第46話 かけがえのない世界の一部。
職員室から教室へと戻る間、わたしは自分の周りの人たちについて改めて考えていた。
-種倉ありすを取り巻く心地良い世界。
-鈴木美沙の大らかさと力強さ。
-祁納成美の優雅さと優しさ。
-手津日先生の厳しさと寛容さ。
大切な人たちはわたしを深く理解してくれようとしている。そして、いつもそこに居てくれる。
世界はこんなにも優しい。こんなにも恵まれた世界で、自分は何を紡ぎ出せばいいのだろう。
もちろん、優しさだけでないことも知っている。
けど、自分が追究すべき、守るべき欠片はこんなにも身近に存在しているのだ。
教室の扉を開けると見慣れた二つの笑みがこちらに向く。ナルミちゃんとミサちゃんだ。
「待っててくれたの?」
二人の表情は「当たり前でしょ?」とでも言いたげだ。わたしは思わず泣きそうになる。
「帰ろっか」
「帰りましょう」
「うん!」
それは温かい世界の全て。かけがえのない世界の一部。
昇降口までのとりとめのない会話。
でも、その一つ一つがわたしにとっては宝石のように輝いている。
忘れてはいけない、そして失いたくない日常。
靴に履き替えて外に出ると、日が落ちるにはまだ早い時間だった。
「寄り道してこっか?」
言い出したのはミサちゃん。
「そうですね。この間行った、あのカフェに行きましょ。わたくし、あそこの雰囲気とても気に入っておりますの」
「そうだね。あそこのケーキおいしかったし」
寄り道の提案にわたしとナルミちゃんは喜んでそれに乗った。
こんなにも日常は心地良く流れている。
神様という概念はよくわからない。
けど、わたしはこの世界に感謝したかった。
「そういえばノート返してもらったの?」
「うん。返してもらったけど……」
ミサちゃんの問いかけに照れたように答えた。
「どうかなさったのですか?」
わたしの表情を見逃さなかったナルミちゃんが不思議そうに聞いてくる。
「手津日先生にね、中身読まれちゃった。でね、ちょっとだけ感想もらった……というか半分はアドバイスなんだけど……えへへ」
「説教はされなかったの?」
「うん、注意はされたけど、さほど。でも釘を刺されたことは確かかも。あたしはもう授業中に内職しようなんて思わない」
ミサちゃんの問いかけに、わたしは真っ直ぐ前を見つめる。そこに迷いがない強い意志を込めた。
「読んでいただいたことが相当嬉しかったのですね」
「ふーん、なるほどねぇ。で、アリスって今、どんな小説書いてるの? いつもは完成したのを読ませてもらってるけどさ、今回はいろいろあったじゃん。なんか気になるし」
まだミサちゃんには読ませていなかった事を思い出す。
ナルミちゃんにはアドバイスを求めて書きかけの状態で読んでもらう事もあるのだが、ミサちゃんの場合は完成してからの方が多かった。
「……普通のだよ」
一瞬だけ考えて、シンプルにそう答えた。
それに対してナルミちゃんが補足を加える。
「わたくしは途中まで読ませてもらいましたが、普通であり純粋でもありますわね。
魔法も出てこない、戦いがあるわけでもない。
そこに奇跡も世界の危機もあるわけではない。
だけど、誰もが温かい気持ちになれるような、ごく普通のお話。
わたくしはその物語が大好きですわ」
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