天界司書結城沙織 終章 THE LAST MISSION 前篇

 薄暗い病室の個室。

 ベットの上にケーブルだらけのあたし(沙織)の本体があった。

 白いローブを着せられ、腕からは点滴の管がバックに伸びている。

 そして胸の辺りからはモニター心電図につながる色とりどりコード。


 ――心電図モニターの光に照らされた黒髪に整った顔は以前より痩せたようにみえた。

 周りには点滴のバックが吊り下げられ、規則的に水滴が落ちている。

 心電図のモニターには止まりそうになっているけど、たしかに自分の脈拍が出ている。

 亜美の言っていた意味はこれだったんだ。


 その傍で、表情を変えずにあたしの姿を見つめている、ヘルとしずく。


 あたしの体は、ケーブル付きだけどかろうじて生きている。

 自分は、あの時に手術の失敗で死んだんじゃ無かったの?

 ――自分は、手違いで死んでいた筈。


 ん? 

 しずくって娘は、ネコの転生の時に会う前にも どこかで合った様な……。

 何処だっけ……。


 あたしは手術室に入る寸前で見た光景が瞬時に蘇った。

 ストレッチャー(担架)で運ばれる時に隣に並んで居たのがこの『しずく』って娘だった。

 そうだ! あたしと同じ時に手術をした娘……――つまり一か八かの手術したのが目の前にいる『しずく』だったんだ。


 つまり、本当なら『しずく』の方を連れて行く筈だった。

 それを手違いであたしが連れて行かれる羽目になったんだ。


 つ・ま・り……こいつ等が全ての原因かっ!!


 全く予想もして居なかった事態にあたしは怒りを通り越していた。

 怒りを通り越すと怒れなくなるらしい、妙に落ちついた気持ちだ。

 深呼吸一つして、あたしはヘルを睨み付けながら詰め寄る。


 「あたしの体の件を説明してよ!」

 「見ての通りよ」

 「見ての通りじゃ判らないでしょうが!?」

 「あなたの体は、今は生きてるわ」


 ヘルが表情を変えず言った後に、しずくは不気味な一言を付け加えた。


 「今はね……」

 彼女は憂いを帯びた表情で、あたしの本体を見ている。


 今は、って縁起でも無い事を言わないでよ!

 あたしが戻って生き返れば万事解決よ。


 「とりあえず、入れば戻れるはずよね」

 「できるならね」


 あたしの問いかけにヘルは不気味に微笑んでいる。

 その表様にあたしは、いやな予感がしてきた。

 ――出来るならってどう意味よ……。

 あたしは、絶対に戻って見せる!!

 ――でも、どうやって……。



 あたしは以前の事を思い出していた。

 ――確か、金の栞で体に魂を押し込めた筈……。


 それだっ!

 自分の体を本体に重ね、金の栞を背中に押し付けようとした。


 ――閃光!


 ガラスを叩いたようなキーンと言う様な透き通った音と共にあたしは弾かれた。

 え……どうして!?

 あたしは茫然とした。


 その様子を、当然の様に見守るヘルとしずく。


 「もどれない…」

 「そうよ……、沙織、あなたの心が死んでるのよ。 生きる希望が……。体が生きることを拒否してるの」

 「そんなバカな、あたしの体でしょ?」


 あたしは開いた口が塞がらなかった。

 生きることを拒否なんかして居ない筈。


 あたしの考えを読んだように、ヘルは続けた。


 「思い出して見たら」

 「何を?」

 「一番最初、あなたは司書に転生を望んでいた。

 ――つまりこの体で生きることを放棄していたのよ…」


 そんな訳は無いわよ!

