第十章【日常と嫉妬とシュレーディンガー】

第38話 「トイレでイジメとはずいぶんとベタだねぇ」

「あんた生意気なのよ!」

 館脇さんの憎悪が心に突き刺さる。けど……いくら考えてもこれといった心当たりがない。

 もしかしたら、自覚のない悪意をこの三人に与えてしまったのかもしれない。

 でも、それならばきちんと抗議としてくれてもよかったのに。

 だって、わたしが一方的に虐めている相手ではなく、どちらかといえば今の段階での力関係は彼女たちが上なのだ。抗議をする側になんの障害もあるはずもない。

 わたしは微かな苛立ちを感じていた。

 だからはっきりさせよう、これ以上険悪な雰囲気になりえないのだから聞きたいことを聞こう。

 そう思った時、急に扉が勢いよく開かれた。

「アリス!」

 ミサちゃんが怖い顔をして入ってくる。さらに、続いて入ってきたナルミちゃんが開いたドアをゆっくりと優雅に閉めている。二人の性格がよく表れていて微笑ましく思えてきた。

「なにやらアリスさんが言いがかりを付けられていると聞きましたので参上致しましたわ」

 二人の登場に、館脇さんたちは驚いて硬直してしまう。

「おいおいおい。トイレでイジメとはずいぶんとベタだねぇ」

「あなたたち、アリスさんに何をしていたのですか?」

 あまりにも簡単に形勢が逆転してしまったので、わたしは拍子抜けしてしまった。二人が入ってきたおかげで、目の前の三人組は怯えたようにミサちゃんやナルミちゃんを見ている。どちらかといえば、勢いよく入ってきた親友たちの方が手を出しそうな雰囲気であった。

「お願いミサちゃん、大したことはされてないから、落ち着いてくれない?」

 今にも相手を殴り倒しそうな彼女をなだめようとする。一番被害を受けている人間が一番冷静だというのもおかしな話であった。

「袋叩きにあってるってヨーコに聞いたんだけど」

 いや、それは誇張し過ぎだからと、苦笑いする。

「教室での大騒ぎが原因でしたら、わたくしも謝罪致しますわ。元はといえば、わたくしの好奇心から起こした行動が元凶なのです。本当に申し訳ありませんでした」

 ナルミちゃんが館脇さんたち三人の前へと歩み出ると、穏やかな口調で頭を下げた。

 『やっぱり好奇心なのかよ!』とのツッコミをわたしは空気を読んで飲み込む。ナルミちゃんの性格はわかっていたはずなんだけどね。

「いや、それなんだけど、たぶん三池が原因だろ。教室での騒動はきっかけに過ぎないと思うよ」

 ミサちゃんは何か事情を知っていそうな口ぶりだった。

「三池君?」

 三池君といえばクラスメイトの男子で、サッカー部のエースストライカーだ。

 どっかのアイドル並のイケメンな為、一部の女子生徒からは憧れの的であるらしい。

「ネコ耳騒動をきっかけに『憧れの三池君が種倉さんに興味を持ち始めちゃってるぅ!』って勝手に思い込んで、彼女たちはアリスに嫉妬を抱くわけだ」

 ミサちゃんが館脇さんの真似をするが、あまり似てなくて苦笑する。けど、これで状況が把握できそうな気がした。

 そういえば、ネコ耳騒動では彼が大声で「かわいい」などと叫んでいたかもしれない。

 館脇さんたち三人は彼に好意を持っていたのだろう。

 そしてわたしがその彼の注目を集めてしまったことが、彼女たちの嫉妬心に火を付けてしまったのだ。

 蓋を開けてみればくだらないこと。

「別にわたしは、三池君の事はなんとも思ってないから……」

 たしかに「格好いい」と思ったことはあるけど……それ以上の感情はまだ持ってはいない。

 でも、納得がいかないだろうか、三人はずっとわたしを睨んでいる。

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