第10話 「この世界の素晴らしさを味わってもらいましょうか」
隣町に新しいショッピングモールが建設中だという話は聞いていた。
けど、実際に完成したのを目の当たりにすると、その大きさに驚いてしまう。
自転車で来たわたしたちは、目の前に建つ巨大な建物に圧倒されていた。
「わー! でっかーい!」
「そりゃでかいわ。東京ドームの五個分もあるんだからさ」
「しかも参入店舗は七百以上あるという話ですわ」
言い出しっぺの二人は、事前に情報を仕入れてきているらしい。
ミサちゃんは予め買ってあった雑誌の特集記事を、ナルミちゃんと一緒に見ている。
ふと、わたしの鼻孔を擽る生クリームの甘い香り。
「あ、クレープ」
入り口付近にあったクレープ屋の匂いに引き寄せられるようにわたしは歩き出す。
途中でなぜかがっしりと両腕を二人に掴まれてしまった。
「中にもっとおいしい甘味処がありますのよ」
「そうそう、そんなお手軽なデザートはこんなトコでなくても食べられるだろうが」
犯罪者のように両脇を抱えられて、わたしはショッピングモール内に連れ去られていく。
その心境は、まるで警官に護送される犯人なのか、はたまたトレンチコートの政府組織に連行される宇宙人か……。
中に入ると、吹き抜けの天井が心地良く感じられた。学校の体育館より断然天井は高い。おまけに天板のガラスからは青空が見える。
新しい建物というのは独特の香りがする。そしてなんだかワクワクする。
二人の付添みたいな感じで連れられたというのに、もしかしたら一番はしゃいでいたのはわたしだったのかもしれない。
目に映るものがとても新鮮で、人の流れを無視して行動したものだからミサちゃんに叱られる始末。
「ほら、そこ! 通行人の迷惑!」
「まあまあ、ミサさん。あれだけ喜ばれると連れてきた甲斐があるというものですわ」
「そりゃそうだけど……アレの仲間と思われるのはちょっと恥ずかしいぞ」
ミサちゃんの冷淡な目がちょっと怖かった。
「ちょっとだけよろしいでしょうか?」
ショッピングモール内を半分ほど見歩いた頃、ナルミちゃんが右手にある店を指し「寄って行きたいのですけれど」と控えめに呟いた。
そこはその筋では有名なブランドショップだった。
飾られているのはエレガントでコケティッシュなアイテム。
姫袖のブラウスやドレスのようなワンピースも当たり前のように売られている。
中世のヨーロッパを思わせる、まさにヴィクトリアンスタイルの世界がそこにあった。
わたしの好奇心が再び動き出す。
うっとりと眺めながら夢心地で呟いた。
「お姫様みたいだよね」
「そういえばナルミってこの手の服持ってたもんな。ゴスロリっていうんだっけ?」
その手のファッションには興味のなさそうなミサちゃんの問いかけに、わたしは少しだけカチンときた。
「ミサちゃん!」
「え?」
「ゴスロリってのは、もともとゴシック&ロリィタファッションの略称なの。純然たる姫ロリを退廃的で悪魔的なゴスロリと一緒くたにするのはどうかと思うよ!」
「まあまあ……このお店では確かにゴシック的なアイテムも扱っております。それに流行によって『ゴスロリ』という言葉に、本来のロリィタファッションも含まれるようになってきましたから」
思わずブチ切れてしまったわたしをナルミちゃんが優しくなだめる。
「でも、ナルミちゃんの持ってるのは、薔薇をモチーフとしたエレガントなものがほとんどでしょ? ゴスロリっていうとパンクも含まれちゃうからさ」
ナルミちゃんは右手の人差し指を唇にあてて少し考え込むと、何か閃いたかのようにミサちゃんの方に向き直る。
「そうですね。あまり自分のスタイルを押しつけるのは好みではありませんが……いい機会です。ミサさんにも、この世界の素晴らしさを味わってもらいましょうか」
「え?」
ミサちゃんは顔色を変えて一歩後退をする。ナルミちゃんの企みに気づいたようだ。
「うん、たしか試着とかできるよね。うんうん。中性的なイメージを一新するのにいい機会かもしれないね」
わたしも顔をニヤニヤとさせながらミサちゃんに近づいていく。
「え? え?」
わたしとナルミちゃんを不安そうに交互に見るミサちゃんは、何かただならぬ空気に怖じ気づいてきたようだ。
今日の彼女の服装は、ブルージーンズに青いストライプのカッターシャツ、カーキ色のフライトジャケット。
ボーイッシュな顔立ちは異性だけでなく同性にも人気がある。
女の子じみたものをあまり身に付けないこともあって、中性的な外見はさらにベクトルをかわいらしさから遠ざけていた。
けど、基本的には整った顔立ちなのだから、女の子らしい服が似合わないはずはない。
「楽しみですわ」
「楽しみだね」
わたしとナルミちゃんの声がユニゾンした。
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