 あたしは何時も生きる事には貪欲だった筈なのに……。

 ……なに、この粘着質の不安は……何か引っかかる。


 「ふざけるな……お亡くなりになられたって言われたら、普通行きたい所へ転生と言うでしょ!? 大日ドラッグのお薬の小冊子に書いて有った天界図書館の話が気に入ったから……」

 「……本当にそれだけなの? あの時の経緯を教えてあげるわよ……」


 ヘルは静かに、あの時の仔細を話し始めた。


 全身麻酔で意識が無い時は魂が抜けやすくなってる事。

 そして、普通なら間違えて別人の魂を引き抜いた時はまた元に戻す事。

 あたしの時は大日如来が手違いで魂を抜いたけど、どうやっても戻せないからそのまま亡くなった事にしたと。

 そして、心臓手術その物は成功した……――けれど全身麻酔から目を覚まさない状態で居ると。


 そして、間もなくこの体にも本当の意味で死が訪れるとも。

 絶望的な言葉に彼女の話をただ聞き入っていた。


 「――そう言う訳よ、あなたは無意識のうちに生きる事から背を向けているのよ」

 「そんな事は……」


 あたしの言葉は、しずくによって遮られた。


 「亜美の件は?」


 しずくの言葉に一瞬あたしは、ギクッっとした。


 そうだった、友人を身代わりにした罪の意識それだったんだ…、

 自分でも気がつかないうちにあたしの命を軽く見ていた。

 ……親友を殺した自分は生きていてはダメなんだって。



 ――でも、亜美と再会して変わった。

 今は何が何でも生きたい!



 「今まではね……――でも、今は違うわ!

 亜美の分まで生きたい!!」


 あたしはヘルを見据えて言い切った。

 彼女は複雑な表情を浮かべていた。


 「今はでしょ? 体の方は未だにね…」


 ヘルはあたしの体をじっと見ながら口を開いた。


 「ヘル、このアホウにも分かるように見せてあげたら?」


 しずくが口を挟んできた。


 「そうね、見た方が早いわね、しずく見れるようにお願いね。」

 「おk~ よいしょっと」


 雫が、あたしの体を包んでいる白衣を剥がし始めると小さな胸、否。

 豊満な胸が露わになった。


 「ちょっと、何するのよ!?」

 「見なさい」


 しずくが露わになった胸を指差した。


 あたしの胸には薄い氷のような膜が張っている。

 青白い金属光沢をもった膜だ。

 膜は全てを拒絶するような雰囲気を醸し出していた。


 「この膜が、体に戻れない理由わけ?」

 「そうよ、この膜が全てを拒絶してるの」


 どうやら、これが原因らしい。

 ――でも一体これは何?


 「どうしたら戻れるの? あの膜の正体は?」


 不安交じりに尋ねると、ヘルは俯き何かを知ってるような口ぶりで答えた。


 「あの膜の正体は私にも判らないわ、戻り方もね……。」

 「それじゃ困るのよ!」


 あたしはヘルに詰め寄ったが、彼女の答えは絶望的な物だった。


 「引き抜いた本仏に聞くのが一番ね……あたしには何も出来ない。」

 「……」


 あたしはがっくりと肩を落とした。

 思わず、床に視線をやると一輪のリンドウの花の乾いたものが転がっている。

 どうやら、現世の物では無いようだ。

 風が吹き抜けると、雫の体をすり抜けて転がった。


 「あれは何?」


 あたしが尋ねるとヘルはしゃがんで花を手に取り私に手渡してきた。


 「これは本じゃないけど、魂の欠片ね」

 「魂の欠片?」

 「そうよ 此処に居た人の思いが強く残った物よ。 とりあえずあんたが持ってなさい」


 ヘルから受け取った花からは、何かの思いが伝わってきそうだ。

 ――でも、とりあえず今は仏あいつに会わないと!

 時間がないからね……。そう思いつつ花をポケットに忍ばせた。


 「この花の件は後で考えるとして、戻れない理由をあいつ等に聞かないと。 先に戻るわねヘル」



 あたしは翼を展開すると、病室の窓から飛びたした。


 自分の体が生きている、でも戻れない。

 あの膜の正体は?

 ……驚きと、いかりで天空に戻っていった。


 一体これはどういう事なのよ?

  今までの事や、先代のこと、アマテラスやアルテミスの言葉がかけめぐる。

 そして、フレイアのなみだの意味も。



 よくわからない、とりあえず仏や神を殴らないと気が済まない気がしてきた。

 怒りのオーラーをまとって天空のあがってゆく。

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