天界司書結城沙織 終章 Indelible sin 後編 その1

 あたし達は故郷の町へ向かって羽ばたいて居る。


 空には月が浮かび足元には星空のような夜景が広がって居た。

 私に抱きかかえられて居る亜美はずっと終始無言。

 彼女は何かを考えてるような表情を浮かべながら。


 そんな彼女を見つめながらあたしは考える。


 亜美は自分を殺した男に複雑な感情を抱いて居るのだろう。

 ――自分を殺した憎しみと彼の人生に対する同情。

 ……そして、憎しみの対象を失ったやり場のない怒り。


 それらが入り混じった混沌とした気持ちで、男に対する気持ちの答えを出せずに居るようだ。

 彼をこのまま憎しみ続けるか、許すか。


 ――もし、自分が男と同じ境遇だったら同じ罪を犯していたのかもしれない。

 その思いで、更に迷いが増すのだろう。


 彼女の小さな震えがあたしに伝わって来た。



 そんな彼女に あたしは話しかけれずにいる。

 亜美がその事件に巻き込まれるきっかけを作ったのはあたしなのに……。

 そして……――自分が沙織だと言う事を。



 「戦乙女ワルキューレさん」


 抱きかかえられて居る亜美は唐突に口を開いた。

 突然の問いかけに、あたしは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。


 「え? 亜美どうしたの?」

 「この辺りで良いよ、後はゆっくり歩きたいから」

 「判ったわ」


 あたし達は故郷の町はずれの空き地に降りた。

 其処には古い町並みと新しい町並みが入り交じる、昔と変わらない風景が広がって居る。

 そして、二人で日の暮れた町を歩き始めた。


 亜美を先頭に、二人はあても無くぶらぶら街を歩く。

 彼女は風景を見ながら、相変わらず物思いに耽っている。


 きっと彼女は答えを探しているのだろう。

 答えの無い答えを。



 「何処に行くの?」


 あたしが尋ねると、亜美は町の景色を懐かしそう見つめながら返事を返した。

 彼女の視線の先には、丘の上にある神社見える。

 ――天然の高台にポツンと佇んで居る小さな神社。


 「そうね……ただ街の景色を見るだけで良いのだけど……。 じゃあ見晴らしの良い近くの神社はどうかな?」

 「判ったわ其処に行きましょう」


 彼女が行きたいと言った神社は、亜美と良く二人で遊びに来た場所だったよね。

 亜美と遊んだ追憶が蘇る。

 遠回りの大きな道ではなく、山の細い道を通り何時も近道をして彼女が文句言ってたっけ……。



 あたしが山の細い道をじっと見ていると、亜美は話しかけて来た。

 まるであたしの行動パターンを読んで居るように。


 「大きな道を歩いて行くのよ、山の近道も飛んで行くのもダメだからね」

 「わ、判って居るわよ。 ガキじゃ無いんだから」

 「なら良いんだけど、じゃ行きましょ」


 あたしは少しびっくりしながら返事を返した。

 ……まさか、亜美はあたしの事に気が付いて居るの?

 ――そんな筈は無いよね、あの頃の面影は全然残ってない筈だから。


 彼女はあたしの気持ちを知ってか知らずか、振り返らず神社に向かって行った。




 神社に着いた。

 境内の石段に二人並んで、仲良く街の景色を眺めている。

 眼下には町の夜景が広がり、空には満天の星空と白銀の月。

 時折吹き抜ける風の音と虫の鳴き声しか物音は聞こえない。


 亜美は、町の景色を見ながら物思いにふけって居た。

 時折吹き抜ける夜風に彼女の髪がさらさらなびく。

 ――そして、悲しげな表情を浮かべながら。


 あたしは彼女をただ見守っている。




 そして……暫く時が流れ、亜美は唐突に呟いた。


 何か吹っ切れたような澄み切った瞳であたしを見つめている。

 亜美は彼女なりの結論が出たのかもしれない。


 「わたしが死んでから何年くらいたっているの?」

 「ほぼ十年よ……」


 あたしは口に出して改めて、彼女が居なくなってからの時間の長さを再確認した。

 言葉でいえば、2文字。

 ――でも、実際に生きて見たらもっと長い時間の感じがする。

 あたしが完全に彼女の事を忘れてしまっている位に。

 忘れ事は許されて居ない筈なのにね……。



 「十年か……そんなに経てば町並みは少しずつ変わって行くのよね」

 「そうね……」



 亜美はそう呟くと、遠い目をして自嘲ぎみにさらに続けた。


 「変わらないのは、私だけなのよねぇ~私も変わらなくちゃね。 転生とか言うのだっけ?」

 「そうよ」

 「お願い出来るかな、このままじゃ何も変わらないしね」

 「ええ……」



 亜美は何も知らないまま転生しようしている。

 このまま、何も言わずに居れば彼女にはあたしの事は判らない……。

 ――でも、それで良いの?


