天界司書結城沙織 終章 Indelible sin 中編

 月明かりが照らす小さな空き地。

 ファルを斬り伏せたあたしは荒く息をしながら立って居た。

 背後には、箱に入った少女。


 「はあはあはあ……」


 戦いが終わり、剣を元に戻す。

 同時に、戦いの興奮が収まると肩の傷の痛みがはっきりしてきた。

 今まで感じた事無い激しい痛み。


 「痛っ!!!」


 痛みに思わず叫び声を上げる。

 かすり傷程度だけど、猛烈に痛くなっていた。

 さっきまで、余り痛く無かったのは、運動選手が試合中に怪我をしてもアドレナリンの為に痛さを感じなくアレかもしれない。


  凄く痛い……でも……――今度は殺させずに済んだ……。


  あたしは振り返り、青白い月の光に照らされる少女を見つめていた。

 



 傷に手当てをすると、大きく息を吸い込む。

 そして、心を落ち着けてポケットから本アカシックレコードを取り出した。

 ――黒表紙の名前は 三島みしま亜美あみと金押ししてある。



 あたしは本アカシックレコードを見ながら考えて居た。

 親友のあたしが亜美を送る事になるなんてね。

 一緒に学校に通って居た時は想像も付かなかったよ。


 彼女はあたしをどう思って居たの?

 もしかして、彼女はあたしを恨んでいるのかな……。

 ――この本アカシックレコードを読めば全部判る筈。

 でも、読む勇気が出ない……。



 少しの間、彼女の前で佇んでいた。


 あたしのシナプスが火花を散らしながら、答えを探す。

 答えは出る筈も無いのは判って居る……。


 でも、考えずには居られなかった。

 幼い日に犯した、あたしの罪――そして此処にある結果。

 その罪の行方を……。


 いつの間にか、黒表紙の上には無数の水滴。

 頬に伝わる澪が月を照らしだしていた。


 あたしは静かに月を見つめた。

 ――何時までたっても変わんないな……。



 そして答えは出ないまま、あたしは覚悟を決めて震える亜美の小さな手に本を持たせる。


 「……待たせちゃったね」


 そして、彼女が持つ本アカシックレコードに挟まった古い栞を静かに引き抜いた。



 「えっ… ここは? あなたは誰?」


 我に返り、丸まったままの体勢で唖然とする亜美。

 彼女は自分に何が起きたか何も覚えて居ないようだ。

 無邪気な表情を浮かべ、きょとんとした眼差しをあたしに向けていた。


 「私は戦乙女ワルキューレよ」

 「戦乙女ワルキューレ?……何処かで合った事無い?」


 亜美はあたしの顔を見つめていた。

 何かを気が付きそうになっているのが雰囲気で判る。

 でも、年齢の違いで判らないようだ。



 「たぶん、人違いと思うわよ……」

 「そう……」


 不審がる亜美に自分の為に嘘をついた。

 額から汗がしたたる。


 土壇場でも親友の沙織と言いだせない自分に、心底嫌気がする。

 ――何処までも、卑怯なんだろ……。



 そして、あたしは続けた。



 「あなたの様に悲しい思い出に縛られている人を解放するために来たの」

 「えっ?何の事?」



 亜美は自分に起きた事を思い出せないようだ。

 茫然とした表情を浮かべている。


 ――まだ、自分が死んで居る事すら判らないらしい。



 この瞬間がいつもより辛い。

 あたしは俯き加減で、静かに彼女の身に起きたことを伝えた。



「…あなたは、下校中に…」


 ――あたしが亜美に起きたことを伝えると、少女は青ざめて震えだした。


 「嘘でしょ? 嘘といってよ…お願いだから……」

 「…………」



 あたしは彼女から顔を背け何も答えれなかった。

 涙が後からあとからこぼれ落ちる。

 自分の体が震えるのが判る。



 「どうして、何も言わないの? 何か言ってよ!……お願い……」


 少女は立ち上がり、あたしにすがりついて叫びだした。

 その叫びに、あたしの心は悲鳴を上げる。


 「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 いつの間にか、あたしは彼女に許しをこうように呟いていた。



