第33話 「なんでエプロンドレス?」

 走り回ってさらに疲れたこともあり、小腹の減ったわたしは軽食も摂れるコーヒーショップへと入る。

 会計を終えトレイを持って席を探していると、そこに知った顔を見つけた。

 三階の窓側の奥の角。そこだけが空間を切り取られたかのような、異質な空気を放っている。異質といっても悪い意味ではない。コーヒーショップという庶民的な雰囲気とは明らかにかけ離れたエレガントさだ。

「羽瑠奈ちゃん」

「あら、ありすちゃん」

 わたしの声に気付いた羽瑠奈ちゃんが顔を上げる。

 彼女は姫袖の黒いドレスを身に纏っている。今日はそれに加え、お洒落な黒いファーハットを被っていた。この前の典型的なゴシック・ロリータ・ファッションとは違って、少し上品でおとなしめである。まるで中世ヨーロッパ貴族の娘がタイムスリップでもしてきたかのようだった。

「羽瑠奈ちゃんっていつも綺麗だよね。どっかのお姫様だって言っても信じちゃうかも」

 あまりにも貴族然とした格好には思わずたじろいでしまう。けど、それを変だとは思わなかった。むしろ、自分自身もそのような格好に憧れてしまうのだ。

「そう? まあ、わたしとしても生まれてくる時代を間違えたって気もするけどね」

 彼女はそう言って笑う。

「わたしもそういう服に憧れるんだけど…………でも似合わないよね?」

「そんなことないよ。でもどっちかというとありすちゃんに似合うのは甘ロリかな?」

 『甘ロリ』は優しいカラーを主体としたもの。甘い雰囲気のロリータファッションということで通称『甘ロリ』と呼ばれていた。

「うんうん。わたし、白とか明るい色の服の方が好きだよ。フリルとかリボンとかも大好きだし」

「そういえば、これでありすちゃんがエプロンドレスでも着ててくれれば雰囲気出たのにね」

「なんでエプロンドレス?」

 エプロンドレスとはメイドさんが着ているようなものだ、というのが日本人の一般的な認識。飲食店によっては、制服として採用しているところもある。

 が、もともとヨーロッパ各地に伝わる民族衣装で、家事等の仕事をする時のオーバースカートとして、ヴィクトリア朝の初期に普及したものだ。本来の名前は『ピナフォア』と言うらしい。

「ほら不思議の国のアリスであるでしょ。ティーパーティーって」

 そういえばウサギを追いかけていたアリスはエプロンドレスを着ていて、穴に入った先の不思議な世界で奇妙な人物達と出会うのだ。ティーパーティーは物語の中の一つのエピソードだった。

「あ、うん。思い出したよ。でもさ、ティーパーティーには人数が足らないんじゃない? 二人しかいないし」

 物語の中では、アリスを含めて四人いたはず。

「そんなことないよ。まずありすちゃんはまんま『アリス』でしょ。私は『Hatter』キ印の帽子屋でしょ。それからほら」

 そう言って、スマートフォンに付いたストラップのマスコットを見せる。そこにはネズミを丸くしたような、かわいい小動物のフィギアが付いている。

「あ、『ヤマネ』だ。かわいい」

 ヤマネとは『Dormouse』のこと、時に眠りネズミとも訳される。そのモデルは袋ネズミであったりオポッサムであったりヨーロッパヤマネであったりと様々な説があるのだ。異温動物であるため、冬眠をする。そこが眠りネズミたる所以なのであろう。

「でもって、ありすちゃんが手に持っているのは『サンガツ』」

「へ?」

 右手に掴んでいたラビを見る。眠そうな声で「興味がない」と呟いた。

「三月ウサギでしょ」

 羽瑠奈ちゃんにそう言われて「ホワイトラビットだけどね」と訂正しようと思った……けど、たしかにウサギには変わりはない。細かいことを言ったら羽瑠奈ちゃんだって帽子を被っているだけだし、わたしの名前もローマ字にしてしまうと『ALICE』ではなく『ARISU』なのである。なんだかとても格好悪い。

 『ティーパーティー』に見立てた『ごっこ遊び』なんだから、細かい部分にツッコんでもしょうがないだろう。

 だから、わたしは素直にパーティーを楽しむことにした。

「うん、そだね」

 そう言ってラビをテーブルの上に座らせる。そして「とりあえず三月ウサギの代役を務めてね」と笑いかけた。

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