第16話 「落ち着け! まともに詠唱できてないぞ」

 砂が目に入りそうになったので、咄嗟に右腕を顔の前にかざし、わたしはその風を避けた。

「ありす!」

 ラビが叫ぶ。同時に嫌な気配。この感じには覚えがある。よこしまなるものだ。

「うん」

 言いたいことはわかっていた。ネコ耳はその為のマジックアイテムなのだから。

「左だ!」

 風が流れていった先には、空中を浮遊する蛸のような物体がいた。そして今度はもう一匹、別の形の化け物を確認できる。

 大きさは蛸と同じ全長が一メートルはありそうなそれは、巨大な虫であった。全体を硬い殻で覆われたダンゴムシのような感じでもある。

「どちらもスピードは遅い。落ち着いて対処しろ!」

 ラビの言葉が終わらないうちに、二匹の化け物は放たれた矢のような勢いでわたしに突進してくる。けして鈍い動きではなかった。

「やだ! 突っ込んでくるよ!」

 咄嗟に右へとステップして躱すが、わたしの身体能力では限界がありそうだった。次も躱せるかは自信が無い。

「硬い方は攻撃されるときついぞ。気を付けるんだ」

「何をどう気をつけろっての!?」

 わたしは二つの化け物を必死になって躱す。その心に余裕などなかった。

「汝の雷を死に浴びせよ。あぶらだぶら! あぶはらぶらだ!」

 呪文に魔法など込めていられない。しかも、焦っているのかきちんと呪文が言えていない。まるで早口言葉の練習のようだ。

 当然、魔法は発動しなかった。

「落ち着け! まともに詠唱できてないぞ」

「どうやって落ち着けっていうの。一つやっつけるのだって大変だったのに、いっぺんに二つもなんて無理だよぉ。昨日みたいに動きだけでも止めてぇ!」

「昨日は、ちょうど目視上に邪なるものがいたからタイミングよく魔法をぶつけることができただけじゃ。狭い空間ならともかく、この場所で動けない我は不利じゃ」

 わたしは文字通り死に物狂いで逃げながらも、今ラビが言った言葉を頭の中で咀嚼する。

「じゃあ、目の前にいればいいのね」

 単純だが一つの考えがわたしの頭に閃く。

「何をするのじゃ?」

「分担作業しかないでしょ。一時的に一体だけでも止めててくれれば助かるから」

 そう言ってわたしはその場に立ち留まり、ラビを持った右手を迫ってくるダンゴムシタイプの敵へと向ける。

「ラビはあっちの方をヨロシク」

 そして左手は蛸タイプの敵を照準に捕らえる。

「汝の雷を死に浴びせよ! 『Abracadabra』」

「汝の雷を死に浴びせよ! 『Abracadabra』」

 わたしはラビと同時に呪文を唱える。

 二本の矢がそれぞれの方向に飛んでいき相手を貫く。魔法が効いた事を示す二つの光の爆発が確認できた。

 わたしが攻撃した方は消滅したはず。ならば、のんびりしている場合ではない。ラビの攻撃は時間稼ぎにしかならないが、それでも各個撃破する為の戦術には使えるはず。

 閃光が消え、空中に停止しているダンゴムシのような敵に向かって、今度はわたしの左手が動く。照準を合わせるために深呼吸をして息を整えた。

 そして、もう一度呪文を唱える。

「汝の雷を死に浴びせよ! 『Abracadabra』」

 光が邪なるものを貫いた。

 魔法が放たれ敵を貫き光は爆発し、閃光の後にはもう何も存在しない。

 気が抜けたようにわたしはその場にぺたんと座り込む。

「大丈夫か?」

 たった一言気遣ってもらえただけなのに、なんだかその優しさが心に染みいる。

 そうだね、ラビはわたしの事を見捨てたりしないもの。

「大丈夫?」

 ふいを突く声。

 それは少女のものだった。もちろんラビではない第三者のもの。もしかして、わたしの行動を一部始終見られてしまったのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る