 暫くして、少女の太股から白い滴が足元に滴り落ちた。


 ――ぴちゃっ……水音が響く。



 その瞬間、亜美は絶望の表情を浮かべ、へたり込んだ。

 そして、絶叫をあげた。

 ――絶望の叫びを……。



 「うわぁぁぁぁ~~~~~!!」



 記憶を取り戻したらしく地面を力無く見つめている。


 「そうだ…、そうだったよね…。帰り道に私はあの男に連れ込まれて……」

 「思い出した?」

 「あの日の事を、全部……思い出した……。」


 彼女は嗚咽とともに言葉を吐き出していた。


 「うわぁ~~~ん! どうして私が?どうして? 」


 そして、亜美は猛烈に泣き始めた。

 自分の命を絶たれた絶望、悲しみ、怒りをすべて合わせたような悲痛な声だ。

 魂の底から湧きあがる悲鳴と言うのが判った……。


 あたしは見るのも辛くなっている。

 今の彼女を救う方法、それは彼女を転生させる事しかないの……。


  あたしは座り込み亜美の肩をたたいた。



 「転生しませんか? 転生すれば辛い記憶からも解放されるわよ」

 「転生?」


 転生の意味が何かわからない彼女は唖然とした表情をしている。

 あたしは、彼女に転生の意味を教えた。



 「転生と言うのは、今のつらい記憶を全部忘れて次の人生に行く事を言うのよ」

 「次の人生に進めるのね……」


 亜美は納得したように頷き、そして更に続けた。


 「転生するのはもう少し待って」

 「良いわよ……」


 あたしは静かに答えた。


 「……まだ心残りがあるから……。 今は少しおもいっきり泣かせて」



 亜美は堰を切ったようにあたしの胸で泣き続けた。

 永遠とも思える時間が流れる。


 白銀の三日月が照らす小さな空き地。

 あたしの胸で泣く亜美。

 静かにつめたい夜風が吹き抜け、黒いスカートの少女の号泣だけが響きわたっている。




 しばらくすると彼女は泣きやんだ。

何か吹っ切れたような顔をしていた。


「すっきりした?」

「…私をこんな目に合わせたアイツはどうなったの?」


 亜美はあたしを力強く見ている。

 何か考えて居る事が有るようだ。


 「あってどうするの?」

 「分からないけど 会ってみたいの」

 「更に辛くなるわよ?」

 「……いいの 良いから会わせなさい!  屈辱を与えて私の命まで奪った…許さない…ぜったいに殺してやる!!」



 彼女の体は怒りにふるえていた。


 「判ったわ……拘置所に居ると思うから行って見ましょう」

 「お願いね、死神さん」


 あたしたちは男が収監されている拘置所へ向かった。

 飛んでいけば、現場から遠くない距離だ。

 彼女を抱き抱えながら、羽ばたいていった。



 二人の間に会話は無い。

 あたしは ただ無言で飛び続けた。



 私達は拘置所の独房に着いた。


 一畳くらいの広さで、壁はコンクリートの打ちっ放しで窓には鉄格子。

 壁には備え付けのテーブルとトイレ。

 そして畳の床には、薄っぺらい布団が雑に畳まれている。


 そして、別の部屋から聞こえてくる収容者の生への執着からでる魂の叫び声。


 とても人間が住める環境とは思えない。

 寒々とした空気が漂っていた。

 ここは死刑囚を収容する独房のようだ。


 その独特な空気にあたしは顔をしかめた。

 しかし亜美は気にもせず、部屋の奥に居る男を睨み付けた。


 「この場所の筈よ」

 「ありがとう」


 亜美は棒読みした。

 彼女の目は殺意に満ちている。

 男を見据え

 小さな修羅のようにみえた。


 「こいつよ……私を殺したのは……」


 彼女は殺意を込めた口ぶりで口を開いた。


 視線を其方に向けると、暗く狭い場所に少女を陵辱し殺害した男が居た。

 年の頃は30代の筈だが、ストレスの為か白髪が混じり老人のように見える。


 彼は独房で必死で十字架に向かいひざまずき、祈りを捧げていた。

 多分神の許しを得るために。


 自分の犯した罪の重さに恐れ、死の恐怖におびえて居るようだった。

