第十三章【非日常と歪んだ世界】
第47話 「消えてしまいたい」
上履きは使えなかった。
マジックでカラフルに落書きがされている。
-『キモイ』
-『ゴミ』
-『こいつはアホの子』
-『死ね死ね死ね死ね死ね死ね』
-『あんたは生きてる価値ないよwwwwwww』
-『バカじゃない』
-『粗大ゴミは燃えちゃえ』
-『ねぇねぇ、なんで死なないのwww』
これで何足目だろうか?
そんなことをぼんやりと考える。不思議と怒りは湧いてこない。悲しみだけがじわじわとこみ上げてくる。
事務室でスリッパを借りることにして、二階の教室へと向かった。
教室前の廊下にあるロッカーは、わたしの場所だけなぜか扉が開いている。
中を確認するとお気に入りのポーチがボロボロになっていた。
体操着が盗まれていないだけましなのかもしれない。
気分が沈んだまま教室に入り、クラスメイトの浮田さんの姿を探す。
まだ来ていない。
もし来なければ今日はわたしへと攻撃が集中するだろう。そう考えるとますます気分が滅入ってきた。
そこで違和感に気付く。
いつもなら嫌味ったらしく、からかわれるように声をかけられるのだけど、教室にわたしが入ってきたことに誰も気付いていない。
それもそのはず、クラスメイトのほとんどが黒板のところに集まっていた。
何か告知でもされているのだろうか? わたしは鞄を机の上に置くと、人だかりの方へと歩いていく。
「うふふ、叉鏡さんがいらしたわ」
その声と同時に全ての生徒が一斉にわたしの方を向く。そして聞こえてくるひそひそ話。
「ふふ、ネコミミ」
「ネコミミ」
「ネコミミだ」
「恥ずかしくないのかね」
「相変わらずキモイな」
「よく学校これるよね」
「ふふふふ」
「知ってる? 昨日も駅前をアレつけて走ってたらしいよ」
「ついに精神にも異常をきたしたってやつ?」
「いわゆるメンヘラーってか?」
「わたしだったら引き籠もりになっちゃうかもね」
「まったくクラスの問題児には困ったもんだ。あはは」
「死ねばいいのに」
「実は男にコスプレでもせがまれたんじゃねぇの?」
「あいつ付き合ってる男いるんか?」
「どうせアレだよ。えんこーとかそっちだよ」
「うふふふふ」
「マジうけるぅ」
くすくすと小声で笑いながら各々が何やら囁きあっている。陰口の類は慣れたとはいえ、あまり気分の良いものでもない。
わたしはクラスメイトの視線に耐えきれず席に戻ろうとして、改めて前方の黒板をちらりと見て呆然とした。
黒板には写真が貼り付けてあった。
公園にある噴水の縁に座っているもの、駅前の商店街を疾走しているもの、自動販売機の前でジュースを買っているもの、全ての被写体がわたしであった。しかもご丁寧にネコ耳のカチューシャを付けたものばかりだ。
「いったい誰が?」
その写真には見覚えのあるものがいくつかあった。
撮影したのはたぶん『ダム』とかいう男だろう。
あの時、彼は言っていたのだ「今まで撮った分を送ってあげるね」と。
撮影は公園で声をかけてきた時が最初ではなかったのかもしれない。
その前後も撮り続けていたことは写真を見れば明らかだった。
それと、彼の本名かもしれない封筒に書いてあった『HARUMIZU UKITA』という文字。
よく読めば『うきた』と書いてあったのだ。クラスメイトにこの苗字が一致する生徒は一人しかいない。
『タマゴちゃん』こと浮田珠子だ。
あの男の妹、もしくは親類に彼女がいたと考えればどうやって入手したかも簡単に予想が付く。
駅前で氷月さんと浮田さんが会っていたのも、そう考えれば納得ができた。
きっと取引でもしたのだろう。自分を守る為に、攻撃対象を自分以外のものにするため……。
わたしが写真に気づいたことにより、黒板の前にいた生徒達は席へ戻っていく。
そろそろ教師がやってくる時間だ。戻ったのは授業の準備をする為か。
……いや違う。
この状況で教師が入ってくれば、写真の被写体であるわたしにすべての罪がふりかかる。
イジメなんて思わないだろう。教師の色眼鏡にはただ自慢したいだけの問題児にしか映らない。
どうしてこんなことになるのだろう? ……泣きたくなってきた。
誰一人として味方のいないこの教室で、ひたすら悪意を浴び続ける。そこに救いはあるのだろうか?
あるわけがない。だからこそ、わたしはいつも思うのだ。
『消えてしまいたい』と。
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