天界司書結城沙織 終章 Indelible sin 後編 その2 覚醒―そして……

 亜美と二人、街頭に照らされた夜道を歩く。

 何気ない会話をしながら、亜美の家に向っている。


 頬を撫でる夜風も降り注いでる月明かりも、たまに聞こえて来る町の雑踏も生きていた頃と変わらない感じがする。


 「沙織ちゃん♪」

 「何?」


 足を止めた亜美はあたしの顔をのぞき込み、にやにやしながら唐突に話しかけてきた。

 その笑顔にあたしは昔の彼女の癖を思いだしてどんよりオーラが漂いだす。

 たしか、亜美がその表情を浮かべたときは何時も無理難題をいうのよねぇ。

 しかも断れないタイミングで……。

 今回は何を言うんだろうと、ちょっぴり不安になった。


 「沙織は、私が身代わりになったから助かったのよね?」



 亜美は笑顔を見せながら痛いところを突いて来た。

 あたしはソコを突かれると反論が出来なくなる。


 「そ、そうだけど…」


 観念するしかないと覚悟を決めて、あたしはがっくり肩を落とした。

 その様子を見て、ニヤリとする彼女。

 そして亜美は小悪魔のように微笑んでさらに続けた。


 「そうなると私に貸しが1つよね? じゃあ沙織にお願いがあるんだけどぉ…」

 「何をしたらよいの?」



 亜美は耳元で話し始めた。


 「ごにょごにょ…」

 「転生先をいじるの? そんなのやった事無いんだけど……」

 「そうなんだぁ」


 あたしがそう言うと、亜美は泣き真似をしながら、しょんぼりして呟きだした。

 ――お先真っ暗オーラ全開で。

 そして、ちらちら此方を見ている。


 「あの時は、本当に痛かったんだよねぇ……。 こんな酷い目に合ったんだから転生先位は、私の思うような所になっても良いんじゃないのかなぁ」

 「う……」

 「ねっ 沙織?」



 あたしの良心が疼く……。

 ――負けました……。

 亜美のオスカー女優も真っ青な演技の前に仕方なく提案を飲むことにした。


 「亜美には敵わないわね。判ったわよ、何か考えて見るね」



 亜美は満面の笑顔で、返事を返した物のあたしは何のアイデアも有る訳は無かった。

 此方もお先真っ暗オーラ全開になり、火の玉が飛ぶような感じになってくる。

 転生先をいじるってどうするのよ……。


 あたしのお先真っ暗な表情を見て、亜美は助け船を出してきた。


 「沙織、私の考えなんだけど、付箋は先の未来の事でしょ?」

 「ゲインを見る限りではね……」

 「じゃあ 付箋に書き込めば行けるんじゃないの?」

 「あたしにも出来るかも知れないけど、どうやって付箋を挟み込むんだろ……?」

 「沙織が挟んだんじゃないの?」


 「!!」


 亜美の言葉にあたしは、はっとした。


 確かアカシックレコードは本人の生きて来た記録よ。

 ――でも、付箋は本人以外の誰かが付けた物……それは、死者の魂に干渉する力がある人物が付けた筈。

 ……つまり、付箋を付けれる人物は戦乙女ワルキューレ。

 ゲインの本アカシックレコードに付箋を付けたのは先代の司書工藤くどう香澄かすみ。


 先代が出来たなら、あたしにも出来る筈。

 ……でも、どうやって?



 嫌な予感が脳裏をあたしの脳裏をよぎる。



 まさか……あたしはまだ本当の意味で司書になれてない!?

 ジジイ(オーディン)にあたしは戦乙女ワルキューレにして貰ったわけじゃ無い……。

 つまり、正式な意味で司書じゃ無いのかもしれない。



 あたしが考え出した恐ろしい結論に顔が青ざめて心臓がバクバク音を立てる。

 ――自分は先代から力の一部を受け継いだだけなの?

