第9話 突然の病そして・・・。

 別れを告げようとしたあの日から半年が過ぎた。

 ほかの女子社員と話をする和の姿に焼きもちを焼きながらも、会社では平気を装い、相変わらずの関係を続けていた。

 以前からよく鼻血を出していた私、もともとアレルギー体質で鼻の粘膜が弱ってのことと思っていた。それが、私の脳内出血の予兆だったとは・・・。


その日は突然やって来た。この日も私は事務所に一人だった。

『今日も1人で大変だけど頼むな。』

『ホント1人で大変なほど荷物が入るといいんですけどね。』

『まあのんびりがんばれよ。』

『はい。』というと、だれもいなかったので部長が優しく頭を撫でてくれて、肩にそっと手置いた。その手を私は軽く握り返した。うるんだ瞳で和を見上げると、たまらず和がキスしてきた。

『ちょっと現場見てくるから、何かあったらすぐ電話しろよ。』

『はい、わかりました。』


 それからは、何気にお客様も来て少し忙しかったが、スムーズに仕事をこなした。が、しばらくして、私はひどいめまいと頭痛に襲われてその場に倒れこんだ。


数分後和が事務所に戻ると、碧海が鼻血を出して床に倒れていた。

『碧海、碧海どうしたんだ。』

和がそっと抱き上げると、すでに意識を失っていた。急いで救急車を呼び、本社から応援を呼んで、碧海を救急車に乗せて、病院に付き添った。

救急車の中でも、一生懸命声をかけたが一向に返事はない。

『おそらく脳内出血でしょう。ご家族で脳の病気をされている方はいますか?』

と救急隊の人に聞かれ、以前碧海の母親がくも膜下出血で倒れたのを思い出し、それを伝えた。


病院につき、和は碧海の夫颯にすぐに連絡した。仕事で地方に飛んでいたので、3時間後に病院に駆け付けた。学校に行っていた子供たちも連れてきた。

心配そうに母親の手術が終わるのを待つ子供たちの様子が痛々しかった。

『桜井さん、ありがとうございました。ここからは、僕たち家族が付き添います。結果はまた御連絡します。』

『何かあったらすぐに連絡してくれ。会社のほうには俺から伝えておくから。』

『よろしくお願いします。』

和は病院を後にした。


颯はお先が真っ暗になった、碧海がまさか倒れてしまうなんて、俺や子供に迷惑かけたくないからと、健康にも気を配っていたのに。翔や翠も心配そうな顔をしている。絶対に碧海を失いたくない。今俺にできることはなんだろう。そんなことを考えていると、看護婦がきた。

『先生からお話があります。』

と言われ、まだ小さい翠は自分の親に頼み、翔と碧海の父親と3人で先生の話を聞いた。

『脳内出血です。以前から頭痛があったとかそんな様子はありませんでしたか?』

『鼻血が出ると言っていたくらいで、頭痛は以前からありましたし…。』

『鼻血ですか・・。一応今回の処置は成功しましたが、まだ42歳とお若いですので、血管の収縮など心配な部分もあります。しばらくはNCUで様子を見ます。NCUは面会が1日5分、申し訳ありませんが、小学生以下のお子さんは入室できません。1回に2人まで親族のみです。』

『わかりました。』


外で待っていた翠に颯が、

『しばらくママには会えないけど、男の子だから我慢できるな!』

『どうしてママに会っちゃいけないの?俺はどうすればいいの?俺がいい子にしたらママすぐに起きて俺のこと抱っこしてくれる?』大粒の涙をためて泣きじゃくる翠に家族はみんな胸を痛めた。すると翔が、自分も母親のことを心配なのを我慢して、

『父さん、翠が母さんに会えないなら俺も一般病棟に移るまで会うの我慢する。父さん母さんのこと頼むよ。』

『わかった。母さんの様子はどんな些細なことでもお前たちに毎日必ず報告する。みんなで信じよう。母さんは絶対このまま逝ったりしない。』


颯はそう言いながら、二人の息子たちが頼もしくなったことに感動すると同時に、こんな立派な息子にしてくれた碧海に心から感謝した。


次の日から毎日、碧海の面会に行った。一向に意識が戻る様子はないが、一生懸命手を握り声をかけた。

『碧海 がんばれ。翔も翠も待ってるぞ。俺より先に逝かないって言ってただろ?早く目を覚ましてくれよ。頼むよ。』

男泣きをしながら、眠る碧海を抱きしめた。

『もっと素直に碧海の愛に応えていればよかったな。ごめんな。』


一方、和も一人碧海の無事を祈った。颯からの連絡で、

『かみさん一応一命は取り留めました。桜井さんが早く病院に運んでくれたおかげです。ありがとうございました。ただ、今はNCUにいるので家族以外面会はできません。』とのことだった。このまま黙って逝ってしまうのか?そんなの寂しすぎるよ。でもこれが、不倫の性なのか?お願いだから、目を覚ましてほしい。


翔と翠は、母親に会えないさみしさを募らせていた。

翔は鉄道会社に就職が決まり、この春から家を出る予定だ。(こんな状態で家を出て大丈夫かな?翠がひとりぼっちになってしまう。)そんなことばかり考えていた。でもきっと母さんは自分のことより俺のことっていうんだろうな。

翠は寂しさを紛らわせるために、同級生の悠の家にしばらく預けられていた。毎日毎日母親に会えない寂しさで、涙をこぼすことが多かった。

そんな翠に、悠の母弥音は、

『翠、ママは翠の泣いた顔と、笑った顔どっちが好きかな?私は悠の笑った顔や嬉しそうな顔が大好きだから、翠のママもニコニコしててほしいと思うよ。』

『ニコニコしてたら、ママ元気になる?』

『元気になるって翠が信じてあげないとね。』そういう弥音の目からも涙がこぼれた。(碧海ちゃん、子供たちを置いて一人で逝かないでよ。)


周りのみんなが、碧海の無事を祈っていた。その頃碧海は、三途の川の手前で誰かが自分に手を振っているのを見ていた。




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