第3話 部長の言葉に少女のように心が躍る?

『おまえはホント黙っていればいい女なのになぁ。』

難しい顔をして仕事をしていると、

『どうしただ、そんな難しい顔して。お前のそんな困った顔俺は見たくないよ。』そんなたわいもない桜井部長との会話に、私の中の女を感じる瞬間がある。またまた御冗談を、部長どんだけ私をからかうんですか?この言葉を信じて、少女のようにドキドキする自分がいる。まるで、初恋をしている学生のように、41歳の私、夫もいて、高校生と小学生の息子がいるどこにでもいる母親の私、自分でもこの年になって、こんな気持ちになるなんて、朝会社に行く前に以前なら、ささっとメイクして、ド近眼の私は分厚いダサいメガネ姿で会社に行っていたのに、部長に少しでも可愛い、綺麗だと褒められたくて、きちんとコンタクトレンズを入れて、メイクに時間をかけている自分がいる。

この間も、

『春先に、お前の制服姿を見て、惚れそうになった。』とも言われた。またまた御冗談を・・。私をからかっているのか?ほんとにそんな風に私のことを見てくれているのかな?まさかねぇ。


先日あった会社の飲み会、私は女子社員の中で一番若く(41歳ですけど・・。)お酒を飲むのも私だけなので、2次会まで付き合うことになった。ほかに女性社員もいなかったので、遠慮して帰ろうかとも思ったけど、桜井部長に、

『帰りはちゃんと送ってやるから付き合え。』と言われ、一緒に行くことにした。少しお酒もまわり始めていたので、部長のそばを離れないように、ちゃんと腕を組んで隣に座っていた。部長もまんざらでもないような感じでずっと隣にいてくれた。

やはり私はつぶれてしまったようで、部長が約束通りタクシーに乗せて送ってくれた。気が付いた時には、家の和室で着替えて寝ていた。颯にも部長の服とか、タクシーのシートとか汚したからちゃんと確認した方がいいと言われ、次の日起きてすぐに誤りの電話を入れた、ことの次第を聞けば聞くほど顔から火が出そうになった。タクシーに乗ると一応自分で住所を運転手さんに言ったようだ。途中何度か『気持ち悪い。』を連発して、2度ほどタクシーから降ろしてもらったようだ。

『まさかお前のことをこんな形で抱きしめることになるとは思わなかったよ。おっぱいも触っちゃった。』なんて言われてすごく恥ずかしかった。

ときどき、『碧海。碧海。』と名前で呼んでもらった気がしたけど、酔っていたから定かではない。もしかしたら、家についてから、夫に言われたのかもしれないし。

せっかく2人きりで帰ってきて、部長のぬくもりを感じていたかもしれないのにすごく残念。一夜限りの出来事であっただろうに・・。部長にとってはとんでもない荷物を背負わされただけだったかもしれないけど。


それからも部長は、まるで恋の駆け引きのように、私へのアプローチを投げかけてくる。私が有給で翠の授業参観のために休みを取り、3連休になり

『明日有給なので3日休むことになりますけど、よろしくお願いします。』

というと、

『えっ!寂しくて会いに行っちゃうかもな。』

なんていうから、

『まったくそんなことばかり言って!絶対からかってるでしょ?』

『そんなことないよ。ホントだよ。』って。

一番は先輩のくせに、私にはわかる。部長がほんとに大事なのは私なんかじゃない。娘さんとお孫さんたち、自分が定年になって、経済的に支えてあげられなくなるから、心の中で娘さんをこの会社に入れてあげたいって思ってること。それには、女子社員がだれか退職しなければ入ることはできない。部長が私をやめさせたいなんて思ってるかはわからないけど…。


その日の帰り、聡子にばれないように、

『後で相談したいことがあるから、電話かけていい?』

って部長に言われ、

『大丈夫ですよ。』と言って別れた。


夜、颯のバイト中に私の電話が鳴った。部長だった。

『もしもし結城です。』

『桜井だけど、明野さんの送別会の時に何かプレゼント用意してきてくれるか?』

『私もそのつもりでした。いろいろ本人に探りを入れているので、当日までに間に合わせます。』

『あと、お前にイヤリングプレゼントしないとな。』

『そんな気を使わないでください。大丈夫ですよ。』

そう、私はこの前の飲み会で、ママ友の弥音の手作りのイヤリングをしていったのだが、酔っ払ってなくしてしまったのを部長は気にしてくれていたらしい。

『明日はお前は何で休みだっけ?』

『次男の授業参観です。』

『そうか。お前が来ないとホントにさみしいよ。』

『またそんなこと言って。ふざけてるでしょ?』

『本気だよ。』

と言われてちょっと嬉しかった。どこまで本気かはわからないけどね。部長若いときはモテたかもしれないなと思った。



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