天界司書結城沙織 終章 THE LAST MISSION 中篇

 あたしは天界図書館に戻った。

 白銀の月明かりに照らされる荘厳な建物。

 入口から見た館内は既にひっそりとして居た。


 ――こんな時間だもんね、みんな帰ってる筈よね。



 「そろそろ、退避した方が良いかもですね」

 「仕方ありませんね……」


 ……中で声が聞こえた気がする?


 「誰か居るの? フレイアかロキなの?」

 尋ねても返事は無い。


 声のする方に進むと大日如来と主神オーディンが居た。

 二人は真剣な表情で館内のホールで話して居る。


 声の主は此奴らか?


 その姿を見ると、怒りが沸々と湧き出し来た。

 何、呑気に話なんかしてるのよ!?

 本当に死ぬかどうかの瀬戸際なのに!


 怒りのオーラを纏い、どかどかと二人に歩み寄る。


 「あんた達に聞きたい事有るんだけど」 

 「おかえりなさい、その銀髪、ついに覚醒したんですね。 丁度至急の用事が……」


 主神オーディンが笑顔で話しかけて来た。

 あたしが戻るのを待って居たようだ。

 ――でも、まずはこっちの質問から答えて貰わないとね!!


 「こっちは火急の用事よ! 説明しなさいよ説明を!!」

 「な 何ですが?」


 あたしは、二人にぐいっと詰め寄る。

 余りの剣幕にあたしの銀髪が獅子の様にわさわさ沸き立っていた。

 殺意の波動に目覚めている感じがする。

 彼らもあまりの迫力に圧倒されているようだ。


 そして、あたしは怒気を纏ったまま声を放ち、大日如来を睨み付けた。


 「あたしの体が完全に死んでないと言う事よ、しかも、間違って抜いて戻せないから連れて来たと?!」


 オーディンは寂しそうな表情でため息一つ。

 そして、重い口を開いた。


 「ついに気が付かれたんですね……」

 「亜美から聞いたからね!」

 「教えるつもりは無かったんですが。こうなったら仕方ないですね……」


 彼の話を聞くと、嫌な予感がしてきた。

 何も聞かなかったら、ずっとこのままで居られたかもしれない。 

 ――でも、もう逃げない。 

 あたしはどんな残酷な事実でも受け止める……。


 あたしは覚悟を決めて言葉を吐きだす。


 「どんな残酷な現実でも受け入れれるから、教えられない理由を言いなさいよ!」



 「貴方は、ただの人間では無いのですよ」


 オーディンの言葉に、あたしは心を抉られる思いがした。

 やっぱりそうだったんだ。


 「あたしは何者なの?」

 「血筋的に戦乙女ワルキューレの素質をもって生まれた人間です、つまり我々の同族です」

 「やっぱり、そうだったのね……」

 「やはり気が付いて居ましたか……」



 主神の話を聞いて何となく納得した。

 生きてるうちから妙に勘が鋭かったから……――それが戦乙女ワルキューレの力だったのね。


 「生きてる事を伝えなかった理由は、あたしが完全に死んでから戦乙女ワルキューレにさせる為?」


 「そうです、生きているのに間違って連れてきたらそうなります」


 主神オーディンが申し訳無さそうに喋る隣で、仏は仏頂面ぶっちょうずらで答えた。

 そして、大日如来は更に続けた。


 「間違って引き抜いた魂を体に戻そうとしても戻らないし、私も散々手を尽くしたのですが……余程人間として生きるのが嫌だったんでしょうねぇ……」



 ため息交じりに吐き捨てる大日如来。

 彼の仏像のような面を見ると怒りを新たにしてくる。


 アンタに言われる筋合いは全く無いわよ!!

 いつの間にか、あたしは拳を握りしめていた。

 ――ぷるぷると体が震えるのが判る。

 生きてるのを連れてくるか普通?


 「そっちの都合で引き抜いて、ふ……ふざけないでよ!!」

 「あなたの苦痛の生から解放したのですよ!?」


 解放したと平然と抜かす仏。

 あたしは思わず大日如来を殴りつけた。


 ――ぼぐっ!!!


 「苦痛の生でも、人間として生きて居たのよ! アンタにそう言われる筋合いはないっ!!」


 あたしは、仏の納衣を左で掴みながら右の拳で狙いをつける。

 阿修羅のような表情に大日如来は青ざめた。


 「な 何をするんですか?」

 「仏の顔は3度までだっけ? あたしは4回目だからあんたをこれ以上叩いても変わんないのよねぇ……」 「私を叩いても何の解決にもなりませんよ?」



 因果応報、悪因悪果と言いたそうな表情の仏。

 ――何が因果応報だ! あたしが叩くのも因果応報よ!

 お前が間違えなければ、こうはなっていなかったからね。



 「……い~や、ただ一つ解決する物があるわよ!」


 あたしは天使の様な表情で笑顔を見せる、しかし口角が邪悪に歪んでいた。

 覚悟しなさいよ!


 その表情を見て彼は冷や汗を流していた。



 「……そ、それは!?」

 「あたしの腹の虫は収まると言う事よ!」

 「そんな無茶苦茶な!!」

 「無茶は今に始まった事じゃないのよねぇ!!」


 ボゴボゴボゴ!!!


 仏を殴りつけるあたし。

 大日如来はボコボコされて悲鳴を上げだした。


 「痛い!! 痛い!! そんな罰当たりな事をしたら地獄に落ちますよ!!」

 「既に何回も行ったからねぇ、そんな脅し文句聞かないのよね!」


 小悪魔の様な表情で、微笑みながら大日如来を更に殴りつける。

 嵐のような拳の暴風雨に仏の頭のコブがさらに増える感じがしてきた。

 ……いや、確実に数は増えている、赤いのやら緑のコブが!


 「沙織さん……。それだけは有りませんよ」


 オーディンは仏を殴りつけるあたしに話しかけた。


 「生きてる事を伝えなかった理由は、他にも有るんですよ」

 「どう言う事なのよ?」


 あたしは仏を殴る手を止めた。

 ――他にもある? 

 じっと彼の顔を見つめると、苦悶の表情が浮かんで居た。


 「マーラーとかの勢力に見つからない様にするんだっけ?」

 「それも有りますが、先代の様な悲劇を防ぐ為です」


 沈痛な表情で口を開くオーディン。

 先代は彼に逆らったから凍結地獄に閉じ込められた筈で、

 フレイアの涙の意味は、あたしが先代の様にならないのを伝えれないからじゃ?


 「あんたが、凍結地獄コキュートスに落としたんでしょ?」

 「……そう思われても仕方が有りませんね……、結果としてそうなったんですから」

 「自分が落として良く言うわよね……」

 「人聞きの悪い事を……。彼女は自分の意思で、凍結地獄コキュートスに居るんですよ……」

 「どう言う事?」


 あたしは訝しげに尋ねると、オーディンは先代司書 工藤くどう香澄かすみの事を話し出した。


 「香澄さんには気の毒な事をしましたね……」


 主神オーディンは天窓の見つめながら語りだした。

 暗闇に目が慣れたのか、彼の深い苦痛の表情が読み解ける。

 あたしも仏を殴るのをやめて話に聞き入っていた。


 彼から語られ始めた真実。

 ――其の真実は驚く様な物だった。

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