第34話 「不条理な謎かけをやろうと思って」
「ティーパーティーといったら、不条理な謎かけよね。ありすちゃんはチェシャ猫って覚えてる?」
羽瑠奈ちゃんは首を傾げながら謎めいた笑みを浮かべる。
「うん。ニヤニヤいつも笑っていて、消える時もしっぽから消えて最後にニヤニヤした笑いだけが残るってやつでしょ」
三日月を寝かしたような大きな口を思い出す。わたしが持つイメージはアニメ版であろう。
「そう。じゃあ、シュレディンガーの猫は?」
「え? それもアリスに出てきたっけ?」
どこかで聞いた覚えがある。それがアリスの物語に出てきたかどうかはわからなかった。
「ううん。シュレディンガーってのは物理学者なんだけどね」
「あ、思い出した。あれってたしか量子力学の思考実験だったよね」
「そう。よく知っているわね」
猫を箱に閉じこめたり、ある確率で中の猫が死んでしまう装置を置くことから、動物愛護団体から苦情がきそうな実験内容ではあるが、実際のところ論文の中での喩え話である。彼が主張したかったのは、猫が死ぬとか死なないとかそんなヘンテコな理論ではなく、確率的に予測されるミクロの現象が、現実的に人間が観測できるマクロな視点に影響を及ぼすかどうかを想定したかっただけなのだ。
「で、そのシュレーディンガーの猫がどうしたの?」
エルヴィーン・ルードルフ・ヨーゼフ・アレクサンダー・シュレーディンガー。長い名前だけどわたしはフルネームで覚えていた。
「今はティーパーティーだからね。不条理な謎かけをやろうと思って」
羽瑠奈ちゃんは唐突にそう言い放つ。
「不条理?」
「さっき言ってた。チェシャ猫、そしてシュレディンガーの猫。二つに共通することは何でしょう? 両方とも『猫』だっていう基本的なものは外してね」
「えーと、そうだなぁ。どちらも『架空』の猫って事かな。チェシャ猫はアリスのお話の中のもので、シュレーディンガーの猫は思考実験で創り上げたもの。共通するのは人間が想像の中で
どちらも幻。それはわかりきったことだ。
「そう。その調子。あとは何かあるかしら?」
「うーん……シュレーディンガーの方は、漠然と猫だから共通といっても『架空の猫』という以外、これといって特長がないんだよね」
「じゃあ、チェシャ猫の方を考えてみては?」
「え? そうだなぁ、相手の質問に質問で答える……って、喋れるのはチェシャ猫だけじゃん」
無意識にノリツッコミをしてしまう。
「じゃあ、チェシャ猫の一番の特長は?」
「えと……えと、なんだっけ?」
焦ってくると思考が空回りする。クイズ番組のような時間制限なんてないのに、なぜか『何か喋らなくては』という思いが頭の中を真っ白にしていく。
「有名なシーンがあるでしょ。笑い顔を残して消えていくって」
「うん、そうだったね。でも、それが? ……あ、そうか存在の重ね合わせね」
「そう、シュレディンガーの猫はかわいそうにも箱の中で生死不明の状態。いつ放射性物質が検出されて、装置に連動した青酸ガスが放出されるかも分からない。いえ、既にガスが充満していて猫はお亡くなりになっている可能性もある。だけど、箱の外側の人間にそれを知るすべはない。だから科学者達はこう考えた。箱の中の猫は生と死が重なり合っていると。コペンハーゲン解釈ではね」
「チェシャ猫は消えているのに笑顔は残っている。でも、笑顔は存在していなければ成り立たないから矛盾している。シュレディンガーの猫だって常識で考えれば、生きているのなら死は成り立たない。でも、二つは相反するものが重ね合わせの原理で存在しているってことだね」
-笑っているのに消えている。
-消えているのに笑っている。
-矛盾した二つの命題。
「そういうこと。納得した?」
「うん!」
そう元気よく返事をすると、羽瑠奈が急にニヤリと
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