 彼の傍には例の黒い本があった。

 さらには黒い付箋が多数ついていた、どうやら彼の死期はまじかのようだ。


 あたしは付箋に目を落とした……――なるほどね…。



 「この男どうするつもりなの?」

「あなた死に神よね? 今すぐあいつを殺して! 私と同じ屈辱を与えた後に殺してよ!!」


 亜美の目は怒りに燃えていた。


 「私には無理ね」

 「だったら、私が呪い殺してやる!」


 彼女の口からは殺意の籠もった言葉が繰り出される

 この男が殺されれば、自分の心の傷がいえると思ってるようだ。


 あたしは亜美に話しかけた。


 「あなたの手を汚しても、だれも喜ばないわよ……」

 「こいつをこのまま 生かしておくの!? 神が許しても私が許さない! あたしが呪い殺してやる!!!」


 亜美は怒りを露わにしていた。

 もし殺せるものなら、即座に殺そうとする殺意がにじみ出ている。

 あたしは、彼女をなだめるように口を開いた。



 「この男は、殺さなくても法律によって殺されるわよ、そして転生先でも…」

 「どうして、そんな事があなたに判るのよ!?」


 亜美は不信感たっぷりの表情であたしを睨み付けた。


 「見てみなさい」


 あたしは彼女に足元にある彼の本を手に取り彼女に見せた。

 ――本には彼が辿ってきた人生が綴られている。

 貧困、孤立…そこから来る逃れられない絶望。

 それらから逃れる為、そして生きる為に盗み、強盗、強姦、殺人ありとあらゆる犯罪に手を染めて来た壮絶な半生。

 彼の魂の叫びと言える人生だった。


 その本アカシックレコードを見た亜美は顔を強張らせた。

 自分とは全く違う人生を歩んできた男に、怒り同情憐れみなどの複雑な感情を抱いているようだ。



 そして…黒い付箋にはこれから彼に起こることが書き込んであった。


 ……数時間後、刑死。

 ……そして、先の付箋にはTSで悪役令嬢。陵辱ENDと書き込んである。



 「この男は 遠くない未来、刑に処されるのよ」

「処されるって?」

「あなたを殺した罪で殺されるの」

「……」


 亜美は考え込んだ。


「それだけじゃないわ、悪役令嬢にTSして転生した先でも、冒険者達に陵辱されて殺されると書いてあったわ」


 あたしの話を聞いた彼女は顔がこわばった。

 憎しみしか抱いて居なかった男に同情の感情すら覚えているようだ。



「あんなに痛くて怖い思いをしたのを、この人も味合うことになるのね…」

「ええ悪因悪果天網恢恢と言う事ね」


 あたしはため息交じりに呟いた。


 「もしかしたら、この人も普通の家庭に生まれたなら、こんな目に合わなかったのかな?」

「多分そうね…」


話しているといきなり、後ろの扉があいた。


「ゲイン 刑の執行だ」


独房のドアががちゃりと開き、けいむかんが3人無表情で部屋に入ると男を引きずるように連れていった。


「たすけてくれ~~~」


 男は絶叫をあげたが、その願いが叶うことはもちろん無いだろう。

 そして転生先でも殺されるのだ、何度と何度も――凌辱のおまけつきで。



 あたしは刑務所の廊下でちいさくなる男をみながらつぶやいた。


「満足した?」


少女はうつむき加減でぽつりとこぼした。


「気分更に最悪… あの男が殺されてもう復讐は済んだ筈なのに… どうして気分が晴れないの」


 あたしは分かっていた

この男を殺しても、少女の心は晴れないことに。


 少女はへたりこみ、俯きながら呟いた。


「わたしは一体どうしたら…」

「心残りはもう良いの? 無いなら転生して次で頑張ってみたら?」


 少女は考えるそぶりをした。

 そして、目をこすって涙を拭い静かに口を開いた。



「私の町をすこしみて回らせて、気持ちがおちつくかもね」

「いいわよ」



 あたし達は、自分たちの生きていた町に戻って行った。

 ――あたしはまだ、亜美に切り出せずに居る。

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