 「そうだ、忘れていた!!」

 「何?」


 亜美は何かを思い出したようだ。

 目を見開き、唐突に口を開いた。


「親友の家に行っても良い?」


 亜美の言葉にあたしは背中に冷たい物が走り、詰まりつまりになりながら言葉を出した。


「ま、まさか沙織ちゃんの家?」

「そうよ、なぜ知ってるの?」


 亜美はあたしの言葉に驚きを隠せない。

 目を大きく見開いて居た。

 あたしは答えれない。

 沈黙が二人を支配する。



 亜美はじ~っとあたしの顔を穴が開くほどのぞき込んでいた。


 彼女の問いにあたしが答えれる筈も無かった、あたしが亜美の親友の沙織だって。

 そもそも親友と言う資格すら無いかも知れない。


 ――結果的に、彼女をあたしの身代わりにしたのだから。

 事件が起きたあの日、この子が男に襲われる理由はなかった。

 襲われていたのはあたしの筈だったのに。




 10年前、小学生だったあたしは亜美と同じクラスだった。


 あの日、わたしは彼女と二人で日直当番。

 その当時の日直当番はホワイトボードの清掃、花瓶の水替え、花壇の水やり、そして休みの娘へのプリントを自宅まで届ける役目があった。

 花壇の水やりが済んで最後のプリントを届ける役目で、あたしの脳裏に嫌な予感がよぎった。


 冷たい刃が首に押し当てたられた感覚。


 ――口では言い表せない本能的な防衛反応。

 まるで猛獣の口の前を通り過ぎる獲物のような感覚。

 体中の毛が逆立ち、震えが止まらくなった。


 その感覚は、今なら判る……――死のイメージ。


 