 後、わたしに足りない物は一体何なの……。



 「沙織どうしたの、 顔が真っ青だよ?」


 あたしの顔を見た亜美が心配そうに話しかけて来た。

 でも、彼女には話せない……。

 ――あたしが正式な戦乙女ワルキューレじゃないかもって。



 「……何でも無いよ……」


 亜美はあたしの表情から何かを察したように口を開いた。


 「水臭いよ、何でも聞くだけなら聞けるから。 それが親友でしょ?」

 「ありがとう、自分は、もしかしたらね……」


 あたしは彼女に包み隠さずにすべて話すと、笑顔を浮かべなら亜美は大きく頷いて続けた。



 「そんな事で悩んで居たんだ……沙織も変わったよね」

 「そうかな?」


 あたしは彼女の変わったの意味が解らない。

 でも……此処に来た時よりも何か変わったのかもしれない。

 自分も気が付かないうちに。


 「今の沙織なら出来るから安心してね」


 亜美は出来ると太鼓判を押して来た。

 何か確信があるようだ。


 「どうして?」

 「ふふ 内緒♪ とりあえず私の家まで行きましょ。」

 「ま 待ってよ亜美!」


 亜美は自分の家まで走って行った。

 その後を追うあたし。

 月明かりの元、二人で家まで全速で走って行った。



 しばらく走って、亜美の家についた。

 この辺りじゃ、目立つ2階建ての赤い屋根の邸宅。

 庭には芝生が生えて、ハーブの鉢が置いて有った。――ローズマリーだ。


 「着いたわよ」

 「沙織、ありがとう。私の家もあんまり変わってないよね」


 開いた窓から1階のダイニングに二人で寂しく食事する亜美の両親の姿が見える。

 年の頃、30代の身なりの良い夫婦だ。――二人の間に会話は全くない。


 食卓には膳が3人分並んで居た。

 夫婦は、未だに亜美の事を思って用意してしまうのだろう、その姿をじっと見つめる亜美。



 「私なら此処にいるよ」


 ――そして、彼女は呟くと母親の方に駆け寄る。

 ……でも亜美の体は何も抵抗なくママの体をすり抜けて行った。



 そして、外に出た彼女はいつの間にか大粒の涙を流しながら呟いて居た。

 俯き、崩れるように座り込んだ足元には多くの水滴。

 水滴には、三日月が写り込んで居る。


 「パパ、ママごめんなさい……わたしは此処にいるよ。本当なら逆なのにね……。」



 ――残された者……そして残される者。

 伝えたい思い――伝わらない思い……。


 亜美のすすり泣く声と、夫婦の無言の食事の音だけが響いて居る。



 彼女達の姿を見たあたしは、体中の血が逆流する感覚がした。

 魂の奥底から、何かがマグマのように湧きだす感じがする。


 ……亜美の願いはきっとかなえてみせる!!


 彼女の思いを伝えれないかな?

 ――考えろあたし!!

 ……思考を止めるな――きっと何か方法は有る筈よ!!



 シナプスがぶすぶす焦げる感じがした。

 アドレナリンの匂いが口の中に広がる感じがしてくる。



 ……匂い?

 そうだっ!!

 電撃的に良いアイデアが浮かんできた。


 あたしは真由まゆを転生させたキンモクセイの件を思いだしていた。 

 ――たしかあの時は、金木犀の香りを漂わせて上手く行った筈。


 目の前にあるのはローズマリーの鉢植え。

 鉢植えになっているのが、夫婦の傍にちょこんと植えてあり、薄青の可憐な花をつけていた。

 たしか、わたしが貰ったのは亜美が生まれた時に植えたと言うローズマリーの木を挿し木で増やした物。


 ……だとしたら、これは亜美が生まれた時に植えたと言うハーブ!?



 香りに乗せて思いを伝えれば、彼女の思いは伝わるかもしれない……。

 もしかしたら、うまく行くかも。

 ……ううん、上手く行かせるしかないの!!



 そして、亜美にそっと近寄り優しく話しかけた。


 「亜美の思いをパパとママに伝えれるかもしれない」

 「本当?」


 亜美は半信半疑のような表情をしていた。

 でも、あたしの表情を見ると安心したような表情に変わった。

 ――きっと上手く行くと信じているみたいだ。


 その表情に、あたしの決意は更に固くなる。――絶対にやってみせる!

 あたしは力強い口ぶりで口を開いて居た。


「風を起こして、あなたが生まれた時に植えられたローズマリーの香りをおばさん達の元に届けるね。 その時にあなたの思いを伝わる筈よ」

 「沙織ちゃん お願いね」



 亜美は祈る様な表情であたしの顔を見ている。

 彼女の顔を見ると更に決意が固くなる――何が有っても伝えてみせるわ!


 「いくね!」


 あたしは純白の翼を展開。

 そして、地面を力強く蹴り、暗い夜空に羽ばたいて行った。

 足元には星空のような街の夜景が広がり、背後には漆黒の夜空に三日月と満天の星空。



 自分は祈る様な思いで月を見つめていた。

 ――散々叩いたり蹴ったりしたけど、神様この一瞬だけは力を貸して……――亜美の思いを二人に届けたいのよ!


 あたしの心の叫びに呼応するように魂の奥底から、戦乙女ワルキューレの力がこんこんと湧き出すのがわかる。

 体中が青白いオーラに包まれてきた!


 ――いける!!


 そして、振り返り渾身の力を込めて翼を動かす。


 届いて、親友の思い……。

 宵闇に震える小さな願い、香りに乗せて夫婦に届いて!



 羽は一陣の風を巻き起こす。

 巻き起こした風はローズマリーの匂いを運び 夫婦の傍にも香りを届けていった。

 

 「亜美のハーブの香り……」


 夫婦は傍にある鉢植えに目を落とした。

 その姿を見た亜美は両親に話しかけて居る。


 「パパママもう少し頑張って……。 直ぐに生まれ変わって貴方の子供になるからね」



 「何か声が聞こえた?」

 「風の音に混じって亜美の声が聞こえたような気がするわね」


 亜美の両親は、窓から星空を見ながら呟いて居る。


 「僕たちも頑張らないと」

 「そうね…」


そして、部屋の電気が落ちた。




 「ふぅ……、どうやらうまく行ったみたいね」


 あたしは上手く行った安堵感にため息を吐きながら呟いて居た。

 さらさら風になびくあたしの髪を見ると、いつの間にか髪が銀色になっている。

 青白いオーラに包まれた姿はまるで先代の姿とそっくり。


 まさか?


