第十一章【非日常と死体とナイフ】
第40話 「ただの抜け殻だ。生きてる人間と違って害はないぞ」
茜に染まった空を見上げながら、わたしは公園のベンチに腰掛けていた。
左手には頭から外したネコ耳のカチューシャを膝に置いて握りしめ、右手のラビは胸に押しつけるように抱えている。
公園で遊んでいた子供はもう帰ったのだろうか、辺りは静けさを取り戻し微かに虫の鳴き声が聞こえるだけだ。
「疲れたか?」
今日倒した敵は五体だ。どれも動きが素早く、それなりの苦労はしている。
「少しね」
魔法を使って敵を倒す事には慣れてきた。
楽しくはないけど「嫌な事を忘れられる」という意味では爽快感はあるし、世界の敵を倒しているという正義感と達成感はわたし自身に充実感も与えてくれる。
「ありす?」
けど……わたしはそれで満足なのだろうか?
別に正義の味方になりたかったわけじゃない。
魔法少女に憧れていたわけでもない。
わたしが望んでいたのはちっぽけな幸せ……そしてそれはもう叶わない。
-「ひぃぃぃぃ!」
ふいに遠くの方から小さな悲鳴。同時に金属でできた箱のようなものが転がる音がする。誰かが一斗缶でも蹴飛ばしたのだろうか。そう思って音のする方を向くと、多目的トイレの前で一人の初老の男が倒れているのが見える。その横には大きめのダストパンと箒が散らばっていた。
「何?!」
「誰かが躓いたようだな。ん? 何か変だぞ」
「敵なの?」
わたしは条件反射でネコ耳付きのカチューシャを装着すると、倒れている人の所へと駆け出す。
一般人には見られてしまうかもしれないが、緊急事態なのだからと自分に言い聞かせた。
そんな緊張感が漂う中、初老の男に駆け寄ろうとトイレの前まで行ったところで足の裏に何か違和感を感じる。何かねっとりとした粘土状の物を踏んでいた。微かに鼻孔を刺激する匂い。それはたぶん犬の糞であろう。
「うげ!」
なんてツイてないのだろうと嘆くが、倒れている男の様子からして尋常ではない。そんなことを気にしている場合ではなかった。
「大丈夫ですか?」
声をかけるが、男は多目的トイレを指さし、震えてた声でこう言った。
「ト……トイレの中に……ひ……ひとが」
不審に思ったわたしは、彼が指すトイレの中を覗こうとして足下に何か蠢くものを見つける。
「ひぇ!」
それは一匹の蛇だった。黒と赤のまだら模様のようなものが見えるが、辺りが夕闇に近いのではっきりと確認できなかった。
「ただの蛇じゃろ」
「なんでこんな街の中に蛇がいるのよ」
「わからん。ありす、とりあえず中を確認しろ」
「うん。わかってる」
蛇はそのままどこかへと行ってしまったので、今度は恐る恐る中を確認する。
「え?」
初めは人形だと思った。
でも、口や鼻や目などから血を流しているのを見て、それが人間だって事に気付いてしまった。
「死んでるようじゃな」
「……やっぱそうだよね」
死体を前にして身体が震えてくる。これは恐怖からなのだろうか。
「ただの抜け殻だ。生きてる人間と違って害はないぞ」
「そういう問題じゃ……あれ? この人どっかで」
その顔には見覚えがあった。わたしに写真を送ってきたカメラの男である。
たしか『ダム』と名乗っていた事を思い出す。もちろん本名など知るわけがない。
「知り合いか?」
「あー! 公園で写真撮ってた人」
「汝が魔法で撃退した人間か?」
「そういえばそんな事がありました……って、犯人わたしぃぃ?!!」
あの未知なる効果の魔法の事だとしたら、そういうことになってしまう。
「不完全な魔法を使うからじゃ」
「ちょ、ちょ……ちょっと待ってよ。たしかに不完全だったけど、でも……でも……あれ? わたし何か重大な事を忘れてる」
「落ち着け。警察ならさっきの男が電話してるぞ」
後ろを向くと、倒れた男が携帯電話で警察に連絡していたようだ。腰を抜かして起きあがれないのか、倒れたままの状態で通話している。
もしあの魔法が男を死に至らしめたのなら、わたしはこのまま、殺人の容疑者として警察に連れて行かれるのだろうか?
あ、魔法少女とか言っても信じてくれないだろう。
「けど……扉を開けてわたしは最初に何かを見たよね?」
黒と赤のまだら模様、細長い身体、そして足下を蠢くもの。
「毒蛇だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます