第45話 「物語を書き続けたい?」
放課後、わたしは覚悟を決めて職員室へと向かう。
ノートを取り上げられたのは今回が初めてだった。それだけに心の動揺は隠しきれない。
「失礼します」
職員室のドアを開けると、すぐに目的の教師と目が合う。どうやら待ちかねていたようだ。
気が滅入りながら担任の手津日先生の前まで歩いていき、開口一番で「申し訳ありませんでした」と謝る。
「悪いことをした、と反省はできているようね」
アラサーの手津日先生は女性教諭ということもあって必要以上に怒らない性格だ。けど、裏を返せば必要があれば厳しく叱りつけるという事。
もし、ノートの中身をちらりとでも見られていたのなら、わたしがどれだけ不真面目に授業を受けていたかが露見してしまう。
「はい。今後、このような事はしません」
余計な事は言わずに深々と頭を下げる。
「このノートだけどね……」
先生はノートを手にして、それをまだわたしに渡そうとはしない。やはり中身を見られてしまったのかもしれない。
「……」
返してくれないのだろうか、そう思うととても悲しくなった。
「そんな泣きそうな顔をしないで。ちゃんと返してあげるから……でもね」
先生の顔が少しだけ険しくなる。
「申し訳ありません。申し訳ありません。本当にもうやりませんから」
わたしは無我夢中で何度も頭を下げる。想いが凝縮されたあのノートだけは取り上げられるわけにはいかなかった。あの書きかけの物語を葬り去られるのだけは何としても避けたかった。
「勘違いしないで。返してあげるから。実はね、中身を読ませてもらったの」
見られたというより読まれたらしい。
「え?」
それはものすごくマズイんじゃないの?
まさかの展開に思わずドキリと鼓動が高鳴る。
たしかに他人に読ませることを意識して書いた……けど、それが担任の教師だなんて……。
「表現の重複する箇所や、視点の揺れが目立つわ。未熟な部分が多いのは仕方ないかな。だけど、よく練られた物語じゃない。先生は面白いと思ったわ」
「……え?」
わたし怒られて……ない?
「素直で純粋な物語。たぶん、今のあなたにしか書けないでしょうね」
「あ、はい……」
「種倉さんは物語を書き続けたい?」
「え? あ、あの、物語を創る事は大好きですから、そ、その……できれば書き続けたいです」
緊張しすぎて声が上擦ってしまう。
「だったら授業は真面目に受けなさい」
先生は手に持ったノートでわたしの頭を軽く叩く。
「はい」
それほど痛くはなかった。
「これは説教じゃないわ。もし種倉さんが物語を創り続けたいのなら、できるだけ知識を吸収しなさい。今の種倉さんじゃ、純粋だけど狭い世界しか構築できないと思う。わかるでしょ? 知識を吸収することで世界を広げることができるのよ。もちろん、知識だけではどうしようのないこともあるわ。でもね、義務教育を受けている種倉さんにとって、それはもっとも基本的な知識なの。基本という骨組みがスカスカでは、どんな膨らんだイメージも一瞬で崩壊してしまうわ」
それは至極まっとうな意見だった。
わたしの創り出す物語を誰かに読んでもらいたいのであれば、基本的な知識の蓄積及び構築は必要不可欠。自分の住む世界の仕組みを知らなくて、どうして新たな世界を創る事ができようか。
わたしにしか理解できない世界など、それは物語などとは言わない。
そんな自分勝手に創られた世界を一般的には『妄想』という。
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