 ジャンバースカートのポケットから本アカシックレコードを取り出して目を落とすと、

 ……いつの間にか、真っ白な付箋が金銀の栞に混じってはさまって居た。


 もしかして、これでやっと一人前に?

 ――これで、亜美を両親の元に転生させれるわね。



 「沙織うまく行ったみたい、ばっちりパパとママに伝わったよ~」


 亜美の声で地上に目を落とすと彼女は思いが伝わったのが余程嬉しいらしく、満面の笑顔で手を振っていた。

 あたしも手を振り返す。

 後は亜美の本に付箋をつけて両親の元に転生させるだけね。



 地上に舞い降りたあたしは付箋に『両親の元に転生する』と書き込んだ。


 「亜美、あなたの本を貸して、転生先を書いた付箋を挟むからね」

 「ありがとう沙織」


 あたしは彼女の差し出した本に付箋を挟み込んだ。

 亜美は複雑な表情で本アカシックレコードを見つめながら喋り出した。


 「沙織、私は幸せだったのかな?」

 「そうね… 短い人生だったけど、優しい両親や友達に囲まれて恵まれた人生だったと思うわよ…」


 亜美は考えるそぶりを見せ、そして辺りを見まわしながら呟いた。


 「そうね…… 短いけど悪くは無かったのかも……。転生よね?」

 「ええ 本をもう一度出して貰えるかな? 白銀の栞を挟めば転生出来るからね」

 「これで本当にお別れね、沙織……」


 亜美の言葉を聞くと心が締め付けられそうになって居た。

 ――これで本当に最後なんだ……。

 いつの間にか頬に温かい物が流れている。


 「そうね……亜美あなたに会えて本当によかった」

 「私もよ、沙織……」


 あたしは亜美を抱きしめて、彼女の肩を叩いた。


 「ありがとう……亜美……」

 「転生するなら、早くさせて頂戴……、名残惜しくなっちゃうから……」


 亜美は口を開いた。

 彼女の顔を見ると、彼女の顔にも光る澪があった。



 ――そうね……。

 何時までもこうしては居られないのよね……。

 ……あたしがやらないとね。


 抱きしめたまま、そっと彼女の本アカシックレコードに白銀の栞を挟む。

 亜美は光の粒に成り始める。


 そして、淡い光に包まれてフォトンに成り始めた彼女は真顔で口を開いた。


 「沙織、ローズマリーのもう一つの花言葉判る?」

 「なになの?」

 「そしてあなたは私を蘇らせる」

 「えっ?」


 あたしは亜美の言葉の意味が解らず、固まって居た。


 「貴方の運命は終わった訳じゃ無い、ローズマリーをあなたに贈ったのもこの時の為だったのかも」


 亜美は澄んだ瞳であたしを見つめていた。

 彼女は何かに気が付いたようだ。


 「……」

 「あなたはまだ死んでないの…… 私とは違うわ」

 「そんな?」

 「貴方から小さいけど鼓動が聞こえたから……」

 「鼓動が?」


 そんな!?あたしはまだ死んでいないの?

 驚きのあまり、茫然とした表情になっていた。


 「だから さおり あなたは私の分まで生きてね お願いよ」

 

 彼女は言葉を残して風に溶けて行った。



 確かにあたしは手術の失敗で死んだ筈……。

 ――でも、亜美が嘘を言うとも思えない……。

 家に戻れば判る筈!



 あたしは大急ぎで自分の家にもどった。

 誰もいない。

 部屋に戻った以前と同じ。

 遺影もない……。



 まさか……病院に行くと。

 あたしは驚きのあまり思わず吹き出した。


 「ぶぅ!!!」


 病室には自分の体があった。

 いろいろなケーブルに繋がれたあたしの体がある。

 ……しかも、モニターには脈拍があり、胸が上下している――つまりまだ生きている!!



 「沙織、ついに気が付いたのね。 来る頃だと思ってたわよ」


 声の方を振り向くとそこには黒服の少女が居た。

 ネコを転生させた時に居た少女――しずくだ。


 どうして!? 人間にあたしは見えない筈なのに?

 あたしが不思議に思う間も無く、滴の体から少女の体が抜け出した。

 ――ヘルだ。


 「これはいったいどういう事?」


 あたしはヘルに思わず尋ねると、表情を変えずにヘルは返事を返した。


 「見ての通りよ、しずくと言うのが私の本体の名前よ」


 ヘルの発言に、あたしは頭のネジが飛びそうになった。

 ――聞いて居るのは其処じゃない!

 あたしの体が其処に生きてある件よ!!

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