第43話 「私はこの世界に屈したくないの」
「マジやべえって」
「関わんないほうがいいって」
「ゴラァ! なめんじゃねぇぞ!」
両脇の二人は完全に怖じ気づいてしまっていたが、手を切られた男は怒りが収まらないようだ。
けど、今にも羽瑠奈ちゃんに襲いかかろうとする男を両脇の二人が止める。
「落ち着けよ。ヤバイってさ」
「もう行こうぜ」
「おい、離せよ! なにビビってるんだよ!」
そんな男たちに怖じ気もせず羽瑠奈ちゃんはさらに近づいていく。
「ねぇ?」
「んだよぉ?」
「あなたは死にたいの?」
彼女のその言葉は、氷のように冷たかった。
「ざけんな!」
男が言葉を放つと同時に、その喉元にナイフが寸止めされる。
「私は自分の世界に誇りを持っているの。それを汚すものは誰であろうと許さない。同じ世界に生きることを許さない!」
威勢のよかった真ん中の男は、恐怖で身体が硬直したかのようだった。
「おい、冷静になれ、警察に捕まりたいのか?」
三人の中ではわりと冷静な左端の男が、羽瑠奈ちゃんに問う。
「正当防衛よ。このナイフは量産品だし、私のものじゃないと主張することもできる。揉み合っているうちにナイフを手にしてしまったってね。もし私があなたたちの誰かを殺したとしても、私とあなたたちのどちらを警察は信じてくれるでしょうね。たとえ私に殺意があったとしてもね」
「このクソアマ……」
「うふふ……あははははははははははははは」
羽瑠奈ちゃんは嗤う。
その嘲笑は、男達にとっては恐怖だったのだろう。彼らは何の信念も持たず、ただ悪意を持って人をからかっていただけなのだ。殺し合いなど想定していないはず。
「とりあえず退こうぜ。こちらの方が分が悪い」
「そうだな。おい、行くぞ」
右隣の男が、ナイフを突きつけられた男を後ろへと引っ張る。そして、よろよろと倒れそうになる男に肩を貸して、三人はどこかへと去っていった。
羽瑠奈ちゃんは溜息を一つ吐くと、わたしの方へと顔を向け微笑みながらナイフをしまう。
「あの、ありがとうございました」
からかわれていた女の子が羽瑠奈ちゃんへとお礼をする。そんな彼女の乱れた髪を優しく整えてあげていた。
「萎縮しては駄目よ。誇りを持ちなさい。ロリヰタであることにね」
女の子は「はい」と返事をするともう一度頭を下げ、背筋をピンと伸ばして歩いていく。
「うわ、羽瑠奈ちゃん凄い! 格好いいよぉ」
一部始終を見ていたわたしには感動の出来事であった。初めて見せた羽瑠奈ちゃんの本性は少々怖くもあるが、そんな事はどうでもよくなるほどの『誇り高き姿』には純粋に憧れてしまう。
「私はこの世界に屈したくないの。ロリヰタである事に誇りを持ちたいからね。そういう意味では、あの服……ある意味、乙女の戦闘服なのかな」
羽瑠奈ちゃんと別れた帰り道。
高層マンションの建ち並ぶ新興住宅地を通った時、どこからともなく歌が聞こえてきたような気がした。それは詩と言った方がいいのだろうか。発音の良い英語の声が耳に浸透してくる。
どこかで聞いた声だが思い出せない。
たぶん、日本語でないことが声の主の存在をぼやかしてしまっているのだろう。そして、それはとても戯けたようで、とても悲しくもあった。
翌日、そのマンションの最上階付近の踊り場から見つかった封筒の中の便せんには次のような文字が書かれていたらしい。それは、かの有名なマザーグースの詩の一節である。
Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses,
And all the king's men,
Couldn't put Humpty together again.
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