 そのイメージに、あたしは休みの子のプリント持って行くのをエスケープした。

 予感は当たり、あたしは難を逃れた。


 ――でも不幸にも役目が回ってきたのは亜美。

 真面目な彼女は、あたしが居ないから休みの娘の家に向かって行った。

 そして……彼女は因果の鎖に絡め捕られてしまった。



 本来なら、この子はあの路地を通る予定は微塵も無かった。

 ――箱に居たのは多分あたしだったのに……。


 そうして、次に彼女に会ったのは告別式の時。

 花に囲まれた亜美の姿を見た時、泣けるだけ泣いた……自分の弱い心を護るため。


 それからは、偽りの自分でずっといた。

 ――軽口を叩いて居る乱暴者でお調子者の沙織として。

 そして、今も……。


 いつの間にか、涙が零れ落ちそうになっている。



 「……」

 「どうして黙って居るの? さっきまであんなにおしゃべりだったのに……」


 あたしの表情をみた亜美は、何かを察したように話しかけて来た。


「ごめんなさい……」

「どうして謝るの?」


 あたしは俯きそれしか言葉が出なかった。

 亜美もそれ以上尋ねようとしない。

 そして、二人ともそのまま沈黙。

 深海のような冷たく暗い沈黙が支配している。


 二人並んで無言のまま、街灯に照らされる夜道を歩く。

 たまに聞こえる風の音以外何も聞こえない。

 そして、暫く歩くとあたしの家に着いた。



 木造建築のボロ屋だ。

 築数十年、地震でも来たら一発で崩壊間違いなしの物件。

 ダンプどころが、軽車両でもがたがた揺れる。

 それがあたしが住んでいた懐かしの我家、盗られる物が無いから玄関は開け放ってあり、

 ネコの額ほどの庭には鉢植えのハーブが植えてある。


 あたしが生きていた頃と全然変わらない。


 ここだけは地上に降りれるようになってからも一度も足を運んでいない。

 自分が死んでいる事実を否応なく突き付けられるから……。



 「ここが親友の結城沙織さんの家よ」

 「……そうね……」

 「最後のお別れの挨拶してくるね。 親友だったもの」



 亜美はそう言うと、開け放たれている玄関から家の中に入って行った。


 彼女の後ろ姿を見ながらあたしは自分が嫌になる。

 こんなあたしでも親友と言ってくれてる……なのに…。

 言い出せない自分……。


 この期に及んで、卑怯でごめんね。



 暫くして、亜美はしょんぼりしながら玄関から現れた。

 ――会える訳無いのよ、あたしは此処に居るんだから……。


 「部屋に居なかったみたい、おばさんしか居なかったわよ。 外出中だったのかな?」

 「そうね、ある意味外出中かもね」

 「彼女はきっと、あたしが居なくなって寂しがってるだろうからね」


 しょんぼりした彼女を見たあたしは、その言葉にあたしは更に心が締め付けられそうになった。

 ――あたしは此処に居るよ……。



 そしてあたしは、部屋の外にある観葉植物の鉢に目を落とした。

 ローズマリーと言うハーブ。

 亜美ちゃんから誕生祝に貰った物をあたしが大切に育ててたのよね。


 この鉢植えは、たしか亜美が生まれたときに植えたと言うローズマリーを挿し木で分けてもらったもの。

 永遠の友情として彼女から小さい株を贈ってもらったんだっけ。



 その時、一陣の風が吹き抜けローズマリーの芳香を漂わせた。


 甘い香りは亜美との記憶を蘇らせる。

 小学校の時の記憶、彼女が教えてくれたローズマリーの花言葉を……。


 「花言葉は、追憶……そして変わらぬ愛だったよね……」


 あたしはぽつりと呟いた。



 「どう言う事? 確かにローズマリーの花言葉は追憶だけど? 」


 亜美は何の意味か解らないようだ。

 唖然としたような表情を見せて居た。


 ……言うのは今。

 変えるもの今。

 今しかない……もう卑怯な自分じゃ居たくない。



 あたしは大きく息を吸い込んで深呼吸をする。

 そして、静かに力強く口を開いた。


 「この鉢植えは亜美、貴方から貰った物よ……。そして私は沙織、今まで黙っててごめんなさい」

 「え?」


 亜美は、唖然とした表情を浮かべ固まった。

 10年も経てば面影も無くなるからね、仕方はないよ……。


 暫く考える仕草をする亜美、――そして、彼女はあたしの正体に気が付いた。


 「もしかして、沙織?」

 「そうよ、あの時はごめんなさい……」

 「やっぱり~。 あなたの癖そのまんまだったからうすうすは気が付いて居たのよ」



 亜美は笑顔で答えた。

 あたしは貴方を身代わりにしたのに。

 彼女の笑顔が逆に笑顔が辛い……。


 亜美になじられた方がいっその事楽なのに……。



 「あたしをなじらないの?」


 あたしは俯いて、ぽつりと呟いた。

 頬に温かい物が流れ落ちる。

 そんなあたしを見ながら、亜美は昔と変わらない笑顔で返事を返した。


 「親友の沙織にそんな事をする訳無いでしょ? 」

 「あたしはあなたを身代わりにしたのよ……」


 亜美は、満天の星空を見上げながら口を開いた。

 彼女は、はるか那由多の距離を見つめるような視線で星々をみている。


 「あの事件は、運命だったのよ……」

 「私はあなたを……」

 「もう何も言わないで。 あれはだれが悪い訳でもないの、あの人も運命に翻弄された可哀そうな人だからもう誰も恨んでも無いよ」

 「ありがとう亜美」


 あたしは亜美の方を見ると、彼女の頬には光る澪。

 ――泣きたいのは、きっと彼女の方なのに。

 あたしは彼女の優しさに救われていた。


 「ただ、一つ怒ってる事があるよ」

 「なに?」


 亜美は此方を向いてあたしを指差し、顔を袖でぬぐいながら喋り出した。


 「それは、最初から親友だって言わなかった事、一言謝れば許すつもりだったから」

 「黙ってて、ごめんなさい」


 あたしは思いっきり頭を下げる。

 笑顔で答える亜美、そして憂いを帯びた表情で口を開いた。


 「許す! それに、あなたに謝らないと行けないことがあるの」

 「何?」

 「私の死んだことを重荷に思わせていた事よ、残されたあなたの方がずっと辛かったのよね」

 「ううん あたしが謝らないと行けないことなのに」

 「でも、沙織はどうしてそんな姿に?」


 亜美は不思議そうにあたしの姿を見ている。

 ジャンバースカートの制服に背中には純白の翼をしていたら、誰でも不思議に思うよね。

 しかもパタパタ羽ばたくんだから……。

 むしろ不思議に思わない方がおかしい。



 あたしは今までの経緯を話した。

 手違いであの世に連れて行かれた事、仏様を殴りこの能力を手にした事。

 そして天界司書としてやって来て、有名どころの神を殴る蹴るなどしていた事。

 最後に、ヘルに手伝ってもらって戦乙女ワルキューレのお仕事もやり始め本アカシックレコードを使って転生させて居る事などを。


 亜美は興味津々にあたしの話を聞いて居た。

 よほどのツボに嵌ったらしく、たまに吹き出しながら。


 「ぶっ! 大日如来を殴り飛ばすなんて流石沙織よね、しかも有名どころの神を蹴るなんてねぇw」 

 「それは言わないで……」



 あたしはやって来た事を振り返ると赤面していた。

 来た当時は、やんちゃやってたのよね……。


 亜美は笑いながら更に続けた。


 「沙織は昔から神も仏も無かったからね~」

 「言うなw」

 「そうだ、今気が付いた事が有るのよ」


 彼女あみは急に真顔になった、何か重大な事に気が付いたようだ。

 あたしも彼女の表情に何かを感じた。

 ――でも、それが何かは判らない。


 「何?」

 「転生する前にパパとママに会ってもよい、その後に話すから」

 「良いわよ」



 あたしは亜美の提案に二つ返事をした。

 親友の願いはきっとかなえてみせる!!

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