぉりぃー。やっぱり『わたしたち』の中に、僕は入れないでねー」
「なっ! ……ぐえぇ……うぅ」
怒って跳ね起きようとした水鳥は、自分の腹につっかえて悶絶していた。
◇ ◇ ◇
昼食の後片付けが終わると、父さん、母さんは交替で店番をしながら、合間に電話連絡やら買い出しやらと忙しく立ち回り、僕らにはぽっかり二人だけの時間ができた。
「こうちゃん、どうする? また、どっか出掛けるの?」
「いや、せっかく田舎に来たんだ。今日の午後くらいは、何もしないという贅沢を楽しもうよ」
僕は、ごろんと仰向けになる。
「明日」
「え?」
「明日、戻ろうと思う」
「もう戻って、大丈夫なの?」
「うん」
僕は起き上がると、笑って言った。
「ここは快適すぎる。クーラーがなくても過ごせるなんて、副丘じゃ考えられないもん。のんびり屋の僕が、輪をかけて怠け者になっちゃう」
「でもせっかくの帰省なんだから、のんびりするのはまっとうだと思うけど?」
「そうだけどさ……」
僕は両手で頬をぱんぱんと叩いて、気合いを入れた。
「僕は、これまですごく時間を無駄遣いしたから」
「こうちゃんは自分のことをいろいろ考えてたから、それは仕方ないんじゃないの?」
「いや、考えることの先がなかったからね。僕らは考えて、決断して、行動する。僕には、その後ろ二つが丸々なかったんだもん」
水鳥はなぜか嬉しそうだ。
「前を……向いたんだね」
「そう。掛け声だけでなく、ね」
水鳥はしばらく僕の顔をじっと見ていたけれど、何かを思い出したように声を上げた。
「あ! そうか!」
「え、なに?」
「さっきから、なんかこうちゃんが変わったなあと思ってたんだ。神社から戻ってきたあたりで。でも、それが何か分からなかったんだけど……。今、気ぃついた。こうちゃん、会話のテンポが速くなってる!」
「ふふん、今頃気づいたか。遅いぞ、武蔵!」
「小次郎破れたり!」
「がーん」
水鳥がげらげら笑う。
「ねえ。ということは、あの力は気にしないことにしたの?」
「いや、無くなったんだよ、あの力は。『帰して』きたんだ」
「えっ!?」
「本当に枷が外れたんだよ」
僕はしばらくの間、天井を見上げていた。そして水鳥の方に向き直った。
「だからね。僕が水鳥の心を知り続けるには、いつも水鳥のことを見つめて、話しかけて、触れていなければならなくなったのさ。ごく普通の恋人同士のように、ね」
そう言って、僕は水鳥をさっと引き寄せて、抱きしめた。
「きゃっ!」
僕の行動は読めなかったんだろう。顔が真っ赤になっている。かわいいなあ。
「もう! 放してよ!」
「やだ」
「このぉ!」
水鳥は僕の腕の中でしばらくじたばたしていたけど、急に力を抜いて僕にもたれかかった。
「なんか恥ずかしい」
「なんで?」
「わたしが、わたしでないような気がする」
「何を今さら」
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