日常的な休息

 昼休み、窓から校庭を眺めると、いつものようにミサちゃんが男子に混じってサッカーで遊んでいた。

「いつ観てもかっこいいよねー」

 前の席にいるナルミちゃんにそう声をかける。

「そうですわね。でも、わたくしはかわいらしいミサさんも好みですわよ」

 彼女は頬に片手をあてて、何かを想像するように視線を斜め上へと向けた。

「ミサちゃんがかわいい? まあ、顔立ちは整っているから服装しだいでそうなるのかなぁ……」

 わたしは彼女がスカートを履いた姿を想像する。髪はショートカットといっても、男子みたいな短髪じゃない。顔立ちはイケメンだけど、それは目鼻立ちがくっきりしているから。逆に言えば美人さんの顔立ちなんだよね。……なんだ、全然アリじゃん。

「アリスさんはミサさんが女の子らしくなったらどうしますか?」

「性格はあのまま?」

「ええ?」

「うん、なんかテンション上がるかも」

 さっき想像したのを思い出し、ナルミちゃんに同意するように答えた。

「ですわね」

 彼女は破顔する。なにかとても楽しそうだ。

「もうちょっとオシャレに興味を持ってくれたら三人でもっと話も盛り上がるよね」

「ミサさんは男兄妹の中で育ったって言いますから、そちらに興味を持たせるのは難しいのかもしれませんよ」

 そういえばお兄ちゃんのお下がりの服を着ていたって話を聞いたことがある。それが『普通』になっちゃってるから女の子らしい服ってのには興味が持てないのかな?

 でも、興味を持ってくれたらこんなに嬉しいことはないんだけどね。

「うーん……そうだ。今度の日曜、原宿行かない?」

 わたしは思いつきでそんな提案をする。

「どうしたんですか? わたくしとしては趣味全開の服を着られるので嬉しいのですが……」

「わたしもね、買ってもらった服を着てみたいの。欲しくて誕生日プレゼントで頼んだんだけど、いざ着るとなると場所を選ぶんだよね」

「ミサさんはどうするのです?」

「え? 三人で行くよ」

「でも……」

 ミサちゃんの興味の持てるものが存在するかが心配なのだろう。

「男ばっかりの所で育ったていうのなら、そういう『女の子女の子』したところに慣れさせるのもミサちゃんのためだよ」

「そうですわね。『男の子』ばかりに慣れたのですから『女の子』にも慣れてもらうのもいいかもしれません」

 ナルミちゃんは唇に人差し指を当てて考え込む。



 駅前での待ち合わせをし、約束の十五分前に着いた時には、すでに二人はそこに立っていた。

「ミサちゃん、ナルミちゃんお待たせ」

「おう。あたしも来たばかりだから」

 ミサちゃんの今日の服装は真っ白なTシャツに、デニム地のショートパンツ、MLBの紺色のキャップを被っていた。どう見ても男の子だよなぁ。

「わたくしたちが早く来すぎたのですから、気にしないで下さい。アリスさんの家が一番駅から遠いのですもの」

 ナルミちゃんは行き先が行き先だけに、今日は気合いが入っているようだった。真っ白なワンピースには、細かな薔薇の模様にフリルとレースがあしらわれている。その上、王冠ティアラの付いた髪留めと手にはこれまた純白とも言える日傘を持っていた。

「うわー、今日はいつにも増してお姫様だぁ!」

 わたしはうっとりとナルミちゃんの姿を眺めた後、彼女の両手を掴み胸元へ持って行く。

「あまり興奮しないでください。アリスさんもかわいらしいですわよ」

 対する自分は、かなり大人しめの水色のブラウスに真っ赤なフレアスカート。ロリィタですらない。少しだけ惨めな気持ちになっていく。

「なぁ、おまえら今日はどうしたんだ? なんかいつもと雰囲気違うぞ? あ……あれか? コミケとかいうところに行くのか?」

 ミサちゃんからの的外れな言葉には、さすがに苦笑いするしかない。

「違うって」

 わたしは思いっきり否定する。だってこれはコスプレじゃないのだから。



 駅から降りると、ミサちゃんが周りの状況を変化に気づく。

「あれ? なんか空気変わったね」

「そう?」

 わたしはわざと気づかないふりでそう応えた。とはいえ、周りにはど派手なロリータ・ファッションの女の子が違和感なく普通に歩いている。

「だって、なんか居心地悪いというか」

「おいしいスイーツもありますわよ。ほら、良い匂いがしてきませんか?」

 ナルミちゃんがすかさずフォローする。ボーイッシュなミサちゃんでも、甘い物には目がないのだから。

「おお、そういえば原宿といったらクレープだって話を母さんから聞いたことがあるよ」

「クレープもいいけど、やっぱ今ならキャラメルポップコーンだよ」

「わたくしは個人的には神宮前の豆大福が大好物ですわ」

「あ、それわたしも食べたい」

 そんな感じでわたしたちは、今日の目的地である竹下通りへと入っていった。

「人多いなぁ。しかも女子率高いな……ナルミの目立つ格好が全然目立ってない……というか」

「溶け込んでるでしょ」

 わたしは自慢げにミサちゃんに告げる。彼女は珍しそうに周りを見渡している。

「たしかにね」

「世界変わった?」

「うーん……こういう世界もあるのかなって感じ」

「うーん……つまんない」

 ミサちゃんの反応が思ったより薄くて残念な気分となる。個人的にはリアクション芸人のように大げさに驚いて欲しかったものだ。

「アリスさん、あまり人に自分の世界を押しつけるのもよくありませんよ」

 ナルミちゃんに軽く怒られる。でも、目は優しいから本気で叱責しているわけではない。

「うー……ごめんなさい」

「まあ、ミサさんは簡単には陥落しませんからね。長い目でみましょう」

「うん、そうだね」

 ふと視界の片隅にネコ耳のカチューシャをした少女が映る。

 その子に気を取られて一瞬足が止まってしまった。

「どうしたんですか?」

「ネコ耳のカチューシャを付けた子がいたんだけど、家にあるのと同じなのかなぁって……でも、あれテーマパークで買ったやつだから誰でも買えるんだよね」

 そう言いながら、胸が締め付けられるような感覚に陥る。これは昔の記憶。


 キョウちゃんとの記憶。

 

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