天界司書結城沙織 終章 RISING SUN  前編

 「沙織、ここが凍結地獄コキュートスの辺りよ」

 「ありがとう、ヘル」


 あたしはヘルの案内でコキュートスに着いた。

 見渡す限りの氷の大地と漆黒の闇が支配する地獄の深淵、そして其処にある巨大なクリスタル。

 まるで彼女の悲嘆を具現化したような光景だった。

 それが全てを拒絶する氷の世界コキュートス。


 冷気が肌に突き刺さり漂う空気すら、重く感じる。

 先代が戻って来た時に図書館で味わった気配だ。

 以前なら、此処に居るだけで辛かったのに今は不思議と何ともない。


 そこに、彼女は居た。

 いや、居たというのは間違いかも知れない。

 彼女を封じ込めた、ビルのように巨大な巨大な結晶が有るだけだから。


「これは?」

「この水晶の中に香澄が居るのよ」


 凝視するとクリスタルの中に人影が見えた。


 目の前にあるのは、先代を封じ込めた透明で巨大な水晶だった。

 ――眠れる銀髪の美女を封じ込めたクリスタルは、何者を寄せ付けない凜とした雰囲気を醸し出していた。


 これを叩き壊さないと、転生も何も無いのよねぇ。

 引きこもり女をどうやって転生させるか……。



 「沙織、どうするの?」


 心配そうに尋ねるヘルに、ニヤリと微笑む。


 彼女ヘルは不安そうに見ているが、あたしがやることは一つ。

 出ないなら、壊してしまえホトトギス。

 ぶっ壊して無理矢理でも引きずり出すわよ!



 「危ないから 下がってて」


 あたしは金の栞を取り出した。


 目を閉じて深呼吸一つ。

 ――体中が淡く光り出す。

 そして、栞にありったけの力を込める。


 青白い光が集まりだし剣が形作られ始めた。


 真の戦乙女ワルキューレに覚醒してから戦った事は無いわ。

 つまり、どれだけの剣が作られるか判らない。

 でも本能として壊す位は出来る感じがする。


 ――力を集め終わると、其処に灼熱の刃が現れた。


 魔力を込め終わった後に出来たのは太陽。

 激しく輝く刀身は紅炎プロミンネンスを噴き上げ、まるで太陽を剣に纏わせた様な灼熱の刃が現れている。

 刃からは、息吹の様に紅炎の出入るする音か響いて居た。


 その姿はまさに世界をまるごと焼き尽くすという究極の武器――レーヴァテイン……。

 持つあたしも以前なら蒸発して居たに違いない。


 ――そして、あたしは剣を高く掲げた。


 「あ あんた本気でその剣をこの場所で振り回すつもりなの?」


 あたしの剣を見たヘルは青ざめて居る。

 たしかに全力でこの剣を振り回せば、コキュートスも焦熱地獄に変わり果てるかも知れないわね。

 でも、あたしと同じ力を持って居るなら先代だけは無事な筈。


 「あたしの性格知ってるでしょ?」


 ヘルの問いににっこりと答える。

 ただ、たたき壊すのみよ…!!

 あたしの表情を見たヘルは、呆れている。


 「行くわよ、スサノオ斬法、草薙の太刀」


 高く舞い上がり、激しく前転。

 そして結晶を唐竹に斬り裂く。


 ――刹那。



 がしゃ~~~じゅう~~~~~~!!!

 氷の砕ける音と蒸発する音のハーモニーが聞こえて来る。

 ――そして、凄まじい水蒸気が立ち上った。


 「……私の眠りを覚ますのはどなた」


 こなごなになった結晶クリスタルの破片と水蒸気。

 それらの残骸の中から現れたのは銀髪の女性。

 年の頃20代前半、整った顔立ちにロングドレスを身に纏っている。

 あの日図書館で出会った女性――先代司書 香澄かすみだ。

 ――あの時より、悲しみの表情が色濃く見える。



 「あんたに用があるのよ」


 あたしは先代を指差した。

 彼女はあたしのぶしつけな態度に表情を変えずに答える。


 「何かしら?」

 「あんたを転生させにきたのよ!」


 諸直な話、彼女を転生させる自信は無いわ。

 でも、あたしが心残りなのはこの人を解放させることだけ。

 つまり、この人を転生させれば戻れるはずよ……。



 「そう……、でも私のことはそっとしておいて…」

 香澄は悲しそうな表情を浮かべる。


 「あんたが転生しないとあたしが困るのよ!」


 あたしは今の状況を説明すると、先代は静かに微笑んで話し出した。


 「本体に戻れないのね…。まさかその姿まで覚醒するとは思って無かったけど、その力が有れば戻れるはずよ」


 なんか上から目線なのがむかつく…。

 ――とりあえず、戻り方を聞かないとね……。


 「どうしたらよいの?」


 「黄金の栞で剣を出して、本体の膜を切り裂きなさい。そうしたら戻れるわ」


 先代の答えは意外なものだった。

 この剣で、あたしの本体に張って居る膜を破壊して入り込めば生き返れる、と。

 でも、あたしは戻れるけどあんたはどうなるの?

