第49話 「もう頑張れないよ」

「ただいま」

 玄関の鍵を開けて誰もいない空間に言葉を投げかける。もちろん返ってくる言葉はない。

 廊下の先にある自分の部屋へ真っ直ぐに向かう。

 そして扉を開けて、今度は期待を込めて再び言葉を紡ぐ。

「ただいま」

「おかえり、ありす。ん? どうしたんだ、制服が煤だらけだぞ。まるでボロ雑巾のようだ」

 「雑巾なんて酷いなぁ」という言葉を飲み込み、そのまま椅子に座ってぬいぐるみラビに向かい合う。

「ちょっとね」

 疲れ切った口調だったと思う。

「イジメか?」

「うん。いつもの事だから、平気だよ」

 『いつもの事』という部分に諦めにも似た感情を込める。

「平気じゃないだろ。いつものような汝のパワーを感じないぞ」

「ねぇ? よこしまなるものをやっつけるのに、あとどれくらい時間かかるのかな?」

「それはわからない。強いて云えば、ありすの頑張り次第だな」

 ラビの言葉は絶望的に聞こえてくる。

「もう頑張れないよ……一生懸命やったって誰も認めてくれないんだよ」

 わたしの心はそんな想いでいっぱいだった。

「ありす……」

「もうやめたいよ。魔法少女なんて……」

 その言葉の最後は涙で途切れてしまう。

「弱気な事を云うな。孤独な戦いというのは、汝にはちとつらいかもしれぬ。だが、汝がやらなくて誰がやる?」

 相変わらずラビは厳しい言葉を投げかけてくる。

「……」

 けど、それに応えられる気力は残っていない。

「汝はこの世界が嫌いか? 汝を虐げる者がいるこの世界に憎しみを抱いておるか?」

「わかんないよ。……けど、嫌いなのかもしれない。憎んでいるのかもしれない」

「違うじゃろ。汝からはこの世界から去ろうという意志も、破壊したいという衝動も感じられぬ」

「どうしてそう言い切れるの? わたしは多分この世界が大嫌いなんだよ!」

「それは嘘じゃ。汝はまだこの世界を愛しておるのだろう? どれだけ周りの人間に虐げられてきても、汝はまだ人間という存在に希望を持っておるのだろう? 憧れておるのだろう?」

「憧れ?」

 思い当たることはあった。心の奥底に沈んでいる一欠片の小さな小さな光。

「ならばこれは試練じゃ! イジメなど、ものともせぬ強い力を持て。強靱な精神を鍛えよ。なに、心配するな。我がついておるではないか!」

 大きな声でわたしを励まそうとする。彼自身には強力な魔力はないと言うけれど、ラビはいつもそれ以上の力を与えてくれる。生きる気力を与えてくれる。

「ラビはいつでも厳しいよね。きついことを平気で言い放って……それでも……それでも、わたしを見捨てたりしないもんね」

 それはまるで親しい友のようだった。溢れた涙は止まらない。けど、その涙はけして悲しみの粒ではない。

「我と汝は一心同体じゃ! どこまでも付いて行くぞ」

「わかったよ。もう少し頑張ってみる」

 わたしは精一杯の笑顔をラビに向ける。

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