第6話 二人の時間

会社での和さんと私は、みんなの前では、以前の上司と部下の時間を過ごした。『部長、この書類文章はこんな感じで大丈夫ですか?』

『ここの数字はこれでいいですか?』なんて、みんなの前では完全仕事モード。時には、字が細かい書類を、

『部長老眼だから拡大しましょうか?』なんてからかったりして、


有給で誰かが休むと、私を一人にしておくのが心配なのか、私と一緒にいたいのか、ひょっとしたら私に悪い虫(男)つかないようにか、現場の仕事そっちのけで事務所に来てくれる。二人の時はほんとにいろんな話をした。


定年後会社に残るかどうか迷っている。奥さんには相談していないとか、私は、もちろん気持ちの面でも、仕事の面でもこのままそばにいてほしいと思う。でも、嘱託になったら給料は下がってしまうし、このまま責任のある部長の重責を負うのはかわいそうだ。

『仕事なんて何もしなくていい。ここで私の用心棒して下さい。』って言ったら、

『ありがとう。嬉しいな。もう少し結城の顔を見ていたいから頑張っているかな。』って、本当にそうなったら一番うれしいけど、無理でも、その言葉だけでうれしかった。


家でも会社でも小さくなってるなんて言っていた部長に私は、

『ここでは部長なんだからもっと威張っていいんですよ。私には。』と言ったら、嬉しそうに目を細めて『ありがとう。』って。目が合うだけで、会話するだけで、嬉しい楽しいと思える。


そんなある日、この日は工場に欠員が出て、部長も現場で作業をしていた。事務所の電話が鳴りいつも通り出ると、

『もしもし碧海ちゃん。今日もすごく綺麗だよ。』って、部長が電話で言ってきてすごくビックリした。そう部長はこの日この現場で一人で作業していたんだ。私の方は電話の声が外に漏れてやしないかってドキドキしてしまった。誰に言われるよりも、和さんに褒められるのがすごく嬉しい。

この日の午後、一瞬二人きりになれる時間が2回あった。和さんが、

『俺は四六時中碧海のことばかり考えてる。』って、めっちゃ嬉しかった。

その日の帰りも、私が一人で帰り支度をしていると、和さんが事務所に顔を出した。

『ちょうど今帰ろうと思ってたとこです。』

『おっ、碧海がまだいるぞと思って寄ってみた。』って嬉しそうな顔をして事務所に入ってきた。こういうところ子供みたいでかわいい。

『ホントに俺は、いっつも碧海のことで頭がいっぱいだよ。』って、

そこで私もさっき答えられなかったけど、

『私も部長と同じ気持ちですよ。』って答えて、ハグした。そしてkissした。

『今度二人で会う時間作るよ。』

『はい、楽しみにしてます。』って、もう1回ハグ&kiss。

私にとって、すごくすごく幸せな時間だった。


好きとか、愛してるなんて安っぽい言葉なんていらない。好きとか愛してるなんていう言葉を一度口にしてしまったらこの穏やかな時間を二度と共有できなくなる。同じ時間、同じ空間にいるだけで、部長の人間味というか、温かさが私には伝わってくる。それだけで私の心は満たされていた。


数日後、私は翔の高校の面談のためにフライングで帰るところに、事務所の電話が鳴った。

『もしもし結城、面談に間に合うように帰れよ。』

『はい。』

『ちゃんと息子の話聞いて来いよ。明日は俺休むけど頼むな。』

『はい、わかりました。お疲れ様でした。』

そう言って電話を切った。ホントは寂しくてさみしくて、明日休まないで、会いたいよって言いたかったけど、気持ちだけは和さんに通じているはず、心の奥にこの気持ちを閉まった。


次の日の朝、会社に行く途中で電話が鳴った。部長だった。

『もしもし碧海、声聞きたくなって電話しちゃった。今一人か?』

『はい、今会社に向かっているところです。』

『そうか、今日は頼むな。いつもの俺の大好きな笑顔で頑張れよ。』

『はい、会えなくてさみしいけど電話くれてうれしい。ありがとうございました。』

『じゃあな。』と言って、電話を切った。私の声が聞きたくて電話くれたなんて超嬉しい。よし、お仕事がんばろう!


会社に行って頑張って仕事をこなした。この日は本社の方で会合があり、事務所が手薄で、本社の仕事も私のところに回ってきて、少しバタバタだったが、部長の言いつけどおり良い子で仕事をこなした。お昼過ぎに工場の方でトラブルが起きたようで、現場の運転手からも事務所に連絡があった。聡子とも

『せっかく部長休みなのに、まさか電話とかしちゃってないよね?』

『どうかな?なんかトラブルでテンパって電話かけちゃってそうだよね?』

『聞いちゃったら、ゆっくり休めないよね。』と話をしていたら夕方15時過ぎに電話が鳴った。

『もしもし桜井です。』

『お疲れ様です。』

『月曜日は、〇〇のトラック入ってくる?』

『大丈夫、火曜日です。』

『そうか、じゃあ断らなくてもいいな。もう参ったよ。碧海ちゃんなおしてよ。』

『無理無理、よけい壊れちゃうよ。せっかくのお休みなのに連絡行っちゃったんですね。電話してなきゃいいなって思ってたんですよ。』

『ちゃんと電話あったよ。お昼に。』

『そうなんだ。私より先に知ってたんですね。』

『うん、早く碧海に会いたいよ。』

私もって答えてあげたかったけど、そばに聡子がいたので答えてあげられなかった。そのあとは少し話をして電話を切った。

『無理かもしれないけど、残りの休日ゆっくりしてください。』

『ありがとう。じゃあ。』

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