幕間【非日常的な日常】

非日常的な休息

「ふぅー」

 わたしは静かに吐息を洩らす。

「どうした? 元気ないな。明日にはまた、よこしまなるものを狩らねばならぬ。体調が悪いようなら休んでおいたほうがいいぞ」

「身体の方は大丈夫なんだけど、精神的にね……」

 ラビの説明では魔力の消費は肉体的にも精神的にも影響しないらしい。が、どうにもテンションが上がらない。つまりまったくやる気がでないということだ。

「どうすれば回復するのじゃ?」

「何かこう、自分へのご褒美でもあれば……もしくは気分転換ができるとか?」

「そうじゃのう、休息は必要だが人間が害されるのを黙って見ているわけにもいかない。ならば繁華街のような人がたくさん集まる場所などはどうじゃ? そこならば少しは気分転換もできるじゃろう」

「人が多く集まれば、それだけわたしのネコ耳が浮いちゃうし、後ろ指を指される率も上がっちゃうよ」

 その光景は頭に浮かんでは消えていく。嫌な未来しか見えなかった。

「ネコ耳が目立たずに人の多い場所か……なにやらナゾナゾのようになってきたぞ」

「そんな場所なんてコミケぐらいしか思いつかないし……」

 最初に思いつくのは夏と冬の定番。あそこなら気合いの入ったコスプレイヤーがいるから、ネコ耳なんかはコスプレにすらならない。

「ならばそのコミケという場所に行けばいいじゃないか」

「コミケにはまだ三ヶ月くらい早いよ」

 今はまだ秋。夏が終わったばかりなのだから。

「そうなのか? ならばしかたない」

「あ。そうだ、久々にあそこに行ってみるのもいいかも」

 コスプレじゃないけど、ネコ耳程度のことなら目立たない場所を思いつく。


   *                           *


 原宿の竹下通りに入ると空気が違っていた。わたしが昔憧れていたものが周りにはたくさんある。

「ここはどこなのじゃ? あの羽瑠奈とかいう少女と似たようなファッションのやからがたくさんいるのう」

「そうだね。ここはゴスロリさんも多いけど、どっちかといえば生粋のロリヰタさんがいるところだよ。専門服店も多いしね」

 ただでさえ女の子の多い場所だが、その中でもロリータファッションの率はかなり高い。今だって目の前を歩いてくる少女はとあるブランドのロリータ服だ。もちろん、ギャル系の子も少なくはなかった。最近は、ロリータとギャルを混ぜた『姫ロリ』といった組み合わせも出てきてはいるが、わたしとしては『姫ロリ』というと純粋に『お姫様プリンセス』を思わせる高貴な感じのファッションのことだと思っている。

「なるほど、ここならなれのネコミミも目立たなくなるな。あの前を歩く子などウサ耳をしとるではないか」

「目立たなくなるし、わたしの心も癒されるし、一石二鳥だよ。おまけに人も多く集まるからよこしまなるものを見つけやすいでしょ?」

「ありすにしては頭が冴えているのう」

 ラビは上機嫌でわたしを褒めてくれる。

「一つ問題があるとしたら、ラビとの会話をどうするかなんだよね」

 そこで考えたのが、スマホで通話をしているフリをして、ラビとの会話をするということだ。こんな繁華街で他人の通話内容にまで気にしている人は少ない。

「これなら不自然じゃないでしょ」

「さすがだな。だが、両手がふさがってしまうのではないか?」

 普段は右手にラビを持って歩いているので、左手でスマートフォンを持ってしまうと指摘通り両手が使えなくなってしまう。

「うん。だからね、ちょっとポシェットを改造して持ってきたの」

 わたしは昔使っていたポシェットの底を、少しだけくり抜いた。そこにラビの身体を突っ込めば、足だけ出てちょうど胴体の部分で固定される。ぬいぐるみ型のポシェットにも見えなくはないだろう。

 今のわたしの服装は、古着屋で見つけた大人しめの白い姫袖のブラウスとベージュで花柄のジャンパースカート。クラシカルなロリータをイメージして選んでみたのだが、実際に着ていく場所がなく、似合わないのではないかとタンスの肥やしになっていたものだ。とはいえ、羽瑠奈ちゃんと出会ったことで、どこかに一緒に遊びに行くときに着て行けたらなと密かな野望も抱いている。

 とにかく、わたしのニワカロリータファッションは、頭のネコミミ、そしてラビのポシェットと相性がいい。こんなにも簡単に違和感を消してくれるのだから、今までのはずかしめ……いや苦労はなんだったのだろう。

「駅前のトイレで着替えだしたのはこの為だったのか」

「うん、ロッカーもあるしね。重い荷物は置いて索敵に専念できるよ。ついでに燃料補給もするから、それは見逃してね」

「燃料補給?」

「うーん、ほら、糖分とか糖分とか糖分とか?」

「目の前のクレープ屋に目が釘付けだな」

 ラビに呆れられた。


   *                              *


「あー……しあわせー」

 左手にはスマホを持ち、右手にはラビではなく生ブッセを持ちそれを口に含む。ふんわりと軽い触感に、とろけるようなカスタードクリーム。さすがはホームラン王なだけはあるなとひとり納得。

「なにやら、先ほどから食べてばかりだな」

「いいじゃん。よこしまなるものも見つからないんだし」

 ここに来て一時間ほど経つが、いまだに気配すら感じなかった。

「太るぞ」

「いいんだよ。ストレス溜まってるんだから!」

 思わず大声になってしまい、周りからの注目を集める。が、スマホを持っていたことで、すぐに視線は逸れてくれた。

「うむ、多少はしょうがない。今日は気分転換という意味もあったのう。それでも気は張り詰めておけ、でないと」

「あー、あの店テレビで見たことがある」

「話聞けよ!」

 バラエティ番組で紹介していた店舗を見つけ、わたしのテンションは最高潮に達する。駆け出すとまではいかないが、段々と早足になっていった。レポーターの芸能人が食べていたドーナッツは物凄く美味しそうだったなと記憶をたどる。

 そんな中、視界の片隅にとある女の子たちの集団が映る。一人はボーイッシュな女の子、一人は姫ロリがかなり似合う女の子、そしてもう一人はロリータでない普通の女の子。

 自分の中の記憶がショートする。

 突然にボロボロとこぼれ落ちる涙。

「え?」

 自分でもどうしたのかわからない。

「ありす、なぜ泣いてるのだ?」

 なぜわたしは泣いているの? どうしてなの?

「わかんない。でも、わかっちゃいけないのかも」

 何かが本能的にわたしのココロを抑制する。

「おい! 大丈夫か?」

 ラビの心配そうな声がどこか遠くの方から聞こえてくる。

「だいじょうぶ……」

 わたしは必死でそう答えた。だって、思い出さなければ大丈夫なことはわかっているのだ。

 これは思い出してはいけない記憶だから……。

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