第50話 「無意識に込められたメッセージに気付いている?」

 索敵しながら街を歩く。学校での事は考えないようにしようと、気持ちを切り替えた。

 商店街での見回りを終えて、自宅のマンションが見える場所まで戻ってくる。

 そして今度は住宅地を回ろうと考えた。

 高台の住宅地へと上がる長い坂道を歩いている時、わたしは見知った顔に出会う。

「あ、羽瑠奈ちゃんだ」

 十数メートル先を歩く羽瑠奈ちゃん。まだ、わたしたちには気が付いていなかった。

 声をかけようとして、ただならぬ気配に身体が一瞬凍り付く。

 彼女の真横から空を飛ぶ不気味な物体が迫っていた。

「気をつけろ! よこしまなるものだ」

 ラビがそう認識し、わたしは彼女へ危険を告げる。

「羽瑠奈ちゃん! 危ない、避けて!!!」

 緊急事態なのだから仕方が無いと、周りを気にせず思いっきり叫んだ。

「え?……あ」

 突然、大声をかけられたことに驚いて、羽瑠奈ちゃんはバランスを崩し躓いて倒れてしまう。

 けど、それが幸いしたのか、よこしまなるものの攻撃をなんとか回避したようだ。

 わたしはすぐに敵の位置を捉え、攻撃の態勢に入る。

 大きく息を吸い込むと、飛び回る目標を左手の指先で追った。

「汝の雷を死に浴びせよ! 『Abracadabra』」

 ここ数日の戦いで、わたしの能力は格段の進歩を遂げている。破壊力、そして速さもだ。

 五十メートル近く離れていた敵に、一瞬で光の槍は到達する。

 まばゆいばかりの閃光。

 仕留めたことを確認して、すぐに彼女のもとへと走り出した。怪我をしていなければいいと心の中で祈る。

「羽瑠奈ちゃん」

「ありすちゃんだったんだ。急に声をかけられたものだから驚いちゃって」

 ようやく彼女はわたしの存在に気付く。

「大丈夫? 膝から血が出てるよ。……うわぁ、痛そうだね」

 彼女の右足膝の部分から出血があった。転んだ際に擦りむいたようだ。とはいえ、大けがを負っていなかったので、とりあえずほっとする。

「うん、ちょっとドジったみたい」

「わたしんち、このすぐ近くなの。消毒しといた方がいいでしょ。応急手当ぐらいならできるから」

「ありがとう。そうさせてもらうわ」

 立ち上がる羽瑠奈ちゃんに肩を貸し、自分の家へと連れて行くことにした。



 羽瑠奈ちゃんを自分の部屋に招き入れて椅子に座らせると、わたしは救急箱を取りにダイニングキッチンへと向かう。

 いつも使っているその箱を開けると、肝心の消毒薬だけが空になっていた。

「ごめん、羽瑠奈ちゃん。薬切れてるみたいだから、ちょっと買ってくる」

 部屋にいる彼女に声をかけると、わたしは近くの薬局へと出かける。

 ラビがいるから退屈はしないだろう。その時は安易に考えた。


   *                             *


「ただいま」

 家に戻ると救急箱と新しい消毒薬を持って自分の部屋に向かう。

「あ、やばっ!」

 途中で大事な事に気付いてしまった。

 そういえば、机の上には他人に見られては恥ずかしいものが置いてあったっけ。

 今更遅いと思いながらも、わたしは早足で部屋へと向かう。

「羽瑠奈ちゃんお待た……」

 扉を開けたわたしの身体と言葉はそこで止まってしまう。

「おかえり、ありすちゃん」

 羽瑠奈ちゃんは一冊のノートを手にしていた。それは表面がボロボロになった見覚えのあるもの。

 クラスメイトのイジメに遭ったときだって、絶対に渡さずに守りきった大切なノート。

「あ……」

「暇だから読ませてもらったわ」

「え? あ、その……じゃなくて。あのね」

 わたしは事態に対応ができず、言葉が出てこない。

「興味深い物語ね。綿菓子で丁寧に包まれたみたいな優しくて甘ったるい世界じゃない。いいよね、こんな風に名前だけじゃない『本当の友達』がいる場所は」

 彼女は読んでしまったのだ。誰にも触れてはいけない物語を。

「でもさ、ありすちゃん。無意識に込められたメッセージに気付いている?」

 誰にも汚せない、誰にも壊させない。それはわたしだけのセカイ。

「登場人物の苗字、主人公とその親友二人と先生の分ね。最初の文字を繋げると『た・す・け・て』になるけど……これは偶然? それともありすちゃんは誰かに助けてもらいたいの?」


 血液が凍るような感覚。頭から血の気が引いていくのがわかった。

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