第37話 「神様の声?」
小一時間ほど店内で歓談した後「暇だったら付き合って」という羽瑠奈ちゃんの言葉に従い、彼女が通う教会へと付いて行くこととなった。教会という神秘的な場所を見てみたいというわたし自身の好奇心もある。
再開発された公園に隣接するような形で、小さな教会があった事は前から知っていた。建てられてからもう三年は経つ。けど、眺めるのはいつも外からで、中に入るのは今日が初めてであった。
「へぇー、これが教会の中なんだ」
正面にはステンドガラスがあり、そこから光が差し込んで室内を明るくしている。
祭壇の奥には
「誰もいないの? 勝手に入って怒られない?」
がらんとした講堂内を見渡し、わたしは羽瑠奈ちゃんに問いかける。
「左手前に懺悔室があるでしょ。いつもならあそこに神父さんがいるわ。それによっぽどの事がない限り白昼堂々と教会に盗みになんか入らないからね。神父さんの計らいで誰もが気軽に入れるような造りになっているのよ」
「ふーん、そうなんだ」
「ちょっと待ってて、お祈りしてくるから。そこに座って待ってるといいわ」
羽瑠奈ちゃんが祭壇の前まで進み、両手を胸の前で組んで祈りを捧げる。その姿はまるで絵画のようでもあった。ステンドグラスやキリスト像や祭壇と一体化し、生ける芸術品であるかの錯覚を感じる。わたしは魅入られるようにじっと息を呑んだ。
数分だったろうか、それとも数十分経ったのだろうか。時間の感覚を無くしかけたその空間は、彼女がこちらへ戻ってきた事でゆっくりと時を取り戻し始める。
「お待たせ。行こう」
隣を歩く羽瑠奈ちゃんの横顔を見て、教会の中での神秘的な空間がわたしの頭に蘇る。
「羽瑠奈ちゃんて、クリスチャンなの?」
それは聞くまでもないだろうと思っていた。会話の取っ掛かりを得るためにあえて質問をしたつもりだった。
けど、即座にそれは否定される。
「違うよ」
「え? だってお祈りして……」
予想外の答えに戸惑う。だったら彼女は何をしていたのだろう?
「あそこに行くと、神様の声が聞こえるんだよ。私は別にナザレのイエスをメシアと信じているわけではないの。あの空間が神様の声を聞くのにちょうど良い条件を満たしているだけ」
「神様の声?」
「そう。自分はどう生きるべきか、それを教えてくれる。私が黒い服をいつも着るのも、その声に従ったから」
考えてみればラビの姿と声が分かるのだ。彼女にも人を超えた能力を持っているのは当然であろう。しかも、神の声まで聞けるとは。
特定の宗教に縛られることなく、羽瑠奈ちゃんは神の声に従う。
果たして彼女の瞳には、この世界はどのように映るのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます