第41話 「罪の意識でもあるのか?」
初めは二人の警官だけだった。けど、だんだん人数は増え、今では何十人もの警察官が公園内を捜索している。
逃げた毒蛇を探す為に増員をかけたようだ。わたしが目撃した黒と赤のまだら模様の蛇という証言と、被害者の死因が毒蛇に噛まれたものらしいという事から大騒ぎとなっている。
トイレは初めは鍵がかかっていて、いつから使用中だったのかは今の段階ではわからないそうだ。長い間施錠されていたことを、近くの住民が不審に思って管理会社へ連絡したらしい。
駆けつけた職員がノックをしたところ、返答がなかったので鍵を使って開けたそうだ。すると、中には男の死体があって腰を抜かしてしまったらしい。
そこにわたしが駆けつけた、というのが現状でわかっていること。
状況を整理するならば、多目的トイレという閉ざされた空間で男が死んでいた。
内側から鍵がかかっていた為に密室ともとれる。
死因は蛇の毒によるものかは、今のところわからないようだ。脇腹に噛まれた痕が数箇所と、目や鼻などの粘膜からの出血は見られるそうだ。
警察の到着から一時間後、公園内の草むらでヤマカガシと思われる毒蛇を捕獲したらしい。
蛇を凶器とするならば、完全に密室殺人である。
けど、いくつかの疑問点はある。
なぜ閉鎖された空間に被害者は蛇と一緒に居たのか?
なぜ蛇に噛まれた被害者は、外に出て助けを求めなかったのか? ヤマカガシの毒は即効性ではないため、噛まれたのならすぐに病院に駆け込めば助かる見込みは高いとのこと。
そして、都心部のこんな街中になぜ毒蛇が出現したのか?
警察車両の中で行われた事情聴取から解放され、送ってくれるという警官の申し出を「家が近くだから大丈夫です」と断り、わたしはたぶん疲れ切った表情で家路を歩いていた。
家に帰ってもまだ母親は帰宅していない。けど、マンションの住人にパトカーで送られた事を見られて後で噂されても困る。
「ねぇ、あの亡くなった人の事どう思う?」
答えが出ないのをわかっていても、ラビにそう聞いてしまう。
「明日になれば死因も特定されるじゃろ」
「わたしの魔法じゃないって言い切れるかな?」
それはずっと引っかかっていたところ。わたしの魔法はまだ未熟。制御しきれていないところもあるだろう。
「たしかにあの時、魔法が発動しておったのは事実じゃ。だが、呪文が間違っていたおかげで、どんな効果があったのかはわからんぞ」
「そうなんだよね。けどさ、魔法じゃないとしても、こんな都会の真ん中で毒蛇に噛まれて死んじゃうなんて不自然じゃない?」
「罪の意識でもあるのか?」
鼓動が高まる。『自分のせいではない』と思い込もうとするのは人間の
「そ……それは……」
「あーりすちゃん」
ふいにわたしを呼ぶ声。夜道で声をかけられたものだから、身体がびくりと飛び上がりそうになる。
「え?」
振り返るとそこには見慣れない……いや見知った顔だ。
「ごめんびっくりさせちゃったかな」
「……はぁー、なんだ羽瑠奈ちゃんか」
それは羽瑠奈ちゃんだった。一瞬誰だかわからなかったのは彼女の格好のせいだ。
薄暗かったのもあるけど、きっといつものような黒を基調としたロリータファッションじゃなかったのも驚いてしまった原因だと思う。
今日の彼女はブルージーンズにブーツを履いて、ブラウスの上にこれまたデニム地のジャケットを羽織っている。
ラフな格好の彼女を見るのは初めてだった。
「どうしたの? こんな遅くに」
羽瑠奈ちゃんが陽気に聞いてくる。まあ、わたしの状況を知らないのだから当たり前か。
「ちょっと……ね」
「どうかした? 顔色が悪いよ」
「さっきね、死体を発見しちゃったの。で、今まで警察の人と一緒だったわけ」
「まさか……ありすちゃんが犯人じゃ……うふふ、ごめん。冗談よ。でも大変だったね。その人、どうして亡くなったの?」
相変わらず心臓に悪いからかい方をしてくる。
「うんとね。詳しい事はまだわからないんだけど、毒蛇に噛まれて亡くなった可能性が高いって警察の人は言ってたよ。で、その人が死んでた場所って多目的用の広いトイレで最初は鍵がかかってたらしいの。だから、事故って可能性の方が高いかも」
とりあえず魔法の事は黙っておこう。
「毒蛇かぁ……それは気の毒ね。たしか、噛まれて毒が入ると、まず血小板とかに作用してそれを破壊するんだよね。だから腫れとか痛みがなくて、毒が入った事がすぐわからないらしいよ。そのうち頭痛や目眩がして、最初は傷口とか粘膜とか歯茎とか身体の弱い部分から出血が起きるみたい。人によっては古傷とか皮膚の下の毛細血管、症状が悪化すれば内臓や消化管からも出血するんだよね。そして最悪の場合、腎不全を起こして死に至る。それほど重症感がないから、処置が遅れると大変みたいだよ。あ……わたしが詳しいのはね、長野のおばあちゃん家の近くにも、よくヤマカガシが出るみたいだから。昔さぁ、子供が噛まれて亡くなったって、遊びに行くたびによく脅かされたなぁ。まあ、即効性の毒じゃないから、処置をすれば大丈夫なのにね。でも、なんでその人は噛まれてすぐに病院に行かなかったんだろう?」
「うん。それはわたしも思った」
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