第42話 「あなたたちは何か勘違いしているわ」

「そういえば羽瑠奈ちゃんはどこに行くの?」

「どうして?」

「いや……なんかね。家に帰っても一人だし、羽瑠奈ちゃんが迷惑じゃなければ用事に付き合ってもいいかな……なんて。わたしってば結構臆病なんだよ」

 あんな事件のあった後だから、わたしは一人にはなりたくなかったのかもしれない。ラビだけでは心細いのだ。

「まあ、いいわ。うん……借りたい映画があって、ちょっと公園近くのレンタルショップまで行くだけだしね」

「ありがとう。羽瑠奈ちゃんと居られるだけで気分が落ち着くよ」

「そう言ってもらえるのは光栄だわ。誰かの役に立てるのは悪くないもの」

 こういう時、近くに心を許せる知人がいるだけで全然違ってくる。


-「いってぇーな!」

-「おいおい、前見て歩けよ」

-「ごめんなさい」

-「ごめんなさいじゃねぇだろ!」


 すぐ側の交差点の近くで、なにやら揉め事が起きているようだ。

 一人の女の子が、男性三人に絡まれているようにも見える。

「あれ? なんかあったのかなぁ?」

「どこ?」

「あそこの人たち」

 わたしは羽瑠奈ちゃんにわかるように方向を示す。

 その女の子は羽瑠奈ちゃんが好みそうなレースやリボンの付いた黒いブラウスにミニスカート姿の所謂ロリータファッションだった。

 ただ、羽瑠奈ちゃんと違って『似合っているか?』と聞かれれば言葉を濁してしまいそうな容姿である。

「おまえのその服なんだぁ? ああ、そういうのコスプレっていうんだっけ?」

 男たちは完全に馬鹿にしたような態度だった。

「服だけはかわいいよな」

「サトシ、中身もかわいいって言ってやれよ。イヒヒヒ」

 口説いているというよりは、からかって遊んでいるのだろう。誰も本気で言い寄ろうとせず、異質なものを見るような目で嗤っている。

「かわいいって言うならキョウヘイ、おまえがナンパしてみろよ」

「おまえこそ誘ってみろよ。きっとしっぽ振りながら付いてくるぜ」

「誰がこんな奴本気にするかよ」

「だよなぁ。俺だって選ぶ権利はあるぜ」

「こんなひらひらしたもの着てりゃ、男が寄ってくると思ってんのか?」

「無理に決まってんじゃん。所詮、服は服だよ。しかもなんかうっとーしよなコレ」

「やめてください……」

 男の一人が頭を叩くように女の子のヘッドドレスを掴むと、短く悲鳴を上げる彼女を無視してそのまま引きちぎる。彼女はそのまま俯いて泣いてしまった。


「あなたたちは何か勘違いしているわ!!!」


 いつの間にか羽瑠奈ちゃんが、勇ましく男たちの前へと躍り出る。

「あ? おまえ誰だよ? 関係ねーだろ」

「このヘッドドレスも、ブラウスもスカートも、中に履いてるドロワーズに至るまで、私たちは誰の為でもない自分の為に着ているのよ。ロリヰタはロリヰタであることに誇りを持っているの。あなたちみたいな、主体性もない馬鹿が触れていい物じゃない!」

 羽瑠奈ちゃんは数名の男たちの前でも物怖じせず、威勢良くそう言い切った。

「は? 何言ってんだおまえ?」

「待てよコーイチ、こっちは結構カワイイじゃん。なぁ俺らと三人でいいことしねーか」

「アホ。おまえ欲望まる出しじゃん」

「でもよ、その『誇り』とやらをボロボロにしてやりてぇよな」

 真ん中の男が羽瑠奈ちゃんの身体に触れようとした瞬間、空を切った何かにその手が弾かれる。

「痛!」

 男の手のひらからは、地面にぽたぽたと血がしたたり落ちていく。

「……こいつやべえよ」

 羽瑠奈ちゃんはいつの間にかナイフを握っていた。その事に左端の男はいち早く気づく。

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