 疑問が浮かぶので不安半分で尋ねた。


 「あんたは?」

 「私は、……ここに残るわ」


 香澄は静かに、おほざきになった。

 その答えにあたしは一言。


 「はあ?」

 「見なさい……」


 香澄はうつむきぽつりと抜かした。

 そして、腕に刻まれた停滞のルーンをあたしに見せる。

 ――彼女の手首の内側に真一文字の傷跡が刻まれていた。

 まるで聖痕のようだ。


 これが、彼女の罪の証ね。つまり自害した訳か…。

 来るまでに目を通した本に書いてあったわね。

 ――生前に自分のミスを悔やんで自殺したって。


 あたしはこの件の真相も知って居るんだけど。



 「沙織、あなたは生きなさい。 自分の罪を償わないといけないから…私はここに残らないとね」


 先代は静かに目を閉じる。

 そして、破壊した筈のクリスタルの欠片がうにゅうにゅ再生し始める。

 このままでは、1時間もしないうちに戻ってしまうだろう。


 「沙織……、時間が無いから行きましょう」


 ヘルは香澄の思いを察したようだ。

 あたしの腕を引っ張っている。


 はぁ? 

 あんたはこのまま、ここに居るの?

 ふざけんな全員救って見せるからね!


 「あんたをこのままにしたら後腐れがわるいのよね! 香澄、この花ををもちなさい!!」

 「な なに?」


 あたしの強い言葉に、唖然とした表情を見せる先代。

 そして、彼女の手のひらに花を手渡す。


 「これがあの時の真相よ、優秀なあんたなら読めるでしょ?」

 「……どう?」


 花の記憶をみただけで読み解く香澄。

 そして、全てを悟った先代は乾いた笑い声をあげた。


 「ふふっ……。 そう言うことだったのね…。」

 「あの子が、夜中にこっそり自分に注射される薬を変えてたのよ。 そして、あなたが使う事になった二重の悲劇でしょ?」

 「でも、私が犯した最大の罪は……」


 深く沈んだ表情の香澄は言葉を途切れ途切れに吐き出す。

 ――優秀だから、今まで何も失敗して居ませんと言うのがありありと見えた。

 その姿を見ると怒りがふつふつと湧き出した。

 あたしなんて、四六時中失敗だらけなのに!


 ぼぐっ!!


 あたしは、うじうじする先代の顔を殴りつける。

 何が起きたのか理解できないようで唖然とした表情を見せて居る。


 「えっ? 殴ったわね」

 「だれだってミスは有るわよ! それを乗り越えて生きて行くんじゃないの?

 一度や二度の失敗でうじうじしないでよね!!」

 「ふぅ……。 あなたが言うと説得力があるわね。」


 先代は大きくため息一つ吐いた。


 「それに甘ったれるんじゃないわよ! それに挫折もせずに1人前になった奴がどこにいるのよ!!」

 「……」

 「あの世に逃げて、戦乙女ワルキューレを逃げて最後は水晶に引きこもり? ふざけんな!

 誰だって恐怖と戦って生きてるのよ!

 人間が生きるのをなめるなよ!!」


 「う、う……ッ……」


 香澄はぼろぼろ涙を流し始めた。

 その様子を見たヘルは口を開く。


 「香澄、今回はあなたの負けよ。 いや、沙織を覚醒させた時から判って居た筈よ――こうなって欲しいとね」

 「……」

 「性格も悪くて態度も悪くて、ついでに頭も悪いと言う、

 悪い所のメガ盛りの沙織のほうが今回は正しいわ」


 ヘルは淡々とあたしが悪い所のメガ盛りと抜かした。

 しかし、彼女に其処まで言われる筋合いはないよねぇ……。


 ぼこっ!!

 あたしはヘルの頭を軽くたたいた。


 「其処まであたしは悪くない!!」

 「事実を客観的に述べているだけよ……」

 「あんたも相変わらず口が悪いわねぇ……」

 「あんたには負けるわよ…」


 いつの間にか、あたしとヘルのやり取りを見ている香澄。

 彼女はいつの間にか泣き止んでいた。

 どうやら心のけじめがついたようだ。



 「あなた達は仲が良いのね。 私に足りなかったのは沙織のような気持ちだったのかもしれないわね……。

 ――自由で、そして自分の意思で動くと言うね。

 私は…エリート故に自由に生きる事を知らなかった……。私の負けよ」


 コキュートスの深淵から遥かな天空を見つめる香澄。

 彼女の表情から暗い物が消えていた。

 きっと、次の転生先での事を考えてるに違いない。


 「未完になったのを、転生させる戦乙女ワルキューレが未完になったんじゃ話にならないでしょ?」

 「転生よね?」

 「ええ、これが預かって来た本よ」


 あたしは香澄に本アカシックレコードを手渡した。


 「まさか、あたしが送られるなんてね」

 「そんな物よ」

 「沙織、早くしなさい……」


 彼女の本に白銀のしおりを挟み込んだ。

 ――彼女の体が淡く輝きだし、消える間際に彼女は言葉を残した。


 「ありがとう沙織さん、所でタイムリミットは良いの?」

 「!!」

 「急ぎなさい! 急がないと、本体が死んでしまっては手遅れになるわよ!!」

 「急いで戻らなきゃ!!」



 心残りは全部終わったし、後は戻るだけよ!

 振り返らず全速力で天界図書館へ飛び立って行った。

 足元の氷の大地が小さくなって行っている。


 ――後は、体に入り込めば生き返